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デート

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※※※※

「スマホ、鳴ってる。見るね?」

「ええ、どうぞ。僕も見てもいいですか」



 その日の夕飯が終わって片付けも終わり、私と敦さんがゆっくり二人でお茶を飲んでいたときに、私のスマホが光った。

 私は今、敦さん以外とほぼ交流がない。なので連絡が来るとしたら、広告か、あるいは……。

 私は少し緊張しながらスマホを開いた。



『今日も有意義な会議ありがとうございました。本日、私から提案した件について、できたら早めの検討をお願い致します』



 差出人はやっぱり雪華さんだった。さすが、旦那に見られても問題無いように文章を送って来ている。



「誰?」

 敦さんの問いかけに、私は少し体をこわばらせた。何も問題無いはず。雪華さんは女の子の名前だし、内容も業務っぽくしているし。ただ、やましい相談をしているせいで少し緊張してしまう。

「会社の後輩。少し仕事で話をして、で、連絡先交換したの」

「後輩ですか。仲良いんですか?」

「ええ、結構仲良くさせてもらってるわ」

 そう答えると、一瞬敦さんの顔が固まった。

 あれ、ヤバい?そう言えば職場の同僚とランチに行くのもあんまりいい顔しない人だったわ。仲良くしてるって言ったら嫌がるかしら。私は恐る恐る敦さんの顔をのぞき込んだ。

 しかし意外にも敦さんは、固い顔をしたのは一瞬だったらしく、優しい顔で微笑んでいた。

「良かったですね」

「え、ええ」

 ちょっと拍子抜けな感じがしたが、嫌がられるよりはずっといい。

「とりあえず返信するわ」

 私はすぐに雪華さんに返事を打ち出した。

提案した件って、出産祝い水増し報告の件よね……。とりあえず、前向きに検討します、っと。よし。



「そういえば、明日の休み、買い物行きませんか」

 私が返信しおえると、敦さんが突然言ってきた。

「最近、ずっと家じゃないですか。どうですか?そろそろ衣替えの季節ですし。僕も美香さんの服選びたいです」

「行くっ」

 私は思わず即答した。最近ネットで服を買うのに物足りなさを感じでいたし、なんだかんだで、敦さんとのデートは楽しい。

 私が嬉しそうにすると、敦さんは無言で手を伸ばして私の頬に触れ、キスをしてきた。

「やっぱり、やめようかな」

「えっ、何でっ」

 行く気満々で返事をしたのに、ものの数秒で撤回されるなんて!

「だって、やっぱりこんなに可愛い美香さんを店員さんに見られたくない」

 そう言ってぎゅうぎゅうと私を抱きしめる敦さんの口調は本気だ。何てことだ。私は慌てて言った。

「大丈夫、全然私のことなんて誰も見てないわ。私も、敦さんの服選びたい。デート楽しみだわ。敦さんは、私とのデート、したくないの?」

「それは勿論したいです」

「じゃあ行きましょうよ、ね?」

 私が甘えるように言うと、敦さんはまたぎゅうぎゅうと私を抱きしめて、小さく、行く、と言ってくれた。なんだかんだで、敦さんは私に甘い。まあ甘すぎて辛くなっちゃう事が多いだけだ。



※※※※

 次の日、私達は近くのデパートへ行って買い物をした。

 お互いの服を選んだり、一緒にカフェで食事をしたりした。

 絶対に男の店員がいる店には入れないので多少不便だったが、久しぶりのデートで私もとても楽しかった。



 デートの最中、敦さんの携帯が何度か鳴った。敦さんは何度目かの着信音の後、電源を切ろうとしたので、私はその手を止めた。

「何回も電話来てたね。緊急の用事か、大事なお仕事の電話じゃないの?」

「美香さんとのデート以上に大事な仕事なんてあるわけがないじゃないですな」

 少し不貞腐れたように敦さんは言う。ははん、これは完全に大事な仕事の電話だって分かってて無視しようとしてたな。

 私は敦さんに携帯を握らせた。

「とりあえず電話は出て。私ちゃんと待ってるから」

 私はトイレ近くのベンチに敦さんを誘導した。

 敦さんは渋々ベンチに座って電話を折り返す。

「もしもし、電話出れずに大変申し訳ございません。何かありましたか」

 完全に表情は申し訳無さそうな顔は一切していないが、そこは電話さえすれば社会人。ちゃんと対応している。

「はい、はい、はぁ。ええ。まあ……そちらがご希望であれば……。あ、今ちょっと出先でしてデータが無いので後ほどかけ直し……あ、はい、はい、あー、今すぐ……あー、ちょっと待ってくださいね、ちょっと後でかけ直し……は無理ですか……」

 何やら時間がかかりそうだ。必死で電話を早めに切りたがる敦さんだったが、どうも向こうもそうはさせまいとしているらしい。

 私はボンヤリと座って大人しく待っていたが、どうも手持ち無沙汰になってきた。

 ポンポンと敦さんの肩を叩くと、トイレを指さし、口パクで『化粧直ししてくる』と伝えた。

 敦さんは少し嫌そうな顔をしたが、すぐに、頷いた。



 トイレを済ませ、パウダールームの方の鏡の前でポーチを開いた。



 ふと、鏡のはしに、何やら見たことのある人影を見つけた。

 私はすぐに振り返った。

「雪華さん!偶然ね」

「ああ、美香さん!?」



 そこにいたのは雪華さんだった。

「美香さんもお買い物ですか?」

「ええ、夫と一緒に。雪華さんは一人?」

「友達とショッピングに来てたんです。ちょっと友達が選んでるすきにトイレ休憩を」

 雪華さんは笑顔で答えた。

「あ、そうだ。よかったら夫に会っていく?」

 私はふと、思いついて言った。

 スマホでメッセージのやり取りをしているのは、こんな女の子ですよーって紹介出来れば、少しは敦さんも安心してくるんじゃないかと思ったのだ。

 しかし、雪華さんは真剣な顔で首を横に振った。

「だめですよ。これからプロジェクトを進めていくにあたって、私の顔が割れていないほうがうまくいくことがあるかもしれませんよ」

「な、なるほど。例えば?」

「それはわかんないですけど」

 雪華さんの即答に、私は思わずズッコケそうになった。でも、確かに一理あるわ。

「そうね。暗躍部隊が必要な時が来るかもしれないわよね」

 わかんないけど。

「ふふ。あ、それでは私はこれで。また会社で。デート楽しんで下さいね」

「ええ、雪華さんもショッピング楽しんでねー」

 私は雪華さんを見送ると、また化粧直しを再開した。



 トイレから出ていくと、敦さんは電話を終えて、鬼のような表情になっていた。これは、すぐに帰らざる得ない結果になったのだな、と私はため息をついた。





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