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連載
中庭の調査
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中庭を調査するにあたって護衛役としてハルクさんを呼んだ。
それはいいんだけど、待ち合わせ場所である中庭でハルクさんと会った途端にロゼさんの様子がおかしくなった。
「こ、ここっ、こんにちは『剣聖』様! お、お目にかかれて光栄です!」
「こんにちは、ロゼさん。一応いまは『剣神』と呼ばれているんだけど」
「そっ、それは失礼しました! 知らぬこととはいえご無礼を……!」
勢いよく頭を下げるロゼさんに、ハルクさんは優しげな口調で言う。
「今は調査のために正体を隠してもいる。気軽にハルク、と呼んでくれたら嬉しいな」
「で、ではハルク様と。今日はよろしくお願いします!」
「うん、よろしく」
「それで、その……できれば、サインをお願いしたいんですが……」
「……僕でよければ」
ノートとペンを渡され、さすがに苦笑いをするハルクさん。
そのやり取りを聞き、私は呆気にとられたままロゼさんを見た。
「ロゼさんって、ハルクさんのファンだったんですか?」
「もちろんです。『剣聖』さ――ハルク様は、この街の人間にとって憧れの的なんですよ!
五年前、街に押し寄せる飛竜をばったばったと斬り倒すその姿は、今も鮮明に思い出せます!
あの姿を見たら、誰でも『ああなりたい』と思うはずですよ……!」
「そ、そうですか」
目を輝かせてそんなことを言うロゼさん。
この街の人がハルクさんのことを尊敬しているのは知っていたけれど、ロゼさんも例外ではないようだ。
褒められっぱなしのハルクさんは、何とも言えない表情で言った。
「とりあえず、作業を始めようか。この庭を探索するんだっけ?」
「はい。何か手がかりがあるかもしれないと思って」
「仮面の剣士、か。まさか犯人が魔術師じゃなくて剣士だとは思わなかったよ」
ちなみに魔晶石で連絡した際、ハルクさんにも事情は説明済みだ。
「はい。しかも相当強いらしいですし、早く事件を解決しないとまた犠牲者が増えるかもしれません。……では、気配を探ります」
私は意識を集中する。
さっき副会長の傷を治したとき、呪いの雰囲気も覚えた。
死者の恨みの念を元にしている性質上、呪いには個性――固有のパターンがある。
その特徴を覚えておけば、同じ気配を探ることも可能だ。
この中庭に、副会長が受けたものと同じ呪いの気配は……あ、あった。
「これですね」
それは中庭の一角にある木だった。
「これがどうかしたのかい?」
「ここから副会長にかけられていたものと同じ呪いの気配がするんです。とても微弱ではあるんですが……」
とりあえずその木を調べてみる。
「……ここを見てくれるかい、セルビア」
ハルクさんの示す場所を見ると、幹にごく薄い線が走っているのがわかった。
ちょうど幹を水平に一周するような軌道だ。
「この薄い線、何なんでしょうか」
「多分だけど、剣で斬った痕だろうね」
「え? これがですか?」
見たところ、目の前にあるのは何の変哲もない木でしかない。
普通、幹を斬られたら木は倒れてしまうんじゃないだろうか。
「やってみせたほうが早いかな。セルビア、少し下がってて」
ハルクさんはそう言って剣を抜き、その手を霞ませる。私の目では追いきれないスピードで腕を振り抜いたのだ。
木の幹に、もともとあった線の少し上に同じような線が刻まれる。
どうやら剣でこの木を斬ったらしい。
けれど木は倒れていない。
「……えーっと、ハルクさん。つまりどういうことですか?」
「剣を高速で振り抜けば、切り離された部分は寸分たがわずもとの位置に載る。すると木は分断された組織をそのまま繋げて再生する。
そして、何事もなかったかのように生え続ける。
まるで『斬られたことに気付いていない』みたいにね」
……木が斬られたことに気付かない速度で剣を振るう?
