91 / 227
第5章
第19話 対ハナ戦
しおりを挟む
-1-
そして1週間ぶりの門番の仕事が始まった。
前回、客の前で負けをさらした者が門番やっててもあまり凄味はないと思うのだが、まぁ言われた以上は仕方がない。
ただ、通り過ぎる客の中にはこちらを見てひそひそやったりするのが気になるのは、被害妄想か自意識過剰か。
まぁいい、俺は彫像と言い聞かせて立ちっぱなし業務にいそしんでいると……またやってきましたよいつぞやの太っちょマダムが。
「まぁ!先週居た虎のお兄さんじゃないの!」
声を上げるなりまたがぶり寄ってきた。
「お客様、申し訳ありませんが従業員には……」
幸い?2回目なので対応にちょっと余裕がある。
「んもぅ。分かってるわよ。それより先週の話、考えてくれた?」
「重ねて申し訳ありませんが、そのようはお話はご辞退させていただくよう指示されておりますので」
「んもぅ、そんな固いこと言っちゃって」
と言いながらしなを作る太っちょマダム。似合わないからやめて。つーか結構香水の匂いがきついんですが。
「でもホント、惚れ惚れするほどいい毛並み。その毛並みに包まれてみたいわぁ」
冗談でもやめてくれ。というか、お付きの男!早くこれを連れていけ!!
一生懸命アイコンタクトを送るが、なんか今回は反応が鈍い。
「ねぇアナタ、少しでいいから触らせてくれない?」
「いえ、あの、ですから……」
後ずさりそうになるのをこらえながら、何とかなだめようと試みる。
「ただでなんて言わないわ。ね?これでお願い」
と、ちらりと見せてきたのは金貨1枚。半金貨じゃなくてその10倍の金貨ですよ?ちょっと待てなんだその金銭感覚は。
……ブルさん、どうするよ?
困ったような顔をブルさんに向けると、ブルさんも困ったようにため息をついて頷いた。諦めろ、というサインか。
「……仕方ないですね、腕だけですよ?あとそれ(金貨)は引っ込めてください」
そう言って仕方なく左腕を差し出す。
「まぁホント?うれしいわぁ」
すると太っちょマダムは頬ずりするように撫でまわしてきた。
くっ、なんつー触り方をしやがる。鳥肌もんじゃねぇか。
「ああ……やっぱり思ったとおりだわ。外の固い毛もいいけど、腕の内側の柔らかい毛がまたたまらないわ……」
「あの、お客様、そろそろ……」
放っておくといつまでもなでくりまわされそうなので、適当な所で声をかける。
「そうねぇ……名残惜しいけど今日の所はここまでね」
ふとっちょマダムは渋々といった感じで手を放す。
「奥様、そろそろ……」
この段になってやっとお付きの男が声をかけた。遅ぇよ!
「わかったわよ。じゃあ虎のお兄さん、ま、た、ね?」
太っちょマダムはバチンとウィンクすると、俺に無理やり金貨を押し付けて去っていった。
「……ブルさん、あのお客、また来るのかな」
太っちょマダムが去り、客足が途切れたのを見計らって小声でブルさんに訊ねる。
「……あのマダムだったら昨日も来てお前さん探してたぞ。きっと必ずまた来る」
「……ソウデスカ。つーかこの金貨、どうする?」
「迷惑料として貰っとけ」
「ありがと。なんか試合前なのにそんな気分じゃなくなっちまったよ」
「そこは何とか切り替えろ」
うん、わかっちゃいるけど、もうちょっと、もうちょっとこう……ねぇ?
