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1.魔法契約編

16-4.魔力の首輪編4

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「やめっ、――ぅあ」

 首を振って拒絶しようとしても、構わず魔力を注がれる。
 異物が無理やり入ってくる感覚に、涙が滲んだ。

「あはは、弱い力で抵抗して可愛い。僕、お兄様のそういう無駄な足掻きが大好き」
(くそ、好き勝手言いやがって)

 苦し紛れにドミネロを睨むが、目を細めて受け入れられる。
 満足げに頬を擦り寄せられ、行為が過激になっていく。

「でもあんまり抵抗されるのは嫌だから、早く折れて。折れてってば、お兄様!」

 誰にも邪魔されない密室で、魔法使いの暴力性に晒される。
 襟首を掴んで揺さぶられ、注ぐ魔力の量を増やされる。

「あの人、最近調子悪いって聞いたよ。お薬飲んで、能力を抑えてるって」
(スヴィーレネスのことを嗅ぎまわってたなら、結構計画的だな)

 この口ぶりだと彼のことを調査して、前から機会を窺っていたのかもしれない。
 特級魔法使いに正攻法で挑むことはないから、賢いやり方ではある。

「変わった人だよね。お兄様を魔力で押し潰さないように調整してたみたいだけど、魔力なし相手にそんなことするなんて」
(確かに。あんな魔法使いがいるなんて、思いもしなかった)

 薬を使ってまで、自分の力を抑える魔法使いなど俺も聞いたことがない。
 魔法使いの抑制剤は、本来暴走した彼らを鎮圧する為に使われる。

「でもそうじゃないと、お兄様を誘拐できなかっ「そこまでですよ、ドミネロ」」

 不意に場を支配していた、ドミネロの魔力が塗り替えられる。
 強い魔力を浴びた弟は悲鳴を上げ、寝台の下に転がり落ちてしまった。

「スヴィーレネス様、なんでここが分かったの。薬で魔力感知できないはずじゃ」
「うちの薬師に、薬効を抜いてもらいました。しかし最初から、ちゃんと用法を守っていれば良かったですね」

 魔法で無理やり解錠された窓から、スヴィーレネスが入ってくる。
 俺の前に降り立つとドミネロが声を上げたが、それも一睨みで押さえつけられた。

「でなければオルディールを、危険な目に遭わせることもなかった」
「っあ」

 スヴィーレネスは乱れていた俺の服を直し、ふらついた体を支える。
 安心感に身を任せると、微かに彼が笑った気配がした。

「ここから去りなさい、ドミネロ。殺されたくなければ」
「うあ、い、嫌だ!」

 仄暗く微笑むスヴィーレネスは、穏やかに退出を促す。
 けれどドミネロが拒否すると、漂っていた魔力に圧が掛かった。

「《去りなさい》」
「っああ!」

 押し潰されるような魔力を向けられて、ドミネロは弾かれたように立ち上がる。
 そして彼は部屋を駆け出し、やがて足音も聞こえなくなった。

「オルディール、大丈夫でし」
「……? どうしたの、スヴィーレネス」

 ドミネロが消えたのを確認し、スヴィーレネスが俺に怪我がないか見ていく。
 けれど彷徨っていた視線は、首に辿り着いた瞬間に固定された。

「ドミネロに多量の魔力を注がれましたね、首に魔力痕が浮かんでいます」
「なに、それ」

 部屋に置かれていた姿見を見ると、首飾りをした自分と目が合った。
 それは物理的なものではなく、強い魔力の残骸だった。

「魔法使いが、魔力なしの所有を主張する時につける痕跡です」
(本当に嫌そうだ。じゃあ俺、もうスヴィーレネスのものじゃないのかな)

 優しかった指先が首を掴むように撫でて、締め上げているような錯覚を起こす。
 けれど少しでも力を入れられれば、それは現実の事象に変化する。

「オルディール「嫌だ、来ないで」」

 急所を握られていることに耐えられなくなった俺は、彼の指を振り払う。
 そして背を打つまで後ずさると、苛立ったような視線を向けられた。

「ドミネロに魔力を注がれて、情が湧きましたか。厄介ですね」
(違う、けどなにも聞きたくない。答えたくない)

 いつもと違って優しくないから、声を聞いただけで肌がひりつく。
 彼から感じる魔力も乱れていて、胸騒ぎが収まらない。

「誰が主人か、分からせないといけませんね。《来なさい、オルディール》」
「ひっ」

 命令魔法とはいえ、呼ばれただけなのに怖くて背筋が震える。
 今まで眠っていた恐怖心が、久方ぶりに目を覚ます。

(拒否魔法も怖くて使えない。やっぱ意味ないじゃん、あんな魔法持ってたって!)

 呪文を紡ごうとした口は震えて、どうしても声にならない。
 その間にスヴィーレネスは手を伸ばして、俺に容赦なく魔力を浴びせてきた。

「弟より、ワタクシの方がずっといいでしょう? 今も気持ち良さそうですし」
(さっきとは比べ物にならない、濃い魔力を注がれてる。なんにも、考えられない)

 怖気が混じった快楽が背筋を通り抜けて、部屋に甘ったるい声を響かせる。
 スヴィーレネスの魔力に包まれると、頭の奥が痺れて、全部どうでも良くなる。

「んっ、ふ、ぅ……♡ は、あ…………♡♡」

 考える余裕を奪うほど濃い魔力が注がれ、意識が混濁する。
 けれどその熱が首に集まり出した時、エンヴェレジオさんが飛び込んできた。

「スヴィーレネス、やめろ馬鹿野郎!」
「エンヴェレジオ、アナタもオルディールを奪おうとするのですか!?」

 俺との間に割り込むエンヴェレジオさんに、スヴィーレネスが声を荒げる。
 だが後から入って来たフィルトゥラムが俺の首を指し、事態を認識させた。

「違うよ、スヴィさん! オルちゃんの首を見て!」
「……ワタクシの、魔力痕」

 俺の首には、魔力で編まれた輪が何重にも刻まれていた。
 それはスヴィーレネスの魔力で作られ、気配が色濃く残っている。

「お前、ドミネロと同じことをしたぞ」

 エンヴェレジオさんが俺を背に庇い、スヴィーレネスをきつく睨んだ。
 正気を取り戻した彼の表情は後悔に染まり、最後には顔を手で覆ってしまった。
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