その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
142 / 713
思惑の迷宮

リーナの処遇

しおりを挟む



 部屋の扉が開いた。





 目を開いてそちらの方を見ている私に気が付いた、部屋を訪れた人…… 人達……ね。 複数の人が、部屋に入ってきたの。 目を見開き、驚きに満ちた表情をしているわ。 ん~ 何でだろうね。




「ご心配おかけしました。 皆様には、ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」




 そういって、横になりながらも、頭を下げる仕草をすると、駆け寄るような感じで女史がベッドの傍にやってきたの。 女史の瞳は濡れていたわ。 泣きはらしたように、目の周りも真っ赤。 眼の下に隈まで…… 本当に心配させてしまったのが、判かってしまったわ。 



「リーナさん! 目覚めたの?! 目覚めたんですね!」

「ええ、スコッテス女史。 意識ははっきりとしておりましてよ。 ただ、体が重く、寝たままのは、お許しくださいませ」

「そんな事は、どうでもいいのです。 よかった…… 療法士から、目覚めれば大丈夫であるとは、聴いておりましたが、丸三日・・・ そうです、三日間昏睡されていたのです。 あのホールに落ちていた、襲撃者が残した、折れた剣から、「猛毒」が検知されました。 ただの擦り傷でさえ、致命傷になるような、そんな毒です。 リーナさんは、リーナさんは……」

「ですわね。 右腕を切りつけられ、全身に痺れがありましものね。 でも、もう大丈夫です、事前に服用していた、「解毒薬」で、その効果も失われました」




 ちょっと、嘘吐いた。 そんなもの、ある訳ない。 毒が体に対して、作用する場合は、個別の解毒薬が必要なの。 特に強い毒となると、解毒薬も強烈なモノが必要とされ、加投与させると副作用で、トンデモナイ事になってしまう可能性もあるの。




「……流石は、薬師様と、言った所ですね。 それにしても、無茶を。 着ていらした、ドレスは、見るも無残に切り裂かれて居りました。 緘口令は敷かれましたが、あの場所を検分した近衛騎士が言っておりました。 ” 久しくこれ程の剣技を見ていない。 これを着て、アレをしたのか ” と。 学院も、このたびの事に関して、リーナに感謝申し上げると。 それにしても……」

「薬師として、傷つけられようとしている命を看過できなかったのです。 それだけに御座います」




 後ろの方で、同じくお部屋に入ってらした、シーモア子爵が、沈痛な面持ちでこちらを見てらっしゃったの。 責任を感じてらっしゃるの? ちょっと訳が判らない。 さらに、ミレニアム様と、ノリステン子爵もいらしていたわ。 皆さん、シーモア子爵と同じような御顔をされていた。

 にっこりと微笑んで、もう大丈夫ですって感じで、いらした方々を見ていたの。 ミレニアム様が、小さな声で、お話になった。




「薬師リーナ。 襲撃に際し、私達は何もできなかった。 君が、君だけが行動を起こし、ウーノル殿下の御命を救ったのだ。 これだけは確かだ。 確かなのだ。 しかし、貴族共と、教会の者がその献身を……」



 はて? 何を仰っているのかしら?



「ミレニアム。 ここからは、僕が言うよ。 君の悔しい気持ちは、とても良く判るし、ドワイアル大公閣下からも、叱責をうけたのだろ。 リーナを助けよと云う指示は、彼女の安全も含まれているからね。 それを、みすみす、肉の壁にしたようなものだ。 それは、勿論、僕にも当てはまる。 父から、暗殺者の襲撃についての可能性は、聞かされていた。 ドワイアル大公閣下配下の「影」の緊急報だったとね。 王宮、執政府はそれを、軽く見積もっていた。 いや、無視したといっても過言ではない。 リーナ君の案で、ウーノル殿下の警護は、十分だと僕も父に云ってしまっていたのだからね…… 後悔している」




 ミレニアム様に対して、ぼそぼそと、そんな事を云っているノリステン子爵は、今度は私の方近寄り、ベッドの側に跪いて、私の手を取らんばかりに、真剣な目で言葉を紡ぎ始めたの。




