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辺境の守護神

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「ふむ、これでひとまず片付いたか」

 会場内の拍手が収まると、父が顎を撫でながらそう言った。立太子確実と見られた王子の廃嫡と姉への変更、そしてそれに続く婚約破棄と新たな求婚に、会場内の誰もが情況を消化しきれずにいただろう。先にわかっていた私でも情報量が多いと感じたのだから。

「場が収まったところ恐縮ですが、私もこの場をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 会場内が落ち着いたところで父の前に歩み出て声を上げたのは、ダールマイヤー公爵家のハンクだった。鮮やかな金色の髪はレイニーのそれよりも黄色味が強く、瞳はダールマイヤーの特徴でもある鮮やかな青みの強い緑色だった。中性的な顔立ちだが常に戦場に身を置いているせいか精悍に見えた。細身の身体だが鍛えられているのは明らかで、そんな彼の姿に令嬢どころか貴婦人たちも称賛の視線を送っていた。
 そんな彼は辺境を渡り歩いていて、滅多に王都に戻って来ることはない。しかも夜会などは苦手だと言って避けている筈の御仁の姿に、会場内の貴族たちも驚いていた。私も戦場でしか会ったことがないだけに、意外でしかなかった。

「ああ、ハンクか」
「はっ。陛下におかれましてはご機嫌麗しく……」
「ああ、よい。そなたには随分と世話になっておる。そのような堅苦しい挨拶は無用だ」
「ありがとうございます」

 ハンクはそう言って一礼した。爵位も継いでいない彼に父がこのような対応をするのには理由がある。彼は騎士団でも有数の功労者で、『辺境の守護神』と呼ばれている。作戦などを考える参謀長の地位にあり、立てる作戦は外れがないと言われるほどに成功率が高いのだ。彼のお陰で我が国が窮地を脱した回数は数えきれず、父だけでなく我が国の重鎮からも絶大な信頼を得ていた。
 父に一礼したハンクが踵を返すと、皆がその向かう先を無言で見守った。彼が何をしようとしているのか計りかねているのだろう。たった今求婚劇が続いただけに、彼もフォンゼルたちに続くのかと思ったのかもしれない。
 戦場で何度か背中を預けた相手だったが、彼がどこかの令嬢に思いを寄せているとか、想い合っているという話は聞いたことがなかった。戦場から離れない彼に思う相手がいるとは思えなかったのだが……

(…………)

 目の前の光景を私は訝しい思いで眺めた。既視感があるのは気のせいではないだろう。

「アリーセ様、初めてお会いした時からずっとお慕いしておりました」
(…………は?)

 恭しく私の前に跪いて見上げてくるハンクだったが、私は驚きのあまり何も言えなかった。

(……ど、どういうこと、だ?)

 初めて会った時からと言われても、あの時からずっと、私たちの間に恋愛要素が生じるようなことは何もなかったのだが……
 
 私たちが初めて会ったのは三年前、辺境の前線だ。初陣だった私は父の側近と共に隣国との小競り合いが続く前線に向かい、そこでハンクに会った。会ったが……あの時の私は騎士の姿だったし、初めての生々しい戦闘にショックを受け、恥ずかしながらかなりの失態を演じていた。そこに『お慕いする何とか』が生まれるとは思えないのだが……

「ダールマイヤー参謀長、あの、これは何の……」

 冗談だとその後に続けることは憚れた。彼がこんな場で冗談を言うような性格ではないと知るくらいの付き合いはあったからだ。ただ、それはせいぜい友人レベルに届くかという程度で、そこまで親しい交流があったわけではない。

「これまではギューデン王国の王子殿下がいらっしゃったため、名乗り出るつもりはございませんでした。ですが……彼の方はエーデルマン公爵令嬢をお望みになられました」
「そう、だな……」

 ローリングが王配候補になったのはフォンゼルの少し前だったし、フォンゼルの名が出てからは彼に憚って誰も名乗り出てこなかった。他国の王子を押しのけてまで辺境伯家に養子に入る私の婿に……と思う者がいなかったのは当然だろう。いや、その前に私が全く淑女らしくないから敬遠されたのもあるが……

「戦場で初めてお会いしてから、あなた様の気高く凛々しいお姿に心を奪われていりました」
「……」
「女王になられるあなた様に対して、私は爵位も持たない身です。ですが、私の持てる全てでお守りし、お支え致します。どうか私を求婚者の一人にお加え下さい」

 真剣な表情から、冗談ではないのは分かったけれど……

(…………こういう時、どうすればいいのだ?)

 私は初めての場面にすっかり動転して何も言えなかった。ハンクが私にそんな感情を持っているなど、微塵も思っていなかったからだ。真っすぐ向けられる視線に、私はその場に縫い留められたように動けなかった。



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