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エネミースレイヤーズ

2-26「そろそろ帰ろうか?」

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 僕は剣に闇と炎の付与をかける。魔獣もこちらに向かって巨大な腕を振り上げて襲ってくる。闇の剣を振るって視界を遮ると相手の側面に回り込んで炎の剣で切りつける。

 魔獣は満身創痍だけれど器用に体をひねり回避する……その捻った体から再び長い腕が振り払われる。僕はそれを炎の剣を使い【パリィ】で受け流す。

 魔獣の腕には炎が纏わり付く……だがもうバリアを張ってダメージを抑える事は出来ないようだ。


【残り時間:459秒】


『グアルルッッ!!』とうなり声を上げながら苦しそうに攻撃をしてくる。苦しいのはこちらも同じだ。SPを節約しながら攻撃をしているけれど決め手に欠ける。何よりも時間が無い……それさえ無ければ堅実に戦えるのに。


【残り時間:423秒】


 このまま時間になったらどうなるのだろう? 死んでしまうのか? それとも永遠にこのダンジョンの中に閉じ込められるのか? そんな焦りが僕の剣先を鈍らせてしまったようで……

「ぐあっ!!」

「お、おにぃ!?」

 魔獣の軌道が変化した爪で脇を切り裂かれる……実際には切れていないけれど、衝撃を逃がしきれずに痛みが入った。ズキンズキンと脳に危険な痛みを教える信号が伝わってくる。


【残り時間:386秒】


 痛みを堪えながら僕は魔獣の足下を2度切りつける……2回目は躱されたけれど、3度目は闇で視界を覆い途中まで足下を攻撃する同じモーションから炎の剣を下から切り上げた。魔獣は超反射で仰け反るが剣先はその分厚い胸板を縦に切り裂き燃え上がらせる。

 魔獣も痛みを感じていないが如く剣を振り上げた僕に向かって、怯まず大きな拳を突き出してくる。反対の剣で受けるが衝撃を殺しきれず後方へ殴り飛ばされた。

「現実でスーパーアーマーとか止めてよ!!」

 僕は愚痴りながらも何とか倒れずに着地した。


【残り時間:314秒】


 現状では階段前で魔獣が美百合をこちらへ通さないように立ち塞がっている。なんとか美百合を外に逃がせないか? ダンジョンが消えるまで約5分……既にもう慌てるような時間になっている。


 考えても妙案がある訳でも無く攻めていく。着実にダメージを与えているのだけれども時間だけが足りない……ここはもう最後の賭に出るしか無い。僕はできる限りスキル攻撃をせずに付与魔法に頼った戦いを続ける。


【残り時間:132秒】


 体が重くて息が切れる……もの凄く苦しいけれど、その苦しみはきっと美百合を失う事に比べれば全く大したことは無い。

 ……僕と魔獣は互いにギリギリの攻防を続けていく。


【残り時間:76秒】


 よし、準備は整った。できる限りの事はやった……あとはそれを実行するだけだ。僕は【フォースウェポン】で武器を作るとそれを魔獣の顔目掛けて放った。不可視の短剣は魔獣の片目に刺さった。

『グワルルルルルルルルッッ!!』 顔を押さえて苦しむ魔獣……それを見届けた僕は、再びユニークスキル『ライトニングワールド』を使う。


  世  界  は  停  止  す  る


 僕は流れる時のプールに逆らって魔獣の脇を抜けて行く。美百合を抱きかかえる……くっ、重い!! 年頃の妹に聞かれたらきっと怒られてしまうだろう。どうやらスキル中に掛かる負荷は思いのほか大きいようだ。

 なんとか美百合を脇に抱えると、直ぐ様魔獣の横を通りアイシャの元に向かう。


【残り時間:73秒】


 アイシャの元にたどり着き、空いている方の腕で抱きかかえる……やっぱり重い。本人に聞かれたら平手打ちされそうな事を考えながら何とか二人を抱えて出口に向かう。これは予想以上にハードだ。フラつきながらも二人を抱えて歩く。


【残り時間:73秒】


 まだ出口まで10メートルほど……ここまでか!! とうとうスキルの効果が切れて僕の体に反動が掛かる。間を開けずに使った2度目のユニークスキルは僕に想像以上のペナルティを与えてきた……もう立っていられずに倒れてしまう。


