その日の空は蒼かった

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従軍薬師リーナの軌跡

そして、ミストラーベ大公閣下との対決 (2)

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 おもむろに…… という訳では無いんだけれど、ミストラーベ大公閣下が口火を切られるの。




「「薬師」リーナ。 聴きたいのは、第十六中隊の予算についてだ。 彼等を指揮していた男達の契約が切られたと聞くが何をした?」

「はい、彼等は、外国籍の民間人であった事が確認されました。 また、なにやら、良からぬ企てをしていた形跡も御座います。 彼等が扱う魔方陣は、わたくしもまた扱えます。 よって、第四四師団に置いて、彼等の ” 指導 ” は、必要では無くなりました。 よって、第四軍の司令官により解職され、疑義により収監されております」

「そうか…… 彼の男たちに、何かしらの『疑義』が有ると云うのか」

「はい、第四軍の弱体化を狙う動きとか。 わたくしには判りかねますが、法務参謀殿がそう云われたので、そうでございましょう」

「そうか…… 貴殿は、『 奴隷紋 』を、扱えるのか? それで、第十六中隊は……」



 戦いの幕は切って落とされたわ。 ちょっとムカついたので、真剣な表情でお言葉を遮るの。




「ミストラーベ大公閣下。 お間違え無きようお願い申し上げます。 彼等は、第四四〇〇護衛中隊に御座います。 すでに発令されております故」

「……そ、そうか。 では、その第四四〇〇護衛中隊の奴隷共だが……」

「もう一つ、お間違えになっております事、申し上げます。 彼等は、今は無き大森林ジュノー、王国ジュバリアンから参られました、 ” 義勇兵 ” に御座いますれば、軽々しく「奴隷」などと呼称されるのは、非礼の極み。 どうか、『義勇兵』、もしくは、『獣人兵』 と、呼称される事をお願い申し上げます」




 グッと息が詰まったかのように、ミストラーベ大公閣下の言葉が止まる。 モノみたいに扱ってないわ、少なくとも第四四〇特務隊ではね。 さて…… 元々の第十六中隊に執行されている予算についてだったかしら?

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべらられた、ミストラーベ大公閣下。 上から押さえつけようとしたのが見え見えだったから、先制しておいたの。 なんとか、立て直そうとお口を開かれるの……




「第十六…… いや、第四四〇〇護衛中隊の予算は、第四四師団の所管となっておるのか? あれは……」



 ほら、あの人達に支払われている金穀は、きっとその雇い主であろう、聖堂教会に還流していた訳でしょ? きっと、聖堂教会の人に、どうなっているのか、問いただされたんじゃないのかしら? ミストラーベ大公閣下って、聖堂教会の人に弱いから…… だから、質問の前に応えてあげたの。




「有意義に予算は、執行させて頂いております。 護衛中隊には、特別の予算を下賜して頂き、誠にありがとうございます。 人族の兵とは違い、何かと物入りな部隊ですので、とても助かっております。 予算自体は、第四四〇〇護衛中隊の指揮官を兼任しております、わたくし、「薬師」リーナが執行しております。 主に、糧秣、被服、武器…… 獣人族の方々には、人族の物は使えませんから。 何分と初めての試みですので」

「……そうか…… いや、しかし…… 指導者に支払われるべき、俸給は……」

「俸給? おかしいですわね。 あの方々は、外国籍の民間人。 代金は、すでに義勇兵の方々がまだ、奴隷として、連れてこられた時に、支払われたはずなのでは? 俸給を支払う根拠が御座いません。 軍の籍に無い者である以上、俸給は支払われる事は無いのでは、ないでしょうか?」

「……たしかに、そうだな。 しかし、のは、たしか……」

「購入資金は、第四軍からだと、お聞きしております。 その為の特別予算を財務寮から支給されたと。 足りない、兵の代わりに、獣人族の方を入隊させ、その代わりと成す…… でしたかしら? 軍上層部よりの提案と、お伺いしておりますわ。 なんでも、試験部隊とか…… 軍では、初めての試みですので、色々と後手に回ったように御座いますが、わたくしは、王宮薬師院にて、獣人族の方との付き合い方、そして、契約の方法等、学んでおります。 幸運にも……、その知識が役立ちました」




 睨みつけるような視線を私に向けるの…… 嫌だわ、その視線。 




「奴隷として、” 買い付けた筈 ” の、獣人兵が、いつの間に、” 義勇兵 ” と、なったのだ? それの根拠は、何処に有るのだ?」




 切り口を変えて来たのね。 予算の執行上、私の権限が第四軍で認められていると、理解できたからかしら。 それに、獣人さんを ” 買った ” は、あくまでも、第四軍の資金から。 責任を被せようとした事が、仇になったわね。 そっちの線は、つつけないからって…… それは、無いでしょう?




