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宿場町~裏社会編
34.マッドピエロ戦とアルネスの街への帰還(4)
しおりを挟む俺たちは指定された積荷をすべて【異空収納】に入れたが、まだまだ積荷を入れる余裕があった。
それを伝えると、ビンゴさんは「じゃあ頼む」と目録に新たに積荷を書き込んでいった。そうこうしているうちに、幌馬車の積荷は空になった。
「こいつはたまげたな……」
「どうします? 積荷を追加しますか?」
ビンゴさんは驚いた顔を一変させ、微笑んでかぶりを振る。
「いや、馬にも楽できる日があった方がいい。いつも頑張ってくれてるからな。お前さんたちなら、いつでも乗せてやる。馬も喜ぶだろうさ。なぁ」
ビンゴさんが馬に呼び掛けると、馬は頭を下げてビンゴさんの手に自ら頬擦りした。ビンゴさんは両手を伸ばして馬を撫でる。なんとも微笑ましい光景だった。
宿場町を出たのは昼。俺たちは幌馬車の中で、宿で用意してもらったサンドイッチを食べていた。朝食時にお願いして【異空収納】に入れておいたものだ。
硬いパンにレタスとチーズと塩漬け肉が挟んであるだけの、さして美味くもない、ただ腹が満たせるだけのものだが、マッドピエロ戦の後だからか妙に美味しく感じられた。
フィルは積荷がないからか落ち着かない様子だった。気に入る定位置を探して、幌馬車の中をうろうろしていたので、俺が後ろに回って抱えてやった。
最初こそ恥ずかしそうにしていたものの、フィルはそのうちウトウトし始め寝てしまった。サクちゃんに「本当の兄弟みたいだな」と生暖かい目を向けられ苦笑したが、ヤス君の「でも中身おっさんなんすよね」の一言で心が凪いだ。
道中、何事もなく平穏な時間が過ぎていったが、俺たちは重大な失敗をしていた。そのことに気づいたのは、アルネスの街の冒険者ギルドに着いてからだった。
「は? 四十一階層、ですか?」
受付で依頼品を納入し、ミチルさんから達成報酬を受け取って昇級の話を受けていたときに事件は起こった。
俺たちはマッドピエロを倒した後、すぐに転移でダンジョンを脱出したが、それでは下層到達扱いにはならないという。
「ええ、そうなんです。下層は四十一階層からなので、四十階層到達ではシルバー階級への昇級条件が満たせたことにはならないんですよ」
「うわー、マジかー」
「二度手間だー」
苦笑するミチルさんの前で、ヤス君とフィルが頭を抱える。
「そんなになること? 俺らまだアイアンになったばっかじゃん」
「それはそうなんすけど、ここからダンジョンまでって六時間くらい掛かるじゃないっすか? だから、シルバーの条件までは達成しときたかったんすよ」
「考えてみなよ。下層到達まで済ませてれば、こっちで依頼こなしてるだけでシルバーになれてたってことだよ? それがまた往復しなきゃいけないって、それだけで一日無駄にしちゃうってことなんだよ? 二度手間でしょー」
俺はサクちゃんと顔を見合わせ、一緒に肩を竦める。
「まずはブロンズ。それから鍛えてゴールドまで狙えばいいだけの話だろう。マッドピエロの件はもう忘れたのか?」
「そうだよ。正直俺も驚いたし残念だけどさ、やれること増やす良い機会だとも思ったよ。調子に乗る怖さってのも学べたしね」
ヤス君は思案態勢に入り、小声でブツブツ言いながら頷き始め、フィルはどんよりとした空気を身にまとい顔を暗くした。
「フィル、いつまで気にしてんの? フィルのお陰で、こうして誰一人欠けることなく帰ってこれたんだから、落ち込むことはないんだぞ」
「んー、そうじゃなくてさ、帰ってきてすぐ調子に乗ってたこと忘れてたって気づいたら、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差しちゃってさ」
「忘れても仕方ない。寝てたからな。股ぐらで」
「サクヤ、倒置法やめて」
その後、思案から復帰したヤス君も交えて皆で談笑しつつ食堂へ移動。夕食に突入。いつものステーキセットを食べながら、サクちゃんのブロンズ昇級と残り三人のアイアン昇級を祝いながら、楽しい時間を過ごした。
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