そう思いながら、誰にも知られぬよう心の中でため息を漏らした。
-2-
太っちょマダムとの一幕はあったが、それ以外は特にトラブルもなく時間が過ぎた。
客の入りも一段落して、新規入場も居なさそうだしそろそろ控室に行く時間かと思いブルさんを見る。
「おう、そろそろ時間か。見物には行けないが、頑張ってこい」
「うん、じゃあ済まんけどここお願いします」
ブルさんにそう言い残して控室に移動する。
誰もいない控室で、武器の調子を確かめ体を軽く動かして暖気する。
……うむ、だんだんいい感じに頭が戦闘モードになってきた。
幸い今回は体形的に俺が圧倒的に有利だ。あのちみっこさと俺とではリーチがまるで違う。
パワーでも俺に軍配が上がるだろう。
面倒くさいのは、懐に飛び込まれるか一撃離脱を繰り返されるかだが……懐に飛び込まれた場合はやりようはある。
一撃離脱の場合は……カウンターで合わせるしかないか。
しまったな、こんなことなら寸止めだけでなくカウンターも特訓しとくんだった。
……まぁ今更言っても後の祭りだが。
そんな感じで体を温めていると、試合の時間になったのか係員が呼びに来た。
「ディーゴさん、そろそろ時間です」
「おう、わかった」
保護袋をかぶせた槌鉾を引っ提げ、控室を出る。
長い廊下を歩いてリングの傍まで来ると、対角のコーナーにハナがやってくるのが見えた。
タイミングを合わせてリングに上り、審判の後ろで相対すると、審判が観客に向けて声を張り上げた。
「さぁ皆さまお待たせいたしました!本日の試合は前回の試合で王者タリアを相手に敗北を喫した、冒険者ディーゴのリベンジマッチとなります!対するは剣闘士会で一番の速度を誇る最速の蜂、ハナ!大人と子供のような体格差ですが、ハナの針の鋭さは皆さまもご存じのはず!ディーゴの力とハナの速度、果たしてどちらが勝負を制するのか、見守っていきたいと思います!!」
審判が一気にそこまで言うと、観客から歓声が上がった。
「では両者離れて……勝負!!」
ゴングと同時にハナが飛び出してきた。
一拍遅れてこちらも迎え撃つ。とはいえ、リーチの差があるだけこっちの攻撃の方が先に届く。
まずは様子見もかねて槌鉾を横薙ぎに払う。
ブォン、という風切り音と同時にハナがステップを踏んで槌鉾をかわす。さすがに早いな。
横に避けたハナが身を低くして飛び込み、俺のわき腹に向けて小剣を突き出す。
が、それは既に予想済み。振りぬいた槌鉾の向きはそのままに、握りを叩きつけるようにして拳を戻す。
しかしハナは突きを引っ込め、バックステップで距離をとる。
直後に今度は右に左にとフェイントを混ぜつつ突っ込んでくる。
これには俺が大振りの薙ぎ払いで牽制。
……うーむ、いかんな。思ったよりハナの反応が早い。このままではどちらも決め手に欠ける、にらみ合いみたいな退屈な長丁場になりそうだ。
それじゃお客さんも面白くあるめぁ。
ちと戦い方を変えるか。
というわけで、右手に下げてた槌鉾を左手に持ち替え、槌頭のすぐ下を右手で握った。
長剣でいうハーフソードの構えだ。
リーチは短くなるし威力も落ちるが、その分小回りは段違いに効く。
ギルドの稽古場で教官相手に試してみたが、なかなかどうして鎧なしの対人戦に限れば悪くない。
ハナを懐に呼び込んで迎撃しようという作戦だ。
ハナもそれに気づいたのか、ニッと笑うと身をかがめて一気に突っ込んできた。
ガキン!