「彼の国の国民が、ファンダリア王国に ” 義勇兵 ” として、参加してくださったとしか、言えませんもの。 彼等は、” 人 ” であります。 だんじて、” モノ ” では、御座いません。 それは、おそれ多くもかしこくも、獅子王陛下の御宣下が、根拠となっております。 先々代国王陛下の御宣下は、今も連綿と受け継がれていると、軍では理解しておられます。 まして、第四軍の司令官様は、獅子王陛下より勅任された、” 宿将 ” 様の末裔にございます。 獅子王陛下の御宣下を特に大切にされておられるのですわ」

「…………そうか。 なるほどな。 獅子王陛下の宣下の元にか。 うむ…… そう云う事ならば、疑義は晴れた。 第四四〇特務隊 指揮官「薬師」リーナが言葉、納得した。 道理でな…… ベラルーシアが、危険視するのが、良く判る。 ……よく回る頭と、口だな。 おぬし、なにを企んでいる?」




 えっ、そこで、ベラルーシア様の事を? やっぱり……危険視されていたのかぁ…… そうじゃないかと思っていたわ。 だからこそ、この場で、ミストラーベ大公閣下に立てつく様な事をやってのけたんですけれどもね。 




「企む……ですか。 よく、お言葉の意味が分かりかねます。 わたくしは、精霊様に誓約を立てた身。 その誓約を履行する事が ” 企む ” に値するならば、そうなので御座いましょう。 そこに、損なわれる、命が有るのならば。 平穏と安寧を望む、精霊様に祈りを捧げる者が、害されようとしているのならば…… わたくしは、わたくしの全力を持って、事に当たると。 そう、申し上げます」

「……海道の賢女殿の、唯一の弟子か。 あの方も……そう仰っておられ、王城を出られたのであったな。 薫陶を受けたか?」

「賢女様の御指導、ご鞭撻は、わたくしの指針となっております故」

「そうか…… 王都に来たのは、賢女様の代理か?」

「古きお約束を反故にされてしまう所でしたわ。 国王陛下の側に仕える者によって。 わたくしの様な者が、賢女様の代理とは烏滸おこがましいですわ。 ただ、そうしなければ、賢女様があの安寧の地より連れ出され、命を削る事に成ったとだけは、申し上げます。 それを成そうとしたのは……」

「聖堂教会の枢機卿殿か? 例のポーションの錬成の為か?」

「賢女様に置かれましては、 ” 不完全なポーション ” と、仰っておいででしたわ。 まだまだ、研究の余地があり、現状では使用できないと」

「……そうか。 賢女様が、そう仰ったのか…… あ奴らめ、話が違うでは無いか!」




 なにが、話が違うよ。 例のポーションって、あの ” エリクサー ” のことでしょ? 一体、聖堂教会は、何て言ってたのよ。 死んだ人が蘇るようなお薬なんて…… この世界のことわりに反するわ。 死者の軍団なんて…… 御伽噺もいい所よ。 そんなもの作りたかったら、御伽噺に出てくる死霊術師ネクロマンサーにお願いすればいいのよ。


 本当にいるとすればね。


 そんな人、世界中探したって居やしないもの。 魂の輪廻を阻害するような魔法や、魔術は、存在しえないもの…… 御伽噺の英雄譚みたいなものね。 

 軍の法を盾に、ミストラーベ大公閣下の追及を撥ね退けたのは事実。 そして、一定の理解は得られたわ。 もう、お金を返せって云われないかも…… 言うかな? ちょっと、判らない。 でも、鉾は収めてくれたと思うのよ。




「「薬師」リーナ。 わざわざ済まなかったな。 疑義を正すのも、財務寮の仕事だ。 予算が適切に使われているかどうかも…… 知るべき事なのだ。 気を悪くしないで欲しい」

「ご心配なく。 財務大臣たる、ミストラーベ大公閣下の職責の一つと、愚考いたします。 王国の藩屏たる大公家の重責は、理解しているつもりに御座います故」




 あちらが、一定の理解を示して下さったらのなら、私もね。 あくまで、” 一定の ” だけど。 ミストラーベ大公閣下って…… 結構、周りの意見に引き摺られ易いのかしら? 国庫の番人としての矜持は高い筈。 でも、人の思惑に乗せられやすいと思うの。 


 聖堂教会に、これほど食い込まれているのがその証左ね。


 細かい所は良く気が付くのに、大筋を外してしまう…… ダクレール男爵領で知った、生真面目な官僚さんの特徴よね。 何となく、為人が判った様な気がしたの。




「ご質問は以上でしょうか?」

「あぁ、そうだ。 これ以上は、聴き質す事も、その必要も無いな。 良く部隊を運営し、もって、ファンダリア王国の安寧に寄与して欲しい」

「承知いたしました。 わたくしの出来る限り」

「うん、退出してよろしい」

「御前、失礼いたします」




 やっと、解放された。 扉を抜け、第四四師団の薬品備蓄庫へ戻るわ。 まだ、退勤の時間じゃないし、それに、獣人さん達の事も、気になるしね。 緊張してたのね、私……




 掌に、くっきりと、爪の跡がついているもの。

 握り込んだ拳の内側で、爪が食い込んだのね。

 痺れるような、そんな気持ちがずっと続いているもの。

 でもね、これで、やっと獣人さん達が、奴隷と云う柵から、『解放』されたって事になるもの。

 その点だけは、しっかりと遣り抜いたわ。 

 予算だって、削られなかったもの。





 やり切った…… 





 そう、思えたの。





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