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広がる世界、狭まる選択
ギフリント城塞の休日
しおりを挟む護衛隊の皆が、森に『里帰り』に向かってから、一週間目の事だったわ……
王都からの慰問の一団が、補給物資と一緒にギフリント城塞にやって来たの。
とても賑やかなのよ。 華やいだ雰囲気の女の人達…… アレって……舞踊団? それとも歌劇団の人達かしら? それに、本領からのお手紙を含む、沢山の慰問物資。
何時もの糧秣じゃなくて、食料とか、お酒とか、甘いモノもね。
三月に一回のお楽しみなのよ。 この東の果ての国境の城塞に置いて、将兵の皆さんが心待ちにしているモノなの。 新兵さん達が上官さんから手渡される、故郷の便り。 辛い前線勤務に堪えている方々の癒し。 幼馴染が、恋人が、奥さんが、婚約者さんが、心を込めて綴ったお手紙。
何よりも大切なモノよね。
兵士の皆さん達の顔が輝いているの。 古強者であっても、それは変わらないわ。 ご家族に恵まれてない方々も、そんな仲間の心浮き立つような表情を見てなごんでらっしゃるもの。 長く軍に奉職して、いつも厳めしい顔つきの中隊長さん達や、大隊長さんも、この時ばかりは柔和な笑顔を浮かべてらっしゃるの。
それに、慰問団の人達。
大天幕が幾つも立って、歌劇や演劇、流行歌の数々なんかも披露されているわ。 女の人達がね。 甘い声が幾つも重なって聞こえるのよ。 新兵さん達が上官さんに連れられて行くのは、この城塞には無い臨時の酒場。
ここ、ギフリント城塞に配属されている部隊の半数が、二日間、休暇になるの。
張られた大天幕の間の道を歩く、女給さんの姿も見えるわ。 結構、あられもない ” お仕着せ ” を、召してらっしゃるのよ。 ほら、脹脛がスカートから出てるような、デコルテが大きく開いたりもするのよ。 大天幕が立ち並ぶ道を、上官さんに連れられた新兵さんが真っ赤に成っているのが、ちょっとおもしろかったわ。
そんな中、私は、やっぱり城塞内の治癒室に居るのよ。 窓から見えるそんな風景をニコニコしながら、みてたの。 ちょっと緩んだ空気。 張り詰めた日常の中の非日常。 お隣の国と暗闘してなければ…… なんて、ちょっと考えてしまう。
頬杖をついて、窓の外の和やかな風景を眺めていたの。
―――― まるで祝祭日よ。
ギフリント城塞に配属されている部隊の半分しか休暇を与えられていない筈なのに、全部隊がお休みしているみたいね…… でも、こうやって楽しんでいる人達の影で、今も戦線に出張って、頑張っている居る人たちが居るのも事実なの。
定期哨戒任務とか、山賊狩りとか…… 山賊狩りに見せかけた、マグノリアから浸透してくる、密輸業者の摘発やら、間諜の排除やら…… その任務は多岐に渡っているわ。
日々、すり減らされて行く彼等。
そんな彼等に、” 一時の憩いを ” と、本領から送られてくる、この慰問の一団。 使う様な場所が無いから、貯め込むだけ貯め込まている、兵隊さん達のお給料…… それを狙って、こんな危ない国境の城塞まで来る、慰問団の人達。
ダクレール領における、例の一件から、歌劇団とか演劇団に対する監察も厳しくなっているし、その上、こんな前線への慰問だから、彼等に対しての審査は、相当に厳格化されている筈なのよね。 そんな審査を潜り抜けて、この城塞に来た人達は、外国の勢力の方々とか、不穏な事を成す人たちは、排除されている筈なのよ。 本当に、商魂たくましいと云うかなんというか……
命を糧に、戦っているのは、なにも兵隊さんだけじゃ無かったって事なのかも。
でも、私はそんな慰問団の人達は嫌いじゃない。 目的はお金儲けかもしれないけれど、その行動は、このギフリント城塞に集う兵隊さん達に安寧と平穏を運んでくれたんだもの。
精霊様のご意志にも叶うと、そう思うのよ。
笑い声が響く城塞の敷地内。
そんな声を聴きながら、私は祈りを精霊様に捧げるの。
” 彼等に…… この暴虐に一番近い場所に安寧を運んでくれた方々に、精霊様の御加護を伏し願い奉ります。 ”
^^^^^
背後から、声が掛かるの。 そう、やっと帰って来たのよ。 遅いよ…… ホントにもう……
「リーナ様も、お出かけに成りますか?」
「……遅いよ。 心配したのよ?」
「これは、申し訳御座いません。 事後処理に少々時間が掛かりまして、御立腹でしょうか?」
「違うわ。 無事に戻ってきてくれた事を、精霊様に感謝しているの。 ―――何処も怪我してない?」
「勿論に御座います。 怪我は ” 許可 ” されていませんので。 時間が掛かっても安全を第一にと、思召しと?」
「……ううう。 そ、そうね。 安全が第一よね。 でも、心配してたのは本当よ? 第一、何の便りもくれないんだもの」
「影働きとは、そういうモノです。 ……リーナ様、只今戻りました」
「お帰りなさい、シルフィー。 成すべき事は成せたの?」
やっと、お帰りなさいを云えたわ。 こうやって軽口を叩けるなら、大丈夫そうね。 無茶ばかりなんだから。 でも、それも、私のお願いだしね…… シルフィーお願いだから無茶しないでね。 私の問いかけに、何気なく応えてくれるシルフィー。 すこし、眼を細めながら、言葉を紡ぎ出さしてくれる。
「はい、細々とした事後処理では御座いますが、リーナ様の安全は確保出来たと思われます」
「ありがとう。 ……そうそう、第四四〇〇護衛隊の人達には、恩賜の休暇が与えられたわ。 私がこのギフリント城塞に留め置かれている間に、ちょっとした里帰り的な感じなの」
「存じております。 アイツ等も喜んでいることでしょう。 特に穴熊族の連中は」
「そうだといいんだけれど……」
「間違いありませんね。 今は…… ラムソン一人が護衛を?」
「ええ、そうなの。 ラムソンさんにも、休暇が与えられたんだけれど、あの人…… 私の側が一番休めるって…… どう云う事かしら?」
「目を離すと、何をするか判らず、気持ちが落ち着かないと云う事では? アイツらしいですね」
「もぅ…… それじゃぁ私が、一番悪いみたいじゃ無いの」
なんで…… ラムソンさん頷いているのよ。 シルフィーも真面目な顔でそんな事云うのは、ちょっと心外だな。 さらに追い打ちをかけてくるのよ……
「事実ですから。 私も同じです。 本当に危なっかしくて、見ていないとどうなる事か……」
「むぅ………… で、でも……」
なにか、反撃しないと!
でも…… 言葉が出ないよ……
そんな私をしっかりと見詰めながら、シルフィーは言葉を繋ぐのよ。
ちょっと、予想していなかった言葉をね。
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