上 下
6 / 113
1.魔法契約編

5-1.初めての魔法練習編1

しおりを挟む


「あれ、ここどこ」

 目が覚めると昨日の白い檻の中ではなく、全然知らない場所にいた。
 魔法実験室や拷問部屋ではなさそうなので、警戒はしなくて良さそうだけれど。

(内装は変わってないから、公爵邸の中ではある。でも部屋移動なんてしてない)

 大きな窓から陽光が降り注いでいて、柔らかな温かみを感じさせる。
 そして考えこもうと頭を俯かせた瞬間、間近から声が掛けられた。

「起きたんですね、おはようございます!」
「っひ」

 部屋に響いた明るい声に反して、俺の心臓は縮み上がる。
 慌てて顔を上げれば、寝台の淵に腰掛けた美形の特級魔法使いがいた。

「まさかとは思うけど、ずっと俺が寝てるの見てたの? もしかして朝まで?」
「えぇ。最初は生きてるか心配だったんですけど、寝顔が愛らしくて」

 冗談めいた言葉と共に、魔法使いは整った顔立ちを甘く蕩けさせている。
 一見好意的に見えるが、その正体が見下しから来ることを俺は理解していた。

「ワタクシの部屋の方が寝心地もいいでしょうから、移動させてしまいました」
(実際にやられると怖いな、これ。でも俺、人間扱いされてないからなぁ)

 特級魔法使いから見た魔力なしなど、良くて愛玩動物扱いだ。
 実験動物に比べたら相当マシだが、その差だって安心材料にはならない。

 けれど力のない俺が生き残るなら、媚びるのが一番楽で現実的な手段ではあった。

(尊厳なんか捨てて、飼われた方がいいのかな。提示された待遇は悪くないし)

 公爵邸を出たところで逃げ場はないし、俺を愛でる人にすり寄れば保護はされる。
 現に機嫌など窺う必要はないのに、彼は沈黙した俺を不安げに見つめていた。

「嫌、でしたか?」
「好きにしていいよ、俺は泊らせてもらってるんだし。でも暇じゃなかった?」

 これは媚びというよりも、単純な疑問だった。
 怯えてる姿を眺めるならともかく、寝姿で一夜を過ごすのは退屈だろう。
 けれど魔法使いは笑みを深くすると、手元にあった分厚い書物を差し出してくる。

「本も読んでましたから、退屈ではありませんでしたよ。あなたも興味があるなら、好きに読んでください」
「上の方の本は、魔法で取ってるの?」

 俺が部屋を見上げると、壁に並んだ書架が天井まで伸びているのが分かる。
 天井も三階吹き抜け程度の高さがあり、上部の本は取れそうには見えないけれど。

「えぇ。どこにあっても魔法で呼び寄せられるんで、置き場所は気にしてません」
(なるほど。魔法が使えるから、背丈なんて関係ないんだ)

 生活様式の違いを見ると、改めて魔法のある世界にいるのだと認識させられる。
 残念ながら魔法に対する純粋な憧れは、もう失ってしまっていたけれど。



 魔法の足枷は公爵邸の中でなら、行動を制限することはないらしい。
 部屋から出ることに許可はいらず、食事も好きに摂るよう伝えられる。

「スヴィーレネスは、もう食べ物はいらないの?」
「生きる為には不要ですね。あぁでも、後でアナタから頂くことになるでしょう」

 落ち着かなさから焼き菓子を齧っていた俺の口が、ぴたりと止まる。
 覚悟していたことだけど、やっぱり魔法使いとの交流に代償は必要だった。

「そ、そんな険しい顔しないで。直接取って食うわけじゃありませんから」
(信用できない。でも俺から取れる魔力なんて、ないと思うんだけどな)

 であれば一般的な魔法使いと同じで、魔力なしの苦しみを糧にするのだろうか。
 支配欲を本能に持つ彼らは、当たり前に他者を蹂躙する。

「で、では魔法の授業もしましょう! 本日は紅茶を作っていただきます!」
(え、本当に教えてくれる気あったんだ)