【残り時間:62秒】


「あれ? おにぃ!? 大丈夫!?」

 いつの間に僕に助けられて戸惑いながらも倒れた僕を心配する美百合。

「美百合、アイシャ……この人を連れてここを出るんだ」

 後ろからは魔獣が迫る気配がする……もう一時も猶予は無い。

「おにぃ、さっき時間内に出なくちゃ消えちゃうって言った……置いていけないよ!」

「僕は大丈夫だ、美百合が先に行かないと心配で進めないんだ」

 正直もう歩く事は出来そうもない……でも1分くらいなら……僕が魔獣を足止めして、せめて美百合だけでも……

「いや!! じゃあ美百合が敵をやっつける!!」

「我が儘を言わないで……っ!?」

 もしやこれはラストチャンスか……僕は両手に2本の【スローイングダガー】を取り出すと【エンチャットダークネス】を付与する。


【残り時間:49秒】

「分かった美百合、僕がこの剣を投げたらやるんだ」

「わかった!!」

 僕は振り返ると既にこちらに走り出している魔獣に向けてダガーを投げた……もうSPが無いからスキルは使っていない。いくら剣士の腕力、常人以上の早さで投げたダガーも驚異的な動体視力をもつ魔獣にとって躱す事は造作も無い。

 黒い闇の尾を靡かせながら迫る2本のダガーを簡単に躱す……だが魔獣は気付かなかった。

 闇の後ろから飛んでくる何かに……

 それは魔獣に当たると大爆発を起こした……そう、事前に美百合に渡していた【ファイヤーボム+3】だ。

 既に満身創痍の僕。その僕が苦し紛れに投げた闇を纏う短剣での視界妨害。そして戦う力が無いと思われていた美百合が攻撃してきた事。色々な要素が組み合わさって最後の最後に魔獣は真っ正面からの攻撃を食らってしまったのだ。

 僕等は爆風に煽られて床を転がった……痛かったけれど悪い事ばかりでは無く、少し出口に近づいた。


【残り時間:24秒】


 美百合が僕の腕を自分の首に回して起き上がらせる。だけど非力な美百合の力では僕を運ぶ事は出来ないだろう。

「美百合、僕は良いからこの人をつれて逃げてくれ」

「いや!!」

「頼むから言う事を聞いてよ」

「やだ!!」

 僕は最後の力を振り絞って腕を離さない美百合と倒れているアイシャを出口に突き飛ばそうかと考えていたら、僕の反対の腕が持ち上がった……

「ん~~っっ、あたしはまた最後の美味しい所を逃したのね……行く……わよ」

 まだ意識がはっきりしていないのか、もう片方の手で頭を押さえフラつきながらも僕の腕を首に回してアイシャが立ち上がると、力強く出口に向かって歩き出した。


【残り時間:10秒】


 残り5メートル…………4…………3…………2…………


 視界がホワイトアウトしていく……まぶしくて出口がどこだか分からなくなっている。それでも帰れる事を信じて僕を運ぶ二人の足はしっかりと床を踏みしめて進んでいた。


【残り時間:1秒】


 もう何も見えない……体の感覚も無い……


















「…………っ」

「……くっ……」

「ナタク!! しっかりして!!」

「おにぃさん!! 起きて!!」

 はっ、ここは!?

 空は既に真っ暗、顔を傾けるとライトアップされた洋風のお城が見える。

「起きたのね!? 体は大丈夫!?」

「あぁ、情けない所を見せてしまったな……」

 何とか体を起こす……まだ体が脱力している。僕はそれでもやせ我慢をして立ち上がった。

「あれからどれくらい時間が過ぎた?」

「ほんの5分位……もうダンジョンは消失したみたいよ」

「……そうか」

 どうやら無事に脱出する事が出来たみたいだ……あーーーっよかったーーーっ!! 自分を犠牲にして……みたいな事を言ったけれども内心泣いて転げ回りたいくらい怖かったよ~!!

 でもね勝算はあったんだよ。完全にダンジョンと一緒に消えてしまうならアウトだったけれど、ただ閉じ込められるだけなら【ダンジョンコア】の転移を使って脱出が出来る可能性もあったし……いや、恐ろしくて今後も検証をする予定は無いけれど。

 まぁ、結果良ければ全てよしで最良の結果でハッピーエンドになったのだと思うよ。それにしてもあの魔獣は何でダンジョン消去を実行した後にまで出てきたんだろう。

「劇場迷宮は本当に何が起こるか分からないし、その上、名前付きネームドモンスターだったから」

「結局は分からないという事か……」

「あのね、みゅーは『愛の砂時計』の砂がまだ残っていたからだと思う」

 なるほど、劇中でも一度倒れた魔獣が復活するシーンがあったっけ? 本当に映画の話に沿ったダンジョンだったんだね。

「あたしも帰ったら映画を観てみようかしら?」

「ふっ、いいんじゃ無いか?」

 さて、これ後始末に立ち会わないといけないのかな? できる限りギルドの人間と接触したくないなぁ。

「これからどうするんだ? 俺はなるべく早く真田巧美に妹を送り届けたいが……」

「あたしは後始末があるけれど、あなたはギルドにも関係ないし、巧美が心配しているでしょうから妹さんを連れて行ってあげて……」

「恩に着る」

「…………」

 何だかアイシャの様子が変だ……落ち込んでいるようだけれど何かあったのかな?

