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もう一人の渡り人編

23.冒険者ギルド立てこもり事件(3)

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 それから五分ほどして、チエがギルマスを伴って戻ってきたとのこと。

 また難癖をつけて時間稼ぎでもするつもりだろうと皆が思ったそうだが、その陰湿そうな男を見たヤス君とフィルは「あ!」と同時に指差した。ギルマスの方も二人に見覚えがあったようで、慌ててチエを連れて逃げ出そうとしたらしい。

「よっぽど焦ったんでしょうね。【影転移】って叫んだんすよ」

 そう、このときに俺は【影転移】の制限について知ることになったのだ。使われたにも拘らず発動しなかったことがそれを知る切っ掛けとなった。

「なんで発動しなかったの?」

「多分、チエが拒否したからっすね」

「『やーめーてーよー、なんで逃げるのー、はーなーしーてー』って感じ」

「似てるな。けど実際はもっとごねた感じで腹の立つ言い方だったけどな」

「いや、サクちゃん、モノマネ大会の審査員じゃないんだから」

 ヤス君の見解によれば【影転移】は連れて行く者の許可がないと一緒に転移することができないという制限があるらしい。しかも拒否する相手が体に触れている場合は自身も【影転移】を行使できないようだったという。

「おそらく、俺の【犠芯転移】と同じです。俺も練習のときに発動しないことがあって、なんでだろうと思ったら、体に虫が付いてたことがあったんすよ。生物の場合は許可がないと転移ができなくなるって縛りがあるんでしょうね。生態系を狂わせないようにしてあるのかもしれません」

「へー、なるほどねー。で、それからどうなったの?」

「ギルマスとチエがもたもたしている間に、ルードがギルマスを殴ったんだよ」

 俺は「ん?」と首を捻り、赤黒いじゃがいもを見て指差す。

「つまり、あれがハンを名乗ってた黒いローブの男でギルマス?」

「うん、そうだよ」

「えーっと、ルードは何発殴ったのかな?」

「見た限りでは、一発、だと思う」

 嘘だろおい。一発であんなんなるってどんな腕力してるんだ。

 そもそも殴った理由は、チエが嫌がっていたからだというからまた驚き。

「まさか、チエに想いを寄せているとかではないよね?」

「あー、それはないっすね」

 そう言った後でヤス君がパーティーを手招く。集合すると、小声で続けた。

「チエが嫌がってたからってのは、咄嗟に吐いた嘘っすね。なんていうんすかね、ルードは害意のない嘘をいっぱいついてる感じがするんすよ」

「何の為に?」

「それが分からないんすよ。なんかルードは読めなくて。上手く言えないっすけど、存在が人間離れしてるというか、神がかっているというか」

「そうだな。はっきり言って最強だ。奴の顔を殴ったときも振り抜いてなかったからな。それどころか、俺の見間違いじゃなければ寸止めの風圧でああなった」

「何それ化け物じゃん⁉」

「それ本人を目の前にして叫ぶ言葉じゃないよね。失礼極まりない」

 何があったかは途中まで聞いたが、どうして冒険者ギルドの前で戦闘態勢をとっているのかが分からない。それを聞こうとしたときに、出入口に巨大な火の玉が出現して飛んできた。ごうっという音が聞こえ、肌が一瞬で熱くなる。

「ルード!」

 俺は叫んだ。上半身を丸飲みにしそうな脅威的な火術攻撃。当たれば無傷では済まないと感覚で分かる。あれは危険だ。避けなければ駄目だ。

 くそっ、間に合わない! ルード!
 
 
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