 涙目の俺を宥めながら、スヴィーレネスが慌てて魔法で杯を引き寄せる。
 そしてその中に、自身の魔力を一口分だけ注いでいった。

「ではオルディール、魔力を少しだけ渡すので使ってください」
「魔力を補給するんだね、分かった。……っ」

 淡く輝く気体を飲み込むと、体内に特級魔法使いの魔力が巡っていく。
 けれど無理に押し広げられるような感覚がして、体が痙攣した。

(他人の魔力だから、抵抗感がある。でも我慢しないと)

 舐めるように少しづつ、異物感のある魔力を取り込んでいく。
 体内に全てを押し込めた時には呼吸が乱れていたけど、飲み干せたなら構わない。
 濡れた目尻を強引に拭って、俺はスヴィーレネスに向き直った。

「けど、作るってどこから? 種から茶葉にするとか言わないよね」
「それはもっと先の話ですよ。今日は杯に葉袋とお湯、蜜を入れて混ぜるだけです」

 強がりで言った冗談は、全く否定されなかった。
 特級魔法使いなら可能かもしれないが、俺は後者すら終えられるか怪しいのに。

(手でやるなら簡単、だけど)

 それでも初めて行使できる魔法に、期待がないわけじゃなかった。
 借り物の魔力だけど、今まではそれすら与えられなかったから。

「まずは薬缶に水を入れて、火にかけてください。魔法なら手段は問いません」

 講師役のスヴィーレネスが、生徒である俺に細かい指示をしていく。
 まずは水を調達して、魔法で移動させるのがいいらしい。

「この近くに、井戸とかってある? この家、蛇口が見当たらなかったんだけど」
「庭に泉なら。ワタクシは魔法で水が生成できるので、必要なかったんですよね」

 ここでも生活様式の差が浮き彫りになった、魔法使いは生活に道具を使わない。
 昨日から公爵邸に物や部屋が増え始めているが、全ては俺の為に用意されていた。

「じゃあ、そこから魔法で運んでくる。それでもいい?」
「構いませんよ。火種の作成は難しいので、ワタクシがやりましょう」

 なにかを発生させる魔法は、やはり移動よりも難易度が高いらしい。
 俺も成功する未来が見えなかったから、大人しく頷いた。

「やっぱり何もない場所から何かを作るのは、簡単にはいかないよね」
「方法は複数あります。妖精と契約して力を借りたり、対象の魔力を集めるとか」

 それは俺が魔法への憧れを捨てれなかった時期に、侯爵邸の書庫で知った知識だ。
 結局は調べ切ったうえで、望みなどないと叩きつけられただけだったけど。

「無機物から要素を抽出する方法もありますね、錬金術師や薬師のやり方ですが」
(そっか、そういう道もあるのか)

 魔法使いにばかり固執していて、この世界にも他の職業があることを忘れていた。
 格落ちだと見下されることもあるが、魔力なしはお世話になる機会も多い。

(まぁ錬金術師や薬師になるのだって、才能が必要なんだけどね)

 直接的な行使ではなく道具に付与するのであっても、魔力制御の技術は必要だ。
 純粋な魔法より難易度は低くても、全員に与えられた能力ではない。

(だからしばらくは、魔法使いになる勉強をしよう。それしかできないんだし)

 幸い講師は魔力なしに好意的な魔法使いという、最高の環境が与えられている。
 俺が期待に応えられるかは分からないが、機会を無下にすることもできなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:128

寂しい竜の懐かせ方

BL / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:582

街角のパン屋さん

SF / 完結 24h.ポイント:2,044pt お気に入り:2

尽くすことに疲れた結果

BL / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:3,016

アルファな彼とオメガな僕。

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:661

遅咲きの番は孤独な獅子の心を甘く溶かす

BL / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:1,313

処理中です...