「お爺さまから代々受け継がれていたアーティファクトを壊して無くしてしまったの」

 あれか、Dレーダーを魔獣に壊されてしまったんだっけ? しかもそのまま置き去りだったもんね。うーん僕は使っていないしいいかな?

「先祖代々の一品には遠く及ばないかもしれないが、良ければ今後はこれを使うといい」

 僕は【アイテムボックス】から殆ど使っていないDレーダーをアイシャに差し出す。少し潤んだ目と薄く硬直した頬を見せるとそれを受け取った。

「ありがとう……もう返せって言われても返さないわよ」

「構わない、今回の礼だ」

「よかったね、おねぇさん」 

 アイシャはそれを胸元にぎゅっと抱きしめると美しい金髪を靡かせながらクルリと回った……それ癖なの?

「問題ないようなら俺たちは行く……また会おう」

「おねぇさん、助けてくれてありがとう」

「あ、ちょっと待って……ちょっといい?」

 立ち去ろうとした僕等を呼び止めると、アイシャは何か伝えたいのか僕の耳を貸すよう要求して来る。くすぐったさに耐えられるかな?

 僕の耳にアイシャの口が近づいたと思ったら……何故か頬の方に柔らかく暖かい感触があった……こ、これはまさか!?

「ふふ、あなたでもそんな顔をするのね……今日はこれくらいで許してあげる……また会いましょ」

 僕にとって初めての顔……美人系なのに可愛らしさを備えた薄紅色の頬に上目遣い……を見せると、再び美しい髪を靡かせて去って行く。

 ……僕はその後ろ姿を見つめている事しか出来なかった。

「…………」

 いたい、いたたっ!! 美百合が急にお尻をつねってきた!! なんで!?


 まだ夏の暑さが残る夜空に爽やかな風が吹いて僕の頬を少しだけ冷ましていった。



 アイシャと別れた後、僕と美百合は園内を歩いていた。美百合はずっと僕の手を握ったまま離さない。

「今日は怖い思いをさせてごめんな」

「ううん、おにぃのせいじゃないよ……それに最後までみゅーを守ってくれて嬉しいよ」

 笑顔で答える美百合……本当に無事で良かった。そんな事を考えているうちにお土産グッズを預けているロッカーにたどり着いた。両手いっぱいの荷物を僕が全部持とうとしたのだけれど、片方は美百合が持ち手を繋ぐ事を譲らなかった。

 僕はダンジョンの話題を出さないようデスティニーのアトラクションの話をしながら園内をゆっくり歩いて行く。

『ボボボボーーーンッ! パパパパパーーーーンッ!!』

 突然夜空が赤く、黄色く、緑に光り、音だけが遅れて響いてきた……花火だ。僕達は立ち止まって空を見上げた。握った手が少しだけきゅっと強くなった。周りの人達も皆空を見上げている。

 いつもだったらスマホで撮影しようなんて考えるのだろうけれど、今日は何となくレンズを通さないありのままの夜空をゆっくり見ていたい気分になった。


 やがて花火が終わると周りの人達も歩き出す……美百合の顔を見て僕は……

「そろそろ帰ろうか?」

「うん!」



 ……夢の終わりを告げる空の知らせを受け、僕等は帰るべき場所へ向かい歩き出す。




_________________________________________________


これで第2章は終了となります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
初めての小説ですがこの調子で何とか続けていきたいと思います。

話をまとめようとして長くなってしまいました。
今後もチョッピリずつ(?)ラブコメ風味が出てくる予定ですがどうでしょうね?
「おぬしの作品にラブコメなど期待しておらぬのじゃ!!」という人はごめんなさい。

それではまた第3章でお会いしましょう。


第15回ファンタジー小説大賞にエントリーしました。
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火、木、土(ストックにゆとりがあれば日)の週3~4回更新となります。

お読みいただきありがとうございます。
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