ハナの突きを槌鉾の柄で迎え撃つ。この試合初めての金属音が響いた。
流れるような連続攻撃に交じり、バックステップからの強烈な突きが飛んでくる。
よく『体ごとぶつかってくる』という表現があるが、ハナの場合は『体ごと突き刺さる』といった方が正しい。
それくらいの速度と勢いがある。
ハナが果敢に攻め立て、俺が必死に守る。さすが取り回しのいい小剣だけあって攻撃の速度が半端ない。
しかし俺も攻められてばかりじゃない。
わずかな隙を見つけては槌頭や握りを使った攻撃に加えて、蹴りまで織り交ぜて反撃する。
しかしハナの守りもまた固い。バックステップや位置移動、バク中まで使ってこちらの攻撃を避けまくる。
的が小さいのもあるが、とにかく動きがちょこまかと素早いのだ。
さすが剣闘士会最速、といったところか。
だがそれでも、付け込む隙がないこともない。
ハナの攻撃の合間を縫って、上、中段に反撃を開始する。無論これも避けられるが、狙いは別にある。
ひとしきりハナの上半身に攻撃を集中させたのち、ハナがのけぞって避けた直後を狙って下段の蹴り、足払いを繰り出す。
ハナが反動を見せずにバク中でこれを避ける。
これが狙い目だ。
ハナが飛びあがった瞬間、2歩踏み込んで槌頭から手放した右拳をハナに叩き込んだ。
「きゃん!」
ハナが体勢を崩してマットに落ちる。
初めて攻撃がまともに入った。
さぁこっから俺のターンだ、と思ったら、今度はハナが倒れた状態から逆に足払いを仕掛けてきた。
体重差があるので足を持っていかれるようなことはなかったが、衝撃に対する踏ん張りのために一瞬俺の動きが止まる。
そのわずかな時間でハナは立ち上がり、体勢を整えていた。
「いたた。やったなー!」
「応よ。さぁこい!」
再び一進一退の攻防が始まる。だが、先ほどまでと違うのは、俺がハナの速度と戦法に慣れてきたことだ。
俺の攻撃が避けられるのは相変わらずだが、徐々にハナの攻撃を弾いて俺が反撃に出る頻度が増えてくる。
体捌きと足の運びを工夫して、ハナが背に回れないように位置取りをする。これも教官に習った対人戦のコツだ。
それに圧されて、少しずつハナが下がりはじめる。
もう少しでロープ際、と思ったところで、ハナがバックステップで大きく下がった。
「やぁっ!」
そしてこちらを向いたまま後ろ足でロープに飛び乗ると、反動を利用して宙へと高く飛び上がった。そして俺の頭上を軽く飛び越える。
飛び越えざまにハナの蹴りが飛んでくるが、辛くもこれをかわす。
ちょっと待て、そんな芸当までできんの?なんつーバネをしてんだ。
慌てて向き直り、ハナと相対する。
「へっへーん。驚いた?」
ハナがそう言ってささやかな胸を張る。
「ああ確かに驚いた。大した身体能力だ。だがこっちも負けてねぇぞ、っと!」
間合いの離れたハナに対し、右手に戻した槌鉾の長いリーチを使ってコーナーに追い詰める。
「行くぜ!」
息を止めて早く細かくのラッシュを発動させる。ハナも小剣で防ぐが、武器の重さと力の差で、だんだん守りが崩れてくる。
そしてここ一番での片手突き……のフェイント!
ハナは見事に引っかかった。突きが来ると読んだハナは、バク宙の要領でコーナーポストの上段を蹴り、俺を飛び越えて背後をとろうとした。
正直に片手突きを出していたら、体勢が崩れて反応が一拍遅れたのだろうが、生憎フェイントで片手突きは出してない。
ハナは迎撃準備万端の俺の頭の上を飛び越えることになる。
その無防備な瞬間を見逃してやるほど生憎人間できてない。
その場で飛び上がり、バレーボールのアタックの要領で、頭上のハナの体を思い切りマットに叩きつけた。
「うぎゃんっ!」
ダシン!!と音がしてハナがマットに転がる。
さすがにこれは効いたらしく、ハナが立ち上がるのが少し遅れた。
当然その遅れを見逃すつもりもなく、ハナの頭に右手の槌鉾をこつんと当てて、勝負が決まった。
特訓したばかりの寸止めが役に立ったぜ。
「勝負あり!勝者は冒険者ディーゴ!!」
おぉぉぉおおおお!!
審判の声に、リングが大きな歓声に包まれる。……やべ、ちょっと気持ちいい……かも?
