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15 夏生の決意
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『―――京助さん。京助さんって推理小説から時代劇、子供向けの冒険小説とか幅広く書いてるよね? 恋愛小説は書かないの?』
『恋愛小説ぅ? 絶対書かない。そういうのは苦手だ』
ある日、何気なく尋ねた俺に京助さんは嫌々した顔で言った。
なのに、新しく出た本は恋愛小説。そしてタイトルは『君に贈る告白』
自意識過剰かと思ったけれど、それはまるで俺に宛てられた題名な様な気がした。だから、京助さんの事を忘れなくちゃ、と思いながらも俺はその本に手を伸ばし、躊躇いつつも購入した。
そして指先が冷える冬の夜。俺はひとり、自室でまだ真新しいページを開いた。
――――物語の主人公は三十代の女性会社員サキと男子大学生のタクマ。
この二人は同じマンションの二軒隣に住んでいたが、全くと言っていいほど関りがなかった。けれどひょんなことから二人は出会い、意気投合して、休みの日はたびたび会うような仲になっていく。
けれどその内にサキはタクマの優しさと無邪気さに段々と惹かれるようになり、同時にタクマもサキに好意を寄せて、ある日付き合って欲しいと告白をする。
けれどサキは自分とタクマの年齢差を考えて、その告白を素直に受け取ることができなかった。
そして、サキは次第にタクマと距離を置くようになる。けれどタクマは諦めず、交際を飛び越えて結婚して欲しいとプロポーズ。
そんな熱い想いをぶつけられてサキは心揺らぐが、返事はせずに一つの条件をタクマに提示した。
『君が二十三歳になっても、その時、まだ私の事を好きだったら答えるね』
それは大人なサキが若いタクマに示した優しさだった。
でもタクマはわからずに了承し、それから辛抱強く待って二十三歳の誕生日。
タクマは再びプロポーズをして、サキはその時になってようやく自分の気持ちを告げた。
『ずっとずっと君の事が好きだった。愛してる』と。
そして、二人は結婚して幸せに暮らし、物語はハッピーエンドで締めくくられていた。
―――――だけど、幸せな物語を読み終えたはずの俺は本を涙で濡らしていた。
だって、この物語のほとんどが俺と京助さんの話だったからだ。そして物語を読んで、やっと京助さんから答えを貰えた気がした。いや、きっとこれが答えなんだろう。『君に贈る告白』と題名が示すとおりに。
最後の言葉の意味、どうして突然いなくなったのか、俺に何も言わなかった理由。その全てが俺の為だったのだと、物語を通して京助さんは俺に伝えていた。
あまりに若すぎる俺の未来を危惧して、突然の別れを選んだのだと。
……京助さんはきっとサキと同じように心配したんだ、俺の事を。
物語の中でサキがタクマにこんなことを言うシーンがある。
『君には未来があるから。今は勢いで私の事を好きだと言ってるだけで、大人になったら色んな事が見えてきて気持ちが変わるかもしれない。それに私の年齢じゃ子供も難しいし。だからタクマ君には同い年の女の子がきっと合うよ。私じゃなくて、もっと可愛くて君を想ってくれる人。その人と結婚して、子供も作って、温かい家族を作る。……だから、私とはさよならしよう』
これはサキの台詞だけど、きっと京助さんの気持ちでもあるんだと思えた。そして俺に求めたもの。
自分じゃなくて他の誰かと結婚して、幸せになってくれ、と。あの優しい人はそう俺に願ったのだ。
でも俺はそんなもの欲しくなかったし、願っても欲しくなかった。ずっと欲しいのは京助さんの気持ちだけで、傍にいて欲しかった。
……京助さん、どうしてサキとタクマは最後幸せになったのに、俺達はそうはいかないの?
