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騒動の翌日②
しおりを挟むというかそもそも精霊術でそんなことが可能なのだろうか。
シグにはわからない。
だが、クゥのほうは首を傾げて言った。
「うーん……心当たりがなくはないけど……」
「何か知ってんのか?」
「ほら、ギルシュがぼくを狙ってきたのって『大精霊だから』でしょ? ならやっぱり魔王関連かなあって」
時が止まった。
「……魔王ってあの魔王?」
エイレンシアが目を瞬かせながら訊き返す。
「うん。ほら、ぼくって精霊王の眷属だから。魔王にとってはやっぱり邪魔だろうし」
「あれってお伽噺じゃないの?」
「え? あれ? ……もしかしてシグからまだ聞いてない?」
「聞いてないわ」
クゥとエイレンシアが揃ってシグを見た。
シグは溜め息を吐いた。
幸いというべきか、食堂にいるのはこの三人だけだ。エイレンシアには昨日の一件で手を貸してもらった恩もある。
この際話すか、とシグはクゥの正体について説明を始めた。
「なるほどねー。やっぱりシグの精霊だったか」
話を聞き終えたエイレンシアは納得したように頷いた。
「どうりであたしに話すのを渋ったわけね。クゥ伝説の精霊なんでしょ? 精霊がそんなのに進化したって知ったらあんたの父親とか喜んで首輪着けに来そうだし」
「……わかってもらえて何よりだ」
この国では強い精霊使いは有事の際に国から招集されることがある。
もちろん軍属でない限り拒否することは可能だが、基本的にはどうしても従わざるを得ない状況に持っていかれる。
「ま、黙っといてやるわよ。感謝しなさい」
「ああ。感謝する」
素直に頭を下げておく。
「ごめんシグ、言うなって言われてたのに口が滑った……エレンならいいかなって……」
「別にいい。どのみちエレンにはそのうち言おうと思ってたしな」
反省しているらしいクゥにそう言っておく。
そのとき、食堂の中に誰かが入ってきた。
「お取込み中失礼いたします。お嬢様、そろそろ出発の時間です」
エイレンシアの付き人である初老の男性だ。
クゥがきょとんと首を傾げた。
「エレン。どこか行くのかい?」
「ギルシュの馬鹿が騒ぎを起こしたせいで実習が中止になったのよ。あいつを本格的に尋問する必要もあるし、あたしらはこの島を出ることになったの」
「まあそうなるだろうな」
生徒があんな不祥事を起こしたのに実習を続けるわけがない。
「それにしても急じゃねえか?」
「あれよ。あたしらを乗せてきた飛行船――なんて名前だっけあれ」
「ガレイン号でございます、お嬢様」
「そうそれ。そのなんとか号が整備終わって今日出発するらしいから、それに乗ることになったの。別の船呼ぶと時間かかるからって」
執事の補足を受けてエイレンシアはそう説明した。
クゥが沈んだ感じで眉根を寄せる。
「じゃあ、もう行ってしまうのかい?」
「なんであんたが寂しそうな顔すんのよ……あ、そうだシグ。確認するわよ」
「あん?」
まさか大精霊の話をするつもりじゃないだろうな執事がいるのに、とシグは危惧したが、エイレンシアの言葉は予想とは大いに違っていた。
「昨日、あんたはあたしに助けられたわね?」
一瞬、質問の意味がわからなかった。
ギルシュの一件でシグはエイレンシアに助けられたかどうか、ということだろうか。
「そりゃまあ、助けられたが」
まさか何か要求するつもりか。
「なら、これでチャラってことでいいわよね?」
「……はあ?」
「だから、その」
エイレンシアが何か言いよどんでいる。
その姿には既視感があった。昨日の夜、話があると呼び出された時に何か言いかけてやめた時だ。
エイレンシアは居心地悪そうに視線を逸らしながら、
「……カナエの一件のときに、あんたの擁護をしてあげられなかったから」
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