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87.頭の軽さ、最底辺はなんでしょう

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「弟だって俺が立派に育てたんだ。その息子を育てたいって思うのは普通の事だろ?」

 辺境伯様が巨大な地雷を踏み抜いた音が聞こえてきました。

「うわぁ、やっちまった」

 お父様が小さな声で呟かれるのが聞こえましたが、お言葉が乱れておられますよ?

「弟様は辺境伯様が育てられたのですか?」

「その通り! 母上は早くに亡くなられたし父上は隣国との鍔迫り合いで忙しかったからな。おむつを替えたこともあるぜ?」

 諸悪の根源が腕を組んで自信満々ですわ。呆れてものも言えません⋯⋯これから言いますけどね。

「ジャスパー様はどのような方だったのか、お聞かせいただけますかしら?」

 あら、『クモがハエに言いました』ですわ。グレッグが怖がるので封印した絵本のひとつですのに。

『リィ、だめのぉ、クモちらいの! ないないね、めっよ!?』

 半泣きの顔は可愛かったですわ。



「あいつは小せえ頃からヤンチャでな、目を離すとすぐどっかに行きやがる。大人になってもあんま変わんなかったな。楽しい事を見つけるとふらふら飛んでってニコニコ笑いながら帰って来ては、また飛び出してくんだ」

「それを黙って見ておられたのですか?」

「別にいいじゃねえか、人を傷つけるような奴じゃねえんだし」

「夫人も同じご意見ですかしら?」

「え? わたくしは⋯⋯ジャスパーは言っても聞かない頑固なところがあったから諦めてたわ。無茶したり馬鹿騒ぎしたりはするけれど心根はまっすぐな義弟だったから」

 はい、お二方ともギルティです。



「辺境伯ご夫妻は予想以上に傲慢で愚かですのね。ここまで最低な方達がいらっしゃるだなんて一周回って感動したほどですわ。
人を傷つけない? 心根がまっすぐ?
呆れすぎて笑いが止まらなくなりそうですわ。勾留中のナーシャ様を傷つけたのはジャスパー様の身勝手な行動ではありませんか。
女遊びがしたいならナーシャ様と別れてからすればよいのに、その程度の事も分からない残念なおつむに育てたのは辺境伯様です。
それなのに子育て自慢ができるなんて頭の回転は虫以下ですわね。
心根のまっすぐな方はあちこちに庶子を作って放置しますの!? 妻を蔑ろにしてあちこちにタネをばら撒いて笑ってる男のどこにも長所などございません。
ご自身がナーシャ様のお立場でも同じことを仰るというのでない限り二度と口を開かない事をお勧めいたしますわ。世界中の女性を敵に回しそうですもの。
ナーシャ様が罪を犯された事も父親のいない子供の苦労も全ての元凶はジャスパーで、そんな男を育てたクズ辺境伯の罪ですわ! ヘラヘラと横で『仕方ないわねえ』などと許してこられた夫人も女失格で同罪です!」

「なんて失礼な! ナーシャは気が強くて我儘で⋯⋯ジャスパーがどれほど苦労していたか知りもしないで!」

「理由があれば不貞は許されるのですか? 不特定多数と子供を作りまくる免罪符がこの世界にあるなんて存じませんでしたわ。
例えば⋯⋯頭の軽い辺境伯が夫人と喧嘩した後酔っ払って軽い気持ちで誰かと同衾し子ができたら? 理由があるからお許しになられるのですよね。それをなん度も繰り返しても理由がありますから問題はありませんわね。
あちこちから娘や息子が集結しても笑顔で仰って下さいませ」

 『理由があるから仕方ないわね』

「社交界や友人との会話でヒソヒソと話されても嘲笑されても『仕方ないのよ、理由があるんだもの』と微笑み続けなくてはなりませんわね。次の庶子を作るべくせっせと外出するバカを笑顔で送り出せるのでしょう?」

「⋯⋯それは」

「何度か繰り返せば頭が空っぽの虫にも少しくらい知恵がつくかもしれませんわね。
『別に俺はいいんだ、理由があるから仕方ないって言ってくれるからな』
そう言われたら笑顔で『その通り』だと答えられるのでしょう?
で、虫はまた少し学習するかも⋯⋯俺は好き勝手しても許されるからなって。
理由なんていくらでもこじつけられますもの。イライラしてたからちょっと気晴らしにとか、誘われたとか。浮気男はその方面だけは知恵が特化するそうですから」

「⋯⋯そんなの許せるわけないじゃない。わたくしとナーシャは違うわ!」

「ナーシャ様がどのような性格の方かは関係ありませんわ。クズジャスパーを理解していたあなた方がクズを増長させ、ナーシャ様を追い詰める手伝いをされたと申しておりますの。
ナーシャ様の罪はご自身で償われるでしょうが、そのような事態になるまで緩慢に手伝って来た方々にも罪があると申し上げました」

「わたくしに罪が? だって」

「まだ分かりませんか? クズジャスパーの行動をあなた方が容認していた時ナーシャ様がどんなお気持ちになられたか考えたこともないのでしょう?
ご自身が浮気されて悩んでいる時に笑顔で『仕方ないのよ、だってあの方はねえ』などとしたり顔で言う方々を前にしてどんなお気持ちになられたか」



「随分分かったような口を利くじゃねえか」

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