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薬指の約束

《6》

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『あなたのお嫁さんになる』

 そんな約束を交わしたときにできた、薬指の付け根を囲むようにできた痣。

 リコちゃんが言っていたとおり、結婚指輪みたい……。そう考えると、勝手に顔が熱くなる。

「彩寧」

 低く、少し艶のある声で名前を呼ばれて、ドクンと胸が鳴った。

「あのときの約束を果たしてもらう。約束どおり、おれの嫁になれ」

 目を細めて不敵に笑いながら、智颯が命令口調で言った。かと思うと、智颯がそのまま、わたしの左手に唇を近付けようとするから、十年前にいきなり噛みつかれたときのことを思い出して焦る。

「ちょっと待って。嫁になれって、あれは本気だったの?」

「本気に決まってる。おれはおまえと契約をして、約束どおりに願いごとを叶える手伝いをした」

 智颯がわたしの左手の薬指の痣を撫でる。くすぐったいようなその触り方に、心臓がドクンと鳴った。

「で、でも、お嫁さんになるって、つまり……、あなたと結婚するってことでしょ。そんなの無理だよ。わたし、まだ高校生だし……」

「問題ない」

「問題ありまくりだよ!」

 高校生になったばかりの娘が、正体の知れない男の子と結婚なんて……。そんなこと、パパとママが許すはずない。

「だいたい、あなたの年は? 高校生? 大学生? あなただって、まだ結婚して家族を養えるような年じゃないでしょ。それに、告白も交際期間なくいきなり結婚なんて……。順番がおかしいと思う」

「彩寧は、いろいろとおかしなことを言うな」

 口元に手をあてた智颯が、クスリと笑う。たったそれだけの仕草に、なぜかドキッとしてしまう。

「おれは社が移動してきてからはずっとここに住んでいる。おまえたちのように学校にも行かない。年は……、数えたこともないからよくわからないが、おれが嫁を娶るのに、年齢は関係ないぞ」

 智颯が軽く首を横に傾げながら、真顔でそんなことを言う。

 智颯の顔は嘘をついているようには見えないけれど、言っていることはいろいろおかしい。

「さっきから変なことばかり言ってるのは、そっちでしょ」

 いや。考えてみれば、この人は十年前に初めて出会ったときから変だった。出会い方も、容姿も、立ち去り方も。

 もし智颯がこの神社の子なら、ここに住んでいるというのはわかるけど、年を数えたことがないなんてさすがにウソに決まっている。それに、十年前におばあちゃんの家の近くで出会った智颯が、突然、わたしの家の近くの神社に風のように現れたことだっておかしい。

 智颯のことを疑いの目でジッと見ていると、右肘にひっかけていたカバンの中でスマホが鳴った。

「あ、ママだ!」

 わたしが、なかなかおつかいから帰らないから、怒っているのかもしれない。

「ちょっとごめん、電話に出るね」

「でんわ……」

 スマホを耳にあてるわたしのことを、智颯が物珍しそうに見てくる。智颯の綺麗な青紫の瞳に見つめられると、電話に出るだけなのに、少し緊張した。

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