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86.たかが熊男に負けるわけがございません

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「不敬罪で切り捨ててやる! そうすればノアの目も覚めるしな」

 辺境伯が腰の剣に手をかけニヤリと陰湿な笑みを浮かべられました。

「ギル! それを抜いたら俺が相手だ!!」

 目の前に立って下さったノア様を無理矢理押し除けてしまいました。

「どうぞご随意になさいませ。わたくしに手をかけても辺境伯様の願いは叶いません。はっきり言わせていただくと『後で吠え面かきやがれ』ですわね。
辺境伯様のような低俗で底の浅いお考えをお持ちの脳筋にチェイスの養育をお任せするなどあり得ません。チェイスとグレッグは本当の幸せを考えてくれる方と暮らさせますが、辺境伯様にはその名誉を受け取る資格はございません。
わたくしを亡き者にしてもお父様がおられますし、お父様が亡き者にされても次に続く者は大勢おります。
彼等全ても切り殺すことができればチェイスを手に入れられるかもしれませんが⋯⋯その時の辺境伯様は『ただの殺人鬼』ですから子供の養育などできない場所に監禁されそうですわ。
と言うことで、わたくしひとり殺めて気を晴らしチェイスを諦めることをお勧めいたします」

 わたくしの後ろには家族や使用人、この屋敷を巣立っていった人達がいます。絶対に幸せにできる自信⋯⋯ではなく、幸せにしたいと心から強く思う方にしか子供を託してこなかった矜持がございます。

「彼等のほとんどは平民ですから小さな声にしかならないとお思いでしょうが、意外とそうでもなかった『俺は井の中の蛙』だったと知ることになるかもしれませんわ」

「馬鹿馬鹿しい、俺が養育を諦めたらノアが助けてくれるとでも思ってるんだろうが⋯⋯そうはいかんからな」

「足りない頭で考える事を『浅慮』と申します。現時点でノア様は辺境伯様と同じく養育者の資格をなくしておられます。
真面ではないご友人の頼みで子供を引き渡す可能性がないとは言い切れませんし、友人関係が継続していればいつでも簡単に拉致されそうですしね?
恐ろしくて子供達のそばに来ていただくわけには参りません。辺境伯ご夫妻とノア様及びその関係者は当家及び当家に関わる全ての者達との接近禁止とさせていただきますからご安心くださいませ」

「ティア⋯⋯俺までコイツと一緒にするな!? 勘違いした脳筋がない知恵を絞って斜めに飛び上がったのは俺がちゃんと躾ける!
コイツの問題と俺達の事をひとまとめに考えるのはやめてくれ!」

「長年のご友人は大切になさるべきですわ。楽しい思い出をたくさんいただきましたこと、心よりお礼申し上げます。さて、先ほども申し上げましたがお見送りは必要でしょうか?」

「つまり、ティアは俺よりグレッグやチェイスを選ぶと言うことか?」

「今のわたくしに選択肢はないと言うことですわ。あの時、グレッグとチェイスを助けたい、助けると決めたのはわたくし自身です。二つの命を預かったなら最後まで責任を取らなくてはなりません。彼らが巣立つまで⋯⋯それまでは優先順位が決まっておりますの」

 真面な養育者を見つけるか仕事ができる年になるか⋯⋯安易な気持ちで預かると決めたわけではありませんが先の長いお話です。

 ノア様と辺境伯様が親しくなければお付き合いを続けられた⋯⋯でも、お二方が親しかったからノア様とわたくしは出会った。

 そう考えると『鶏と卵、どっちが先?』ですね。

 ノア様にとって辺境伯様は代理で甥を預かろうと思うほどの仲の良いご友人ですし、忙しい中でも時間を作ってグレッグやチェイスに会いに来てくださるほど優しい方です。

 無理にわたくしと付き合いを続ければ間に立って苦労されるのは間違いありませんし、わたくしのせいで長年の友人関係が拗れてしまえば結局上手くいかない気がします。



「裁判にかければ間違いなくわたくし達が勝ちますわ。それに『接見禁止』など子爵家の一令嬢の言葉にどれほどの重みがあると思っておられるのかしら?」

 辺境伯夫人が警戒するような訝しげな顔をしておられます。

 現状を冷静に判断すれば『本当にできる』と言いきってしまうのは簡単ですが、ここまでくれば無理をする必要もない気が致します。

「さあ、どう思われます? 少なくとも当家の強い意志はお伝えできているようですし、あとはどのようにご理解されても構いません」

「ギルもアリサも取り敢えずうちへ来い。お前達の勘違いも疑問も全部解消してやる。そうすればラングローズ卿の仰ったことの意味もティアの話したことの意味も理解できるようになるからな。
それまではそのデカいだけで役に立たん頭を使って考えるな!」



「⋯⋯でもよう、俺にはガキをちゃんと育てた実績があるんだぜ? 学園に行ってる息子も預けている娘も優秀だしな。
金が狙いでもない、ノアと別れる覚悟もある? それが本当なら何の不満があるのか理解できん。大体なあ、弟だって俺が立派に育てたんだ。その息子を育てたいって思うのは普通の事だろ?」

 辺境伯様が巨大な地雷を踏み抜いた音が聞こえてきました。

「うわぁ、やっちまった」

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