「リーナ。 襲撃に関して、君が行った事に感謝する。 ウーノル殿下の御命が助かったのは、紛れもなく君のお陰なのだ。 あの場に居合わせた私達はもとより、殿下も、殿下の護衛を任されていた近衛騎士も、その認識に違いはない。 無いのだが……」




 眉を寄せ、沈痛な面持ちで言葉を途切れさせる。 何となくわかった。 護衛の任に当たっていたのが、王宮薬師院在籍の薬師とは言え、庶民階層出身の薬師とは、言えないんだろうな。 ここは、もっと…… そう、高貴な御方がその任を全うしたっていう方が通りもいいし、王宮、ひいては国民の皆さま向けにはもってこい。

 さらに、あの場に居て、直接対峙した私のパートナーはと云うと…… マクシミリアン殿下だもんね。 後ろ盾の薄い彼が、もし栄誉を与えられたなら、貴族の後ろ盾と同じくらい価値のある、民衆からの賛辞を受ける事が出来るものね。 

 たぶん、そういう事。 途切れた、ノリステン子爵の言葉を、私が繋ぐの。 予想通りなら、頷いてくれるかもね。




「……栄誉は、マクシミリアン殿下にですか? あの場で対峙したのは、わたくしでは無く、マクシミリアン殿下と云う事にされると。 ……良いではありませんか。 その方が、何かと。 マクシミリアン殿下の御立場であれば、ウーノル殿下をお助けしても、然るべきもの。 その身を犠牲に、ウーノル殿下をお守りしたという事であれば、宮廷もマクシミリアン殿下を軽く見る事は無くなるでしょう。 そして、マクシミリアン殿下は、ウーノル殿下の藩屏たるを得るのでしょ? 違いましょうか?」

「……宮廷の思惑と、世情の誘導を、理解しているのか君は……」




 項垂れたノリステン子爵は、小声でそう仰られる。 その様子に、私の予測は当たっていたという事ね。 そう、いいわよ、別に。 栄誉が欲しくて、護衛計画を立てたわけじゃないし、皆さんにも協力してもらっていたし…… 別に私一人がしたわけじゃないし。 そんなこと言ったら、ラムソンさんの栄誉はどうなるのよ、って話にもなるでしょ? 


 こう云うのは喧伝するようなモノじゃないもの。


 あっ! ラムソンさん!! お部屋で待っていてくれているんだった!! 三日も寝ちゃってたんでしょ? 心配してるよ…… きっと、気を揉んでいるはずよ。 どうしよう…… 誰か彼に連絡してくれたかな?




「あの、わたくしの同僚には……」

「リーナさん。 それは、わたくしの方から連絡いたしました。 今は、倉庫の方で、待つとのことでした」




 スコッテス女史が、とっても優し気な御顔で、応えて下さったの。 よかった。 女史はちゃんと判って下さっている。 獣人だと、偏見も無いみたい。 良かった。 ノリステン子爵が、私を伺うように見つめ、そして、口を開かれるの……




「リーナ君。 君には栄誉は与えられないんだ。 宮廷の思惑、貴族の考え…… ウーノル殿下も気にしてらっしゃる。 君はそれでいいと云う。 僕は、それが、心苦しいんだ」

「良いのです。 ウーノル殿下の無事が分っただけでも、満足しておりますわ」

「しかし……」

「薬師リーナは、「薬師」としての本分を全うしたまで。 庶民があの場に居た事さえ、糊塗した方が良いと思われます。 でも……」

「なんだろう、君が云うのならなんだってするが?」




 ノリステン子爵の眼がすぼまり、私を見詰めるの。 かなり警戒されているわ。 そうよね、栄誉を与えずにいるって、判ってらっしゃるし、私が驕慢な態度にでても、甘んじて受けなければ、彼の矜持が許さない。 でも、無茶な要求は飲むことも出来ない。 板挟みみたいなものなのよね。 判るわ。 でも、私のお願いは、そういった類のものじゃないのよ。




