その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師リーナ 西へ……

メタモルフォーゼの謎への挑戦

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「シルフィー。 見える?」

「はい。 見えております。 黒い靄が身体に巻き付いておりますね。 ……何でしょうか?」

「見覚えないかしら? 『穢れし森』で見た筈よ?」

「! あ、アレが…… 「異界の魔力」…… なのですか?」

「かなり濃いのよ。 だから、ああやって、靄の様に人の眼に映るの」



 その魔獣は、トボトボと歩いていたわ。 寄る辺なく、彷徨い歩く亡者の様に。 精気なんてものは、何処を見ても存在していない。 本能のまま…… 目的も無く…… ただ、ゆっくりと、前方に紅く輝く瞳を向けて。 口蓋から、鋭い牙が飛び出している。 頭は低く、太い前足と、盛り上がった後ろ脚。 

 四足歩行で、剛毛に覆われ、前傾姿勢で歩むその姿は……


   ――― 魔猪

 結構大きな魔力器官を持っていて、時には拳大の魔石をその器官に生成する魔獣なのよ。 性格は好戦的という訳では無いわ。 ただ、突進力は騎馬突撃に引けを取らない程、強力なモノなの。 下手に刺激したり、一撃で仕留められなかったら、とても厄介な事に成る平地の嫌われ者。


「リーナ。 どうされる御積りか? あの魔獣…… 普通の魔猪とは纏う雰囲気が違いすぎる」

「ナジールさん。 貴方の見立ては正確です。 あの ” 魔猪 ” は、すでにこの世界の理に属しては下りません。 異界の魔力に蝕まれ、【身体大変容メタモルフォーゼ】を引き起こしているようです。 大きな魔力器官が災いしたのでしょう」

「それで…… 対処方法は?」

「いかな護衛隊の皆様でも、力負けするでしょうし、万が一『毒』を体内生成していれば、大変な事に成ります。 まずは、定石通り罠を張ります。 たとえ、【身体大変容メタモルフォーゼ】していても、生来の本能はそう大きく変わる事はない筈です」

「ならば、足を止め、牙を無効化する為に、網で取り押さえ…… ですか」

「はい。 抜刀を命じたのは、あちらが早々に気が付く可能性を考慮したため。 観察するに、探知能力は増大している感じはしません。 調べねばならぬ事もあります。 出来れば生け捕りに」

「承知」


 起伏の豊かなこの場所で良かった。 ラムソンさんが馬車を止めてくれた場所も風下だった事も幸運だった。 魔猪は視覚はそれ程でもないけれど、嗅覚は相当なものだもの。 馬車に半分残してくればよかった。 でも、長いあいだ馬車に揺られていたんですもの、すこしは身体も動かしたいわよね…… 

 すでに、ナジールさんは罠の準備に入っている。

 プーイさんと、ウーカルさんは、網の準備に余念がない。 その間、なにか異変が起こらないか調べる為に、私とラムソンさん、そして、シルフィーは、魔猪の様子を遠くから伺っているの。


「まだ…… 目的地とは距離もあります。 こんな場所にまで、あんなモノが出没しているのですね。 事態はかなり切迫していると、判断して間違いないのですね」

「そうね、シルフィー。 まだ、魔猪で良かったのかも。 これが、オーガや、オークだったらと思うと、ゾッとするわね」

「確かに、高位種の魔物が【身体大変容メタモルフォーゼ】するとなると…… 相当に厄介な事に成るやもしれませんね」

「だから、ここで、しっかりと調べておかなくてはいけないの。 この先、私達が受けられる支援なんて、限られているモノ。 対処できるうちに、対処方法や異界の魔力に汚染され【身体大変容メタモルフォーゼ】したモノについて、よく観察しておかなくては…… 困ると思うの」

「確かに…… そうですね。 故に、生け捕り……ですか」

「魔法を使うとしても、何を組み合わせるのか。 そして、何が効くのか。 北方で戦っている方々に聞いても、教えて貰えないか、ご存知ないか…… でしょ?」

「あぁ、確かに。 まぁ、力業でどうにかしようとするでしょうしね。 聖堂教会の聖堂騎士団は、どうやらソデイムとゴメイラに籠城して動いていないらしいので、あちら側からの対処方法など…… 有るとは思えませんし……」

「案外…… なにか、隠し玉が有るのかも? 出なきゃ、周囲を汚染に取り囲まれた様な場所で籠城なんてしないでしょ?」

「それも…… 判らない処なのですよ」


 シルフィーは、顎に手を当てて、私を見詰めるの。 王都ファンダルから出る前に、彼女相当調べものをしていたのよ。 それこそ、苦手なティカ様に頭まで下げてね。 持ち前の能力を最大限に生かして、影に潜み聖堂教会聖堂騎士団の詰所にまで忍び込んだりして……

 ほんと、危険な真似は止めてよね。 後で報告を聞いた時に、思わず叱ってしまったわ。

 それだけやっても、結局のところ聖堂騎士達は大きな動きもせず、ソデイムとゴメイラに籠城して、金穀を消費し続ける穀潰し状態になっているって事だけしかわからなかったのよ。 

 裏側の理由が…… 彼女にとっては謎に成っているの。 ソデイムとゴメイラは、現在判明している現状は…… 周囲を汚染が蝕み、退路の確保もままならない場所に成りつつあるの。さらに、周囲に大型の魔獣が多数出没し始めていてね。 報告書やら観測結果とか…… 王宮魔導院の手の者達から寄せられるそういったモノから、その魔獣は既に【身体大変容メタモルフォーゼ】していると考えてもいいのよ。

 重結界を何重にも張り巡らせている、ソデイムとゴメイラの城塞は堅固だけど、相手の力は未知数なのよ。 そんな危険な場所にあの怠惰な聖堂騎士団の騎士達が籠城しているのよ。 いつ逃げ出そうとしても、私は不思議とは思わない。 名ばかり騎士が常駐するには、過酷すぎるんだもの。

 なにか…… そう、聖堂教会…… いえ、デギンズ枢機卿が何かの隠し玉を持っているとしか思えないのよ。


「リーナ。 罠の準備は終わった。 プーイ達の方も、もう終わるが…… 如何する?」

「ナジールさん。 護衛隊を二手に分けます。 右と左。 罠に向かって走り込んで来るように、突撃路を形成してください」

「相判った。 それで、リーナはどうするつもりか?」

「指揮官はわたくし。 当然、先頭に立ちますわよ?」

「そ、それはいけない。 万が一が有っては成らぬ。 下がられよ」


 ナジールさん、何を仰るのよ。 私は、第四〇〇特務隊の指揮官よ? それに、この北域への旅は、第四〇〇特務隊の任務でもあるの。 だったら、私が先頭に立つのは当たり前。 さぁ、そこをどいて。 シルフィーと、ラムソンさんは、やれやれって感じで私を見ているわ。

   なんでよ!!

 硬い表情のナジールさんを、後ろからつつくのはプーイさん。


「ナジール。 無駄だよ。 リーナは、一度決めたら動かないよ。 私らに出来る事をやろうじゃないか。 あんたは、あいつを追い込む ” 犬 ”  私らは取り押さえる ” 手 ” だよ」

「プーイ!! お前迄!!」

「ほうほら、行った行ったぁ! リーナ、しくじんなッ! シルフィー、ラムソン、わかってんなッ!」

「まったく……」「おうよ!!」
 

 プーイさんの豪快な言葉に、ナジールさんも渋々承諾してくれた。 フフフ…… 良い仲間ね。 さて…… 始めましょうか。 



身体大変容メタモルフォーゼ】の真実を知る為に。



 大捕り物の始まりよ。




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