ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 19th episode

4

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 それからゆったりと、二人で散歩をして、あの喫茶店でランチをして、やっぱり公園にも行って。
 1時間くらい外出をした。

 受付に挨拶をすると、まだ増山先生は戻っていなかった。
 二人で病室に戻り、話をしながら、環の描いたスケッチを見たりして過ごした。

「環。
 好きな食べ物、ある?」
「え?」
「今日は何が食べたい?帰りに買って帰ろう。俺、並の料理なら、出来るんだ」
「流星さん、ホント?」
「うん。家政婦、やれるくらいには」
「家政婦…」
「昔だけどね。環と出会った頃くらい。凄く食い物に、うるさいやつと住んでた。俺の保護者でさ」

 あいつはめっきり家事が出来なかった。日本に初めて来て、12歳の俺は何もわからないまま、住むことになったあの家の掃除から、日本の生活が始まった。

「新鮮だった。
 俺が育ったところは、多分そんな、何かを自分でやろうとか、そういう概念がなかった」
「そう…なんですか?」

 環が疑問を投げ掛けてくる。
 しかし俺にはこれしか出てこない。そもそも、わからないのだ。

「だって、日本に来たとき、まるっきり家事とか、生きていくことに必要なこと、わからなかったもん」
「日本じゃ…なかった?」
「多分。どこだろうなぁ…暑いところだった気がする。日本に来てすぐ、寒いし、水とか食事が合わなくて、ダウンしたから…東南かなぁ?」
「しらないの?」
「覚えていないんだ」

なんだか環は途端に悲しそうな顔をしてしまった。

そうかもしれない、普通なら。

「環、」

だからこそ。
 ちゃんと笑顔で、環の頬に触れる。仄かに温かくて、すべらかで。
 その俺の手を、環は自分の手で包んでくれた。その現象に、なんだか。

「流星さん」
「…ん、はい」

 一瞬反応に遅れてしまった。
 見ている事象がとても鮮やかで、心地よくて。
 不安そうな顔から環は、少しだけ微笑んで「得意な料理」と言った。

「ここに来て、たくさんの料理を、知りました。なので、」
「…わかった。
 嫌いなものは、ない?」

 首を横に振った。
喉の傷が気になる。

「得意料理は後でのお楽しみにしようか。今日は、うどんにしよう。
まずは、そんなものからにしよう」

 環が頷くのと同時に、病室がノックされ扉が開いた。

「あら」

 増山先生だった。
 俺たちを見てにっこり笑ったので、ふいに恥ずかしくなって俺は環から手を引っ込めた。

「すみません、楽しそうだったのに。
 青葉さん、」
「はい」
「あら、」

 はっきりと発音した環に、増山先生は驚いたような表情を見せる。
 確かに増山先生からしたら、大きな変化だろう。

「…たくさんお話をしたのね。
 一応、急ぎで書類を貰ってきました。壽美田さん、退院してOKです」
「案外あっさり…」
「まぁ、青葉さんと壽美田さんのことは、逐一、前の担当医も委員長に話していましたから。理事長にも伝わっていました。なので現状報告をして終了でした。カルテもまとめて提出したし。
 まぁ、異例パターンですけどね。ちょっと私がワガママを通してきた感じです」
「大丈夫なんですか、増山先生は」
「私?私は大丈夫です。
 医者ですから。患者さん第一。私の判断は退院がベストでした。
 じゃぁ青葉さん、しばらくは…火、木に問診と土曜日にリハビリで。何かあればすぐに何曜日でも対応します。
 良くなれば通院も減らしましょう」
「はい、」
「では、書類です。
 帰りに寄ってください」

 増山先生から、5枚くらいの書類を受け取ると、そのまま出て行ってしまった。

「取り敢えず、荷物、まとめといて?俺この書類書くから」

まぁ、大体こんなのは名前と印鑑だけだろうけど。

 「はい」と環は返事をし、ちゃっちゃと荷物をまとめ始めた。
 書類は退院の同意書やら、支払いやらのことが書いてあっただけだった。
 名前の欄、一瞬迷ったが、結局『壽美田流星』と書き、判を押す。
 荷物と言っても着替えくらいしかなかった。鞄ひとつに納まった。

 ついに、こんな日が来たんだと、空になった病室を見て思った。あぁそうか、あれから7年。こんなにも時が掛かった。

 気持ちは晴れやかだった。環も同じ気持ちなのか、黙って手を握ってきて。
 至極普通を努め、「帰ろうか」と言えば、環は頷くだけで。

 病室を出て受付に行けば、看護婦さんや増山先生が泣きながら「おめでとう」と言ってくれた。
 環は一人一人にハグして少しもらい泣きしながら挨拶をし、漸くこの精神科、病院をあとにする。

本当に環は、人を愛し、愛されていると感じた。
ひとつの大事件の末端を見た。長かった。

「お疲れ様、おめでとう」

 俺も改めて彼女に伝えた。
 その言葉がこんなにもじんわりとするだなんて、思いもしなかった。

 環はまだ少し涙が残る瞳で「ありがとう」と言ってくれた。
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