「二点ほど。 皆様にお渡しした魔道具はお返しください。 アレは、急場凌ぎで作ったもの。 それに、《魅惑》の符呪付きのラペルピンなど、危なくて持っていられませんでしょ? 二点目は、準男爵様にお詫びを申し上げたく存じます。 あれほどのドレスを、たった数刻で台無しにしてしまいました。 なんと、お詫び申し上げてよいか……」



 一瞬、ノリステン子爵の表情が呆けたのが判ったの。 彼にしてみれば、要求という程のモノではなかったってことよね。 でも、私にとっては、とても大切な事なのよ。 きちんと彼は応えて下さったの。



「一点目は…… 難しいが、何とかしよう。 フルーリー嬢、ベラルーシア様、ロマンスティカ様の御三人から、アレを取り戻すのには、骨が折れるでしょうからね。 ミレニアム、君も手伝ってくれるよね」

「あぁ、判っている」

「二点目は…… そのお気持ちを、準男爵にはお伝えしましょう。 ドレスに関しては、執政府の機密費にて買い取る事に致します。 ……父も文句は言わぬでしょうしね。 なにせ、相手は政商グランクラブ商会の会頭。 彼の離反は、執政府としても看過できませんから。 ……この場にフルーリー嬢も来たがって居りましたが、まだ、襲撃の検証も終わっておりませぬ故、この度はご遠慮して頂きました」




 へぇ、そうなんだ。 女史を除き、男性だけがこの場に居るって言うのは、そういう事なのね。 という事は、ここは…… まだ、王城外苑なのかな? こんな感じの場所、他に考えられないしね。 医務室って訳でも無さそうなのよ、ここ。




「あの、わたくしの服は?」

「今は、楽なナイトウエアと云う事で、侍女に申し付けて、着替えてもらいました。 リーナさんの服は、あちらのワードローブの入れてあります」

「スコッテス女史…… お気遣い誠にありがとうございます」

「……しばらくは、この王城外苑の一室にて養生しなさい。 貴女は「重要人物」なのです。 それに……」

「それに?」




 私がここに止め置かれる理由って事?




「まだ、貴女と遣り合ったモノの足取りがつかめておりません。 万が一と云う事がありますから。 そうでしょ、シーモア子爵」

「ええ、その通りですわね、メアリ。 リーナ、貴女の示した勇気と献身。 王国の誰もそれに栄誉を渡さないと言うけれど、私は貴女を高く評価します。 わたしの別の顔も、そう断じました。 アレと戦い、生き残るとは…… 屠られた者達の詳細を聞き、そう思ったの。 そして、また、懸念も生まれたのよ」

「何でしょうか、その懸念とは?」

「襲撃者が、リーナを狙う可能性が有るのよ。 面目を潰された一党は復讐を狙うわ」

「……そうなのですか。 わかりました、御指図に従います」

「ほっ…… よかった。 是非そうしてね。 確証が得られるまでだけど…… そう時間は掛からないと思うのよ」

「はい」




 ド変態シーモア子爵の別の顔? なんだっけ? 思えだせないよ。 でも……なんだか私、とっても重要人物扱いよね。 ちょっと不思議な感覚。 でも、忌み嫌われるよりもマシかな。 しばらくは…… そうね、しばらくはオトナシクしておかないとね。




 *********************************





 結局その部屋に、一週間、留め置かれたの。





 学園舞踏会は、第一学年の最終日だったから……

 今は二年生になっているのだけれど。

 私の立場は、あくまで、宮廷薬師院の薬師で、「礼法の時間」のお邪魔虫。

 どうなるのかなぁ……

 二度も、騒動を起こしちゃったしなぁ……

 まぁ、それで、辺境に帰れって言われたら、それでもいいよね。

 おばば様に一連の事を報告してから……

 懐かしの辺境に帰るって言うのも、




 悪くないわよね。



 お願いしたら……    



 ラムソンさん、一緒に来てくれるかしら?











しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,219pt お気に入り:3,763

あなたに本当の事が言えなくて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:809pt お気に入り:2,470

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,416pt お気に入り:24,900

ある日、近所の少年と異世界に飛ばされて保護者になりました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,384pt お気に入り:1,140

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。