リングの上で槌鉾を掲げ、観客に勝利をアピールすると、負けてリングにぺたんこ座りしているハナに手を伸ばした。
「うぅー、負けたぁ……」
敗者にかける気の利いた言葉が見つからないので、無言で立たせて背中をぽんぽんと叩いてやる。
健闘を称える俺なりのメッセージだが、まぁ通じたかどうか……。
しょんぼりとリングを降りて去っていくハナの後姿を見ながら、これでちっとは名誉が挽回できたかなと思った。
……客席にあの太っちょマダムの姿を見つけてしまうまでは。
そして1週間ぶりの門番の仕事が始まった。
前回、客の前で負けをさらした者が門番やっててもあまり凄味はないと思うのだが、まぁ言われた以上は仕方がない。
ただ、通り過ぎる客の中にはこちらを見てひそひそやったりするのが気になるのは、被害妄想か自意識過剰か。
まぁいい、俺は彫像と言い聞かせて立ちっぱなし業務にいそしんでいると……またやってきましたよいつぞやの太っちょマダムが。
「まぁ!先週居た虎のお兄さんじゃないの!」
声を上げるなりまたがぶり寄ってきた。
「お客様、申し訳ありませんが従業員には……」
幸い?2回目なので対応にちょっと余裕がある。
「んもぅ。分かってるわよ。それより先週の話、考えてくれた?」
「重ねて申し訳ありませんが、そのようはお話はご辞退させていただくよう指示されておりますので」
「んもぅ、そんな固いこと言っちゃって」
と言いながらしなを作る太っちょマダム。似合わないからやめて。つーか結構香水の匂いがきついんですが。
「でもホント、惚れ惚れするほどいい毛並み。その毛並みに包まれてみたいわぁ」
冗談でもやめてくれ。というか、お付きの男!早くこれを連れていけ!!
一生懸命アイコンタクトを送るが、なんか今回は反応が鈍い。
「ねぇアナタ、少しでいいから触らせてくれない?」
「いえ、あの、ですから……」
後ずさりそうになるのをこらえながら、何とかなだめようと試みる。
「ただでなんて言わないわ。ね?これでお願い」
と、ちらりと見せてきたのは金貨1枚。半金貨じゃなくてその10倍の金貨ですよ?ちょっと待てなんだその金銭感覚は。
……ブルさん、どうするよ?
困ったような顔をブルさんに向けると、ブルさんも困ったようにため息をついて頷いた。諦めろ、というサインか。
「……仕方ないですね、腕だけですよ?あとそれ(金貨)は引っ込めてください」
そう言って仕方なく左腕を差し出す。
「まぁホント?うれしいわぁ」
すると太っちょマダムは頬ずりするように撫でまわしてきた。
くっ、なんつー触り方をしやがる。鳥肌もんじゃねぇか。
「ああ……やっぱり思ったとおりだわ。外の固い毛もいいけど、腕の内側の柔らかい毛がまたたまらないわ……」
「あの、お客様、そろそろ……」
放っておくといつまでもなでくりまわされそうなので、適当な所で声をかける。
「そうねぇ……名残惜しいけど今日の所はここまでね」
ふとっちょマダムは渋々といった感じで手を放す。
「奥様、そろそろ……」
この段になってやっとお付きの男が声をかけた。遅ぇよ!
「わかったわよ。じゃあ虎のお兄さん、ま、た、ね?」
太っちょマダムはバチンとウィンクすると、俺に無理やり金貨を押し付けて去っていった。
「……ブルさん、あのお客、また来るのかな」
太っちょマダムが去り、客足が途切れたのを見計らって小声でブルさんに訊ねる。
「……あのマダムだったら昨日も来てお前さん探してたぞ。きっと必ずまた来る」
「……ソウデスカ。つーかこの金貨、どうする?」
「迷惑料として貰っとけ」
「ありがと。なんか試合前なのにそんな気分じゃなくなっちまったよ」
「そこは何とか切り替えろ」
うん、わかっちゃいるけど、もうちょっと、もうちょっとこう……ねぇ?
