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予行練習

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※※※※

「先日は大変に失礼をしました……」

次の日、仕事上の用事があって広報課へ行くと、鈴川さんが小さくなって出てきた。

「空気を読まずに突入などしてしまって。事務課に大変な事があった日の次の日で、疲れているのはわかっていたはずなのに……」

「いや、あのときは全然それとは全く関係無かったので。むしろなんか変なとこ見せちゃって申し訳なかったわ」

私がなだめるように言うが、鈴川さんは元気がないままだ。

「もしよかったら、またあの会議室でランチしてるからいつでも来て」

私は言うが、鈴川さんは元気がないまま、「行けたら行きます……」と呟いただけだった。



「鈴川さん来なそうですね」

昼休み、私と雪華さんはいつものように会議室でお弁当を食べていた。

「気まずい気持ち分かりますし。昨日メッセージも送ったんですけど、ものすごく事務的に返信されてしまって」

「申し訳ないことしたわ」

私は弁当を突きながら言った。



「ところで、なんか、気のせいか今日の弁当豪華じゃないですか?」

雪華さんが私の弁当をのぞき込んで言った。

「ええ、多分夫なりに私のご機嫌取りしてるんだと思うわ。昨日修羅場になったから」

「しゆ、修羅場……。本当に問い詰めたんですね」

雪華さんは苦笑いしている。

私は頷いてニヤリとしてみせた。

「そう。私の知らないことろで女の子にお願いしてた浮気についてね」

「う、浮気……あれを浮気と捉えられると、私の立場が……」

「それはそれは強く問い詰めて、大変な修羅場を迎えたわ」

「あの、修羅場って、何かの比喩ですよね?」

「そんなわけないでしょ。もう昨日は暴れたから部屋グッチャグチャよ」

「そ、そんな、え?そんな嘘ですよね?」

「さあ?どうかしらね」

私はクスクスと笑う。

「でも、とりあえず、お詫びに何か私のワガママを聞いてもらう事になったの。だから、一日だけ、一人で外出することを希望したわ」

 私がドヤ顔で言うと、雪華さんはパッと顔を輝かせた。

「いいじゃないですか!それで気兼ねなく映画行けますよね!」

 しかし私は首を横に振った。

「いいえ。その権利で映画には行かないわ」

「何でですか!」

 食って掛かってくるような雪華さんに、私は諭すように目を見つめて言った。

「雪華さん、あなたは夫の事がまだまだ分かってないわね。彼はね、絶っっっ対にこっそり着いてくるわ」

「はっ?」

 雪華さんは目を丸くした。そしてドン引きしている。

「え?そんなことしたら、一人で外出するって話なのに、話が違うって怒ってもいいんじゃないですか?」

「私が一人で外出するのに、たまたま同じ方向に出掛ける用事があったんだって彼なら言い張るわ」

「で、でも、一人で外出してる間何してても文句ないですよね?映画行っても問題無くないですか?」

「何してもいいわけないじゃない。夫にとって、私が松竜と星川良馬に会いに行くことは浮気に当たるわよ」

「そんな馬鹿な話があるわけ……」

 勢いよく突っ込もうとした雪華さんは、言葉に詰まった。

「あるわけ無いとは言い切れないですね、美香さんのとこのご夫婦の常識では」

 雪華さんはガックリと肩を落としてみせた。



「それでなんだけど、今度の日曜、一緒に出かけない?映画行く予行練習に」

「行きます!行きます!予行練習に……ヨコウレンシュウ??」

 雪華さんはぽかんとした顔になった。

「予行練習?って予行練習ですか?私、映画に行く予行練習って初めて聞きましたよ」

「いや、だって映画久しぶりで。せめて会社から映画館行って、帰ってくるまでにどれ位の時間がかかるか知りたいし」

「それくらい、go○gle mapで簡単に分かりますって」

 呆れたように雪華さんは言って、スマホを取り出した。

「ほら、直近の映画館まで徒歩でどれ位かかるかとか、わかりますから。地図もちゃんと出るので。てか、私も行くんですから大丈夫ですよ」

「うん……そう、ね」

「なんか歯切れが悪いですね。やっぱり不安ですか」

 雪華さんに言われて、もじもじとしながら言った。

「楽しみ、すぎて。待ちきれなくて」



 私の言った言葉に、雪華さんはぽかんとしていた。

 呆れているだろうか。映画行くくらいなのに、予行練習したがるほど楽しみにしてるなんて。

 私は不安になって雪華さんを見ると、なぜか彼女は下を向いてぷるぷる震えていた。もしかして笑われている?

 しかし雪華さんはすぐに顔を上げてパッと目を輝かせた。

「行きましょう、予行練習」

「ねえ、何でさっき震えてたの?笑ってたでしょ」

 私はちょっと不貞腐れて言うと、雪華さんはバツが悪そうに頭をかいた。

「笑ってなんかないですよ。ちょっと、なんていうのかな。萌えたというか尊いというか」

「はあ」

「気分悪くしたならごめんなさい」

 雪華さんは素直に謝ってくるので、よくわからないけどまあいいわ。

「それじゃ、後でメッセージ送るわね」

「ええ。予行練習ついでに旦那様に、見せつけてやるようなラブラブデートしましょうね!」

「それは……」

 それはちょっと困るわ、と言おうとしたけど、敦さんが私と雪華さんが仲良くしているのを見てどうなるか見てみたい気持ちになっていた。だって、あなたが友達になってって頼んだんでしょ?って言えばどうするかしら。

 こんなこと今まで無かったけど、敦さんに意地悪したくなっている自分に気づいて、私は何だかドキドキしていた。



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