俺は本の表紙を撫でて、心の中で京助さんに問いかける。
そしてこんなにも優しい告白をされて、今だって京助さんを忘れられないのに、もうどうやって京助さんを諦めればいいのか俺はわからなくなった。
胸の一番真ん中に宿る好きの炎は、しっかりと吹き返してしまったから。
「狡いよ……京助さん」
俺はあの日、俺の元を去った京助さんを思い出して呟き、そして俺は椅子から立ち上がって冷たい風が吹くベランダに出た。
冬の星が瞬く夜空を見上げながら、胸に宿った炎を落ち着かせるように俺は冷たい空気を深く肺まで吸い込む。
そして星を眺めながら、俺にできることは一つだと知る。
……きっと今のままじゃダメなんだ。どうやったって京助さんに今の俺の手は、声は、想いは届かない。俺はもっと大人にならなきゃいけないんだ。京助さんの隣にいてもおかしくないような大人に。
俺は拳を握り、ひとり決意をした。
『恋愛小説ぅ? 絶対書かない。そういうのは苦手だ』
ある日、何気なく尋ねた俺に京助さんは嫌々した顔で言った。
なのに、新しく出た本は恋愛小説。そしてタイトルは『君に贈る告白』
自意識過剰かと思ったけれど、それはまるで俺に宛てられた題名な様な気がした。だから、京助さんの事を忘れなくちゃ、と思いながらも俺はその本に手を伸ばし、躊躇いつつも購入した。
そして指先が冷える冬の夜。俺はひとり、自室でまだ真新しいページを開いた。
――――物語の主人公は三十代の女性会社員サキと男子大学生のタクマ。
この二人は同じマンションの二軒隣に住んでいたが、全くと言っていいほど関りがなかった。けれどひょんなことから二人は出会い、意気投合して、休みの日はたびたび会うような仲になっていく。
けれどその内にサキはタクマの優しさと無邪気さに段々と惹かれるようになり、同時にタクマもサキに好意を寄せて、ある日付き合って欲しいと告白をする。
けれどサキは自分とタクマの年齢差を考えて、その告白を素直に受け取ることができなかった。
そして、サキは次第にタクマと距離を置くようになる。けれどタクマは諦めず、交際を飛び越えて結婚して欲しいとプロポーズ。
そんな熱い想いをぶつけられてサキは心揺らぐが、返事はせずに一つの条件をタクマに提示した。
『君が二十三歳になっても、その時、まだ私の事を好きだったら答えるね』
それは大人なサキが若いタクマに示した優しさだった。
でもタクマはわからずに了承し、それから辛抱強く待って二十三歳の誕生日。
タクマは再びプロポーズをして、サキはその時になってようやく自分の気持ちを告げた。
『ずっとずっと君の事が好きだった。愛してる』と。
そして、二人は結婚して幸せに暮らし、物語はハッピーエンドで締めくくられていた。
―――――だけど、幸せな物語を読み終えたはずの俺は本を涙で濡らしていた。
だって、この物語のほとんどが俺と京助さんの話だったからだ。そして物語を読んで、やっと京助さんから答えを貰えた気がした。いや、きっとこれが答えなんだろう。『君に贈る告白』と題名が示すとおりに。
最後の言葉の意味、どうして突然いなくなったのか、俺に何も言わなかった理由。その全てが俺の為だったのだと、物語を通して京助さんは俺に伝えていた。
あまりに若すぎる俺の未来を危惧して、突然の別れを選んだのだと。
……京助さんはきっとサキと同じように心配したんだ、俺の事を。
物語の中でサキがタクマにこんなことを言うシーンがある。
『君には未来があるから。今は勢いで私の事を好きだと言ってるだけで、大人になったら色んな事が見えてきて気持ちが変わるかもしれない。それに私の年齢じゃ子供も難しいし。だからタクマ君には同い年の女の子がきっと合うよ。私じゃなくて、もっと可愛くて君を想ってくれる人。その人と結婚して、子供も作って、温かい家族を作る。……だから、私とはさよならしよう』
これはサキの台詞だけど、きっと京助さんの気持ちでもあるんだと思えた。そして俺に求めたもの。
自分じゃなくて他の誰かと結婚して、幸せになってくれ、と。あの優しい人はそう俺に願ったのだ。
でも俺はそんなもの欲しくなかったし、願っても欲しくなかった。ずっと欲しいのは京助さんの気持ちだけで、傍にいて欲しかった。
……京助さん、どうしてサキとタクマは最後幸せになったのに、俺達はそうはいかないの?
俺は本の表紙を撫でて、心の中で京助さんに問いかける。
そしてこんなにも優しい告白をされて、今だって京助さんを忘れられないのに、もうどうやって京助さんを諦めればいいのか俺はわからなくなった。
胸の一番真ん中に宿る好きの炎は、しっかりと吹き返してしまったから。
「狡いよ……京助さん」
俺はあの日、俺の元を去った京助さんを思い出して呟き、そして俺は椅子から立ち上がって冷たい風が吹くベランダに出た。
冬の星が瞬く夜空を見上げながら、胸に宿った炎を落ち着かせるように俺は冷たい空気を深く肺まで吸い込む。
そして星を眺めながら、俺にできることは一つだと知る。
……きっと今のままじゃダメなんだ。どうやったって京助さんに今の俺の手は、声は、想いは届かない。俺はもっと大人にならなきゃいけないんだ。京助さんの隣にいてもおかしくないような大人に。
俺は拳を握り、ひとり決意をした。
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