そう思いながら、誰にも知られぬよう心の中でため息を漏らした。
-2-
太っちょマダムとの一幕はあったが、それ以外は特にトラブルもなく時間が過ぎた。
客の入りも一段落して、新規入場も居なさそうだしそろそろ控室に行く時間かと思いブルさんを見る。
「おう、そろそろ時間か。見物には行けないが、頑張ってこい」
「うん、じゃあ済まんけどここお願いします」
ブルさんにそう言い残して控室に移動する。
誰もいない控室で、武器の調子を確かめ体を軽く動かして暖気する。
……うむ、だんだんいい感じに頭が戦闘モードになってきた。
幸い今回は体形的に俺が圧倒的に有利だ。あのちみっこさと俺とではリーチがまるで違う。
パワーでも俺に軍配が上がるだろう。
面倒くさいのは、懐に飛び込まれるか一撃離脱を繰り返されるかだが……懐に飛び込まれた場合はやりようはある。
一撃離脱の場合は……カウンターで合わせるしかないか。
しまったな、こんなことなら寸止めだけでなくカウンターも特訓しとくんだった。
……まぁ今更言っても後の祭りだが。
そんな感じで体を温めていると、試合の時間になったのか係員が呼びに来た。
「ディーゴさん、そろそろ時間です」
「おう、わかった」
保護袋をかぶせた槌鉾を引っ提げ、控室を出る。
長い廊下を歩いてリングの傍まで来ると、対角のコーナーにハナがやってくるのが見えた。
タイミングを合わせてリングに上り、審判の後ろで相対すると、審判が観客に向けて声を張り上げた。
「さぁ皆さまお待たせいたしました!本日の試合は前回の試合で王者タリアを相手に敗北を喫した、冒険者ディーゴのリベンジマッチとなります!対するは剣闘士会で一番の速度を誇る最速の蜂、ハナ!大人と子供のような体格差ですが、ハナの針の鋭さは皆さまもご存じのはず!ディーゴの力とハナの速度、果たしてどちらが勝負を制するのか、見守っていきたいと思います!!」
審判が一気にそこまで言うと、観客から歓声が上がった。
「では両者離れて……勝負!!」
ゴングと同時にハナが飛び出してきた。
一拍遅れてこちらも迎え撃つ。とはいえ、リーチの差があるだけこっちの攻撃の方が先に届く。
まずは様子見もかねて槌鉾を横薙ぎに払う。
ブォン、という風切り音と同時にハナがステップを踏んで槌鉾をかわす。さすがに早いな。
横に避けたハナが身を低くして飛び込み、俺のわき腹に向けて小剣を突き出す。
が、それは既に予想済み。振りぬいた槌鉾の向きはそのままに、握りを叩きつけるようにして拳を戻す。
しかしハナは突きを引っ込め、バックステップで距離をとる。
直後に今度は右に左にとフェイントを混ぜつつ突っ込んでくる。
これには俺が大振りの薙ぎ払いで牽制。
……うーむ、いかんな。思ったよりハナの反応が早い。このままではどちらも決め手に欠ける、にらみ合いみたいな退屈な長丁場になりそうだ。
それじゃお客さんも面白くあるめぁ。
ちと戦い方を変えるか。
というわけで、右手に下げてた槌鉾を左手に持ち替え、槌頭のすぐ下を右手で握った。
長剣でいうハーフソードの構えだ。
リーチは短くなるし威力も落ちるが、その分小回りは段違いに効く。
ギルドの稽古場で教官相手に試してみたが、なかなかどうして鎧なしの対人戦に限れば悪くない。
ハナを懐に呼び込んで迎撃しようという作戦だ。
ハナもそれに気づいたのか、ニッと笑うと身をかがめて一気に突っ込んできた。
ガキン!