「それ、普通の人にできます?」
「僕と同じくらいの技量があればね」
「なるほど。だいたいわかりました」
ハルクさん並み、というのは『人外レベルで強い』の同義語だ。
仮面の剣士に見つかったら即座に命乞いをしたほうがいいかもしれない。
それはいいんだけど、待ち合わせ場所である中庭でハルクさんと会った途端にロゼさんの様子がおかしくなった。
「こ、ここっ、こんにちは『剣聖』様! お、お目にかかれて光栄です!」
「こんにちは、ロゼさん。一応いまは『剣神』と呼ばれているんだけど」
「そっ、それは失礼しました! 知らぬこととはいえご無礼を……!」
勢いよく頭を下げるロゼさんに、ハルクさんは優しげな口調で言う。
「今は調査のために正体を隠してもいる。気軽にハルク、と呼んでくれたら嬉しいな」
「で、ではハルク様と。今日はよろしくお願いします!」
「うん、よろしく」
「それで、その……できれば、サインをお願いしたいんですが……」
「……僕でよければ」
ノートとペンを渡され、さすがに苦笑いをするハルクさん。
そのやり取りを聞き、私は呆気にとられたままロゼさんを見た。
「ロゼさんって、ハルクさんのファンだったんですか?」
「もちろんです。『剣聖』さ――ハルク様は、この街の人間にとって憧れの的なんですよ!
五年前、街に押し寄せる飛竜をばったばったと斬り倒すその姿は、今も鮮明に思い出せます!
あの姿を見たら、誰でも『ああなりたい』と思うはずですよ……!」
「そ、そうですか」
目を輝かせてそんなことを言うロゼさん。
この街の人がハルクさんのことを尊敬しているのは知っていたけれど、ロゼさんも例外ではないようだ。
褒められっぱなしのハルクさんは、何とも言えない表情で言った。
「とりあえず、作業を始めようか。この庭を探索するんだっけ?」
「はい。何か手がかりがあるかもしれないと思って」
「仮面の剣士、か。まさか犯人が魔術師じゃなくて剣士だとは思わなかったよ」
ちなみに魔晶石で連絡した際、ハルクさんにも事情は説明済みだ。
「はい。しかも相当強いらしいですし、早く事件を解決しないとまた犠牲者が増えるかもしれません。……では、気配を探ります」
私は意識を集中する。
さっき副会長の傷を治したとき、呪いの雰囲気も覚えた。
死者の恨みの念を元にしている性質上、呪いには個性――固有のパターンがある。
その特徴を覚えておけば、同じ気配を探ることも可能だ。
この中庭に、副会長が受けたものと同じ呪いの気配は……あ、あった。
「これですね」
それは中庭の一角にある木だった。
「これがどうかしたのかい?」
「ここから副会長にかけられていたものと同じ呪いの気配がするんです。とても微弱ではあるんですが……」
とりあえずその木を調べてみる。
「……ここを見てくれるかい、セルビア」
ハルクさんの示す場所を見ると、幹にごく薄い線が走っているのがわかった。
ちょうど幹を水平に一周するような軌道だ。
「この薄い線、何なんでしょうか」
「多分だけど、剣で斬った痕だろうね」
「え? これがですか?」
見たところ、目の前にあるのは何の変哲もない木でしかない。
普通、幹を斬られたら木は倒れてしまうんじゃないだろうか。
「やってみせたほうが早いかな。セルビア、少し下がってて」
ハルクさんはそう言って剣を抜き、その手を霞ませる。私の目では追いきれないスピードで腕を振り抜いたのだ。
木の幹に、もともとあった線の少し上に同じような線が刻まれる。
どうやら剣でこの木を斬ったらしい。
けれど木は倒れていない。
「……えーっと、ハルクさん。つまりどういうことですか?」
「剣を高速で振り抜けば、切り離された部分は寸分たがわずもとの位置に載る。すると木は分断された組織をそのまま繋げて再生する。
そして、何事もなかったかのように生え続ける。
まるで『斬られたことに気付いていない』みたいにね」
……木が斬られたことに気付かない速度で剣を振るう?
「それ、普通の人にできます?」
「僕と同じくらいの技量があればね」
「なるほど。だいたいわかりました」
ハルクさん並み、というのは『人外レベルで強い』の同義語だ。
仮面の剣士に見つかったら即座に命乞いをしたほうがいいかもしれない。
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