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海辺の開拓村編
28.他人の思いって急いでるとどうでもよくなる(5)
しおりを挟む「何か分かりますか?」
「まだ何とも言えんな。一番に頭に浮かんだんは魔石やけど、そのまま使うて魔物化するっちゅうことはないな。わしの過去についてはスミレから聞いとるな?」
リンドウさんの問い掛けに俺は首肯する。
「クリス王国公爵で元筆頭術師と伺いました」
「そうや。忌々しいけどな。まぁ、せやから言えることなんやけど、王国軍では、魔石を魔力回復に使用しとる。そういう使い方ができんかと、多くの国が実験、研究した、血塗られた努力の結晶っちゅうてもいい」
「実験の際に、魔物化があったってことですか?」
リンドウさんはかぶりを振る。
「そうやない。国力増強の為に作られた技術やっちゅうことや。魔石による魔力回復は、主に戦争で使われたからな。ほんで、その実験の際に魔物化は起きてない。どこの国でも魔石を粉末にして飲ませるところまではやった。適切な量やないと、魔力過多で体内の魔力経路が傷むっちゅう害と、内臓、特に胃が悪なるっちゅうことでクリス王国では禁止された」
「他国では禁止されていない、ってことですね」
「ほうやな。ラグナス帝国は今でも禁止しとらんみたいやけど、それでも一時的な増強でしか用いられんようになっとるらしい」
常用したら魔力経路がズタズタ、胃はボロボロ。体内を魔力が巡らなくなり死んでしまうとのこと。ラグナス帝国はありとあらゆる人体実験を行ってきたが、中には人体に魔石を埋め込むものまであったそうだ。
「これはやな、意図的に人を魔物化させようっちゅう実験やった。まったく上手くいかんかったらしいけどな」
リンドウさんが肩を竦める。要するに、人を魔物化させる実験も秘密裏に並行して行われてきたが、どれもが失敗に終わっているということを言いたいようだ。魔物化はそう単純ではないということらしい。
それはそうだ。魔石は当たり前のものとして世間一般に普及している。長い歴史の中で、小さな魔石を子供やお年寄りが誤飲してしまうこともあっただろう。
それで魔物化していないのだから、体内に埋め込んだところで結果は同じと見るのが普通。なのに実験というのはちょっと首を傾げざるを得ない。
灯台もと暗しと考えてのことならまだ分かるが、これまでの話を聞く限りだと、ラグナス帝国は胸糞の悪い変態加虐性愛者が多いだけだろうな、多分。
「まぁ、魔石が利用された可能性はあるが、それ単独では魔物化は果たせん。間違いなく別の要因があるはずや。薬か、術か、呪い。それと、呪符辺りと違うかな?」
「なるほど。大変参考になりました。ありがとうございます」
俺は一礼し、立ち上がる。伝えはしたし話も聞いた。もう十分だろう。
「行くか?」
「ええ、あ、あとすいませんがもう一つ。四肢を欠損した場合、回復は難しいですかね? もし回復が可能なのであれば、出来る方を教えて頂きたいんですが」
「なんや? 誰ぞ大怪我でもしよったんか? まさか、フィルの坊か?」
「いや、俺たちじゃないんですよ。依頼で訪れた村に、そういう怪我を負った人が何人もいるそうなので、どうにかならないかなーと」
「ほう、そうなんか。まぁ、せやな、一応スズランが使えるが、はっきり言うて未熟やぞ。スミレの目も、サツキの舌もまだほとんど治せとらんしな。王国軍に得意なんが何人かおったけど、わしもう関わりたないし、そこは堪忍な」
「ああ、いえいえ、回復が可能ということが分かっただけでもありがたいです。凄く助かりました。それじゃあ、お手数ですがザザ村まで転移をお願いします」
リンドウさんが「ん?」と小首を捻って目を点にする。
「すまん、どこやそれ?」
しばしの、沈黙。場所を訊かれたということは……。
「もしかして、一回行ったところしか転移できないとかですかね?」
リンドウさんが首を竦めて片目を閉じる。
そして後頭部を片手でペしりと叩いて舌を出す。
「あっちゃー、それ考えとらんかったわー。テヘッ」
「そうですか。では街道までお願いします」
俺って、こんなに抑揚のない口調で話せたのか。
自分の新たな一面に気づかされた瞬間だった。
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