ハナの突きを槌鉾の柄で迎え撃つ。この試合初めての金属音が響いた。
流れるような連続攻撃に交じり、バックステップからの強烈な突きが飛んでくる。
よく『体ごとぶつかってくる』という表現があるが、ハナの場合は『体ごと突き刺さる』といった方が正しい。
それくらいの速度と勢いがある。
ハナが果敢に攻め立て、俺が必死に守る。さすが取り回しのいい小剣だけあって攻撃の速度が半端ない。
しかし俺も攻められてばかりじゃない。
わずかな隙を見つけては槌頭や握りを使った攻撃に加えて、蹴りまで織り交ぜて反撃する。
しかしハナの守りもまた固い。バックステップや位置移動、バク中まで使ってこちらの攻撃を避けまくる。
的が小さいのもあるが、とにかく動きがちょこまかと素早いのだ。
さすが剣闘士会最速、といったところか。
だがそれでも、付け込む隙がないこともない。
ハナの攻撃の合間を縫って、上、中段に反撃を開始する。無論これも避けられるが、狙いは別にある。
ひとしきりハナの上半身に攻撃を集中させたのち、ハナがのけぞって避けた直後を狙って下段の蹴り、足払いを繰り出す。
ハナが反動を見せずにバク中でこれを避ける。
これが狙い目だ。
ハナが飛びあがった瞬間、2歩踏み込んで槌頭から手放した右拳をハナに叩き込んだ。
「きゃん!」
ハナが体勢を崩してマットに落ちる。
初めて攻撃がまともに入った。
さぁこっから俺のターンだ、と思ったら、今度はハナが倒れた状態から逆に足払いを仕掛けてきた。
体重差があるので足を持っていかれるようなことはなかったが、衝撃に対する踏ん張りのために一瞬俺の動きが止まる。
そのわずかな時間でハナは立ち上がり、体勢を整えていた。
「いたた。やったなー!」
「応よ。さぁこい!」
再び一進一退の攻防が始まる。だが、先ほどまでと違うのは、俺がハナの速度と戦法に慣れてきたことだ。
俺の攻撃が避けられるのは相変わらずだが、徐々にハナの攻撃を弾いて俺が反撃に出る頻度が増えてくる。
体捌きと足の運びを工夫して、ハナが背に回れないように位置取りをする。これも教官に習った対人戦のコツだ。
それに圧されて、少しずつハナが下がりはじめる。
もう少しでロープ際、と思ったところで、ハナがバックステップで大きく下がった。
「やぁっ!」
そしてこちらを向いたまま後ろ足でロープに飛び乗ると、反動を利用して宙へと高く飛び上がった。そして俺の頭上を軽く飛び越える。
飛び越えざまにハナの蹴りが飛んでくるが、辛くもこれをかわす。
ちょっと待て、そんな芸当までできんの?なんつーバネをしてんだ。
慌てて向き直り、ハナと相対する。
「へっへーん。驚いた?」
ハナがそう言ってささやかな胸を張る。
「ああ確かに驚いた。大した身体能力だ。だがこっちも負けてねぇぞ、っと!」
間合いの離れたハナに対し、右手に戻した槌鉾の長いリーチを使ってコーナーに追い詰める。
「行くぜ!」
息を止めて早く細かくのラッシュを発動させる。ハナも小剣で防ぐが、武器の重さと力の差で、だんだん守りが崩れてくる。
そしてここ一番での片手突き……のフェイント!
ハナは見事に引っかかった。突きが来ると読んだハナは、バク宙の要領でコーナーポストの上段を蹴り、俺を飛び越えて背後をとろうとした。
正直に片手突きを出していたら、体勢が崩れて反応が一拍遅れたのだろうが、生憎フェイントで片手突きは出してない。
ハナは迎撃準備万端の俺の頭の上を飛び越えることになる。
その無防備な瞬間を見逃してやるほど生憎人間できてない。
その場で飛び上がり、バレーボールのアタックの要領で、頭上のハナの体を思い切りマットに叩きつけた。
「うぎゃんっ!」
ダシン!!と音がしてハナがマットに転がる。
さすがにこれは効いたらしく、ハナが立ち上がるのが少し遅れた。
当然その遅れを見逃すつもりもなく、ハナの頭に右手の槌鉾をこつんと当てて、勝負が決まった。
特訓したばかりの寸止めが役に立ったぜ。
「勝負あり!勝者は冒険者ディーゴ!!」
おぉぉぉおおおお!!
審判の声に、リングが大きな歓声に包まれる。……やべ、ちょっと気持ちいい……かも?
リングの上で槌鉾を掲げ、観客に勝利をアピールすると、負けてリングにぺたんこ座りしているハナに手を伸ばした。
「うぅー、負けたぁ……」
敗者にかける気の利いた言葉が見つからないので、無言で立たせて背中をぽんぽんと叩いてやる。
健闘を称える俺なりのメッセージだが、まぁ通じたかどうか……。
しょんぼりとリングを降りて去っていくハナの後姿を見ながら、これでちっとは名誉が挽回できたかなと思った。
……客席にあの太っちょマダムの姿を見つけてしまうまでは。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
68
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる