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三章
紫蛍石の主
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「きゃぁあ!」
私の持つ紫蛍石が伝説の聖女が持っていたものと同じだと言って、メアリー様が石に手を伸ばしたが、石に触れたところでメアリー様は悲鳴を上げて手を引っ込められてしまった。どうしたというのだろう…と不思議に思ったのは私だけではなかったらしい。ダウンズ男爵がメアリー様の元に慌てて駆け寄っていた。
「姉上、どうされた?」
「メアリー様?!」
「い、石が…熱くて…」
「熱い?」
メアリー様はその白い手を摩りながら、信じられないといった表情で私の紫蛍石を見つめていた。メアリー様に駆け寄ったダウンズ男爵はその手の様子を確認したが、石に触れたらしい部分が赤くなっているのが微かに見えた。
「な…どういう事だ!」
メアリー様の手の状況を確認したダウンズ男爵が、メアリー様に変わって紫蛍石に手を伸ばしてきた。
「うぐっ!」
男爵もメアリー様と同じく、石に触れた途端、慌てて手を引っ込めてしまった。驚いたせいか、私を拘束していた騎士の手が緩んだので、不思議に思って石を手にして様子を窺ったけれど…特に変わった様子はないように見えた。
「何故だ…そんなバカな…!」
「な…何故…アレクシア様は何ともないんですの?」
「馬鹿な…!あんなに熱いのに!」
一体何だというのだろう。別に熱くもないし、いつもと違う様子はなかった。だが、メアリー様もダウンズ男爵も触れた部分が赤くなっているらしく、私が石を手にしている様を驚きの表情を浮かべて見ていた。
「なるほど…真の主以外は拒むか…」
興味深そうに、静かにそう呟いたのはおじ様だった。
「残念だったな、ダウンズ男爵、メアリー嬢も。どうやらあの紫蛍石は持ち主を選ぶらしいぞ。もしやすると、セネットの血に反応するのかもな」
「血だと…」
「ああ、赤く光っているのはセネット家の家紋。どういう仕組みかは知らんが、セネットの血を引く者にのみ反応するようになっておるのかもな」
おじ様が感慨深げにそう仰ったが、私はまだ話が消化しきれずにいた。そんな器用な事が出来るのだろうか…
「もしかすると…伝説の聖女も、セネットの聖女だったのかもしれんな」
「ば、馬鹿な!そんな筈がない!王家の聖女が伝説の聖女だなどと!認めん!わしは認めんぞ!伝説の聖女はメアリー様だ!」
「いい加減にしろ、ダウンズ男爵。石に触れる事も出来なかったメアリー嬢が伝説の聖女であるものか」
「煩い!そ、そうだ…では、今の持ち主がいなくなれば…!」
「そうですね、ダウンズ男爵。アレクシア様がいなくなれば、石は姉の物になるでしょう」
ダウンズ男爵の言葉に、ハロルド様が呼応した。まさかそんな風に言ってくるとは思わず、私は石の存在を知られた事を悔やんだ。でも、私が死んでもこの石がメアリー様を受け入れるとは思えなかった。それに…
「メアリー様がこの石の所有者になる事はありませんわ」
「何だと…」
「王家からこの石を賜った時、石の説明書きにはこの石は持ち主の願いに添うとありました。私はこの石がメアリー様に渡るのを拒否します。ですから、石はメアリー様を受け入れませんわ」
「…それは…やってみなければわかるまい」
「神殿の石は持ち主など決まっていなかったわ。だったら…」
確かに神殿はそうなのだろう。だが、私はこの石をメアリー様に渡す気はなかった。この石を渡してしまえば、この地は今よりも悪い状態になるとしか思えなかったからだ。それでは、この地の平和を願うラリー様の願いにも、人々を癒したという私の祖先の想いに反する様な気がした。
「ふふっ、やってみなきゃわかりませんわ。さぁ、死んでくださいな、アレクシア様」
「おい、今すぐこの女を殺せ!」
「よさぬか、ダウンズ男爵!シアは侯爵家当主で準王族の扱いだ。傷一つでも付けて見ろ、それだけで不敬罪だぞ!」
「ふん、今更王家など恐れませんよ。ギルバート様はそこで大人しく見ていてください。おい、しっかり捕まえておけよ」
優艶に微笑んだメアリー様と、勝ち誇った表情のハロルド様がそう言うと、側にいた完全武装の騎士が私を取り囲み、あっという間に両腕を掴まれてしまった。マズいと思うが、騎士相手ではどうしようもない。
ただ…不思議と身体が恐怖で震える事はなかった。根拠はないけれど、大丈夫なような気がしたのだ。目の前に剣を手にした騎士が立ったが、私はその姿を視界に入れながらも、石が私の願いを叶えてくれることを強く願った。
「さぁ、早く片付けてくださいまし」
「…そうだな…さっさと片付けるか」
再度騎士を促したメアリー様の声に呼応するように、目の前の騎士はうんざりしたように小さく呟いたが、それを耳にした私は思わずその騎士を見上げた。騎士は頭まですっぽり兜を被っていたから顔は見えなかったが、その声に聞き覚えがあったからだ。
「騎士たちに命じる!こいつらを片付けろ!」
「はっ!」
大広間に響いた冷たい硬質の声に、その場にいた騎士たちが即答した。
私の持つ紫蛍石が伝説の聖女が持っていたものと同じだと言って、メアリー様が石に手を伸ばしたが、石に触れたところでメアリー様は悲鳴を上げて手を引っ込められてしまった。どうしたというのだろう…と不思議に思ったのは私だけではなかったらしい。ダウンズ男爵がメアリー様の元に慌てて駆け寄っていた。
「姉上、どうされた?」
「メアリー様?!」
「い、石が…熱くて…」
「熱い?」
メアリー様はその白い手を摩りながら、信じられないといった表情で私の紫蛍石を見つめていた。メアリー様に駆け寄ったダウンズ男爵はその手の様子を確認したが、石に触れたらしい部分が赤くなっているのが微かに見えた。
「な…どういう事だ!」
メアリー様の手の状況を確認したダウンズ男爵が、メアリー様に変わって紫蛍石に手を伸ばしてきた。
「うぐっ!」
男爵もメアリー様と同じく、石に触れた途端、慌てて手を引っ込めてしまった。驚いたせいか、私を拘束していた騎士の手が緩んだので、不思議に思って石を手にして様子を窺ったけれど…特に変わった様子はないように見えた。
「何故だ…そんなバカな…!」
「な…何故…アレクシア様は何ともないんですの?」
「馬鹿な…!あんなに熱いのに!」
一体何だというのだろう。別に熱くもないし、いつもと違う様子はなかった。だが、メアリー様もダウンズ男爵も触れた部分が赤くなっているらしく、私が石を手にしている様を驚きの表情を浮かべて見ていた。
「なるほど…真の主以外は拒むか…」
興味深そうに、静かにそう呟いたのはおじ様だった。
「残念だったな、ダウンズ男爵、メアリー嬢も。どうやらあの紫蛍石は持ち主を選ぶらしいぞ。もしやすると、セネットの血に反応するのかもな」
「血だと…」
「ああ、赤く光っているのはセネット家の家紋。どういう仕組みかは知らんが、セネットの血を引く者にのみ反応するようになっておるのかもな」
おじ様が感慨深げにそう仰ったが、私はまだ話が消化しきれずにいた。そんな器用な事が出来るのだろうか…
「もしかすると…伝説の聖女も、セネットの聖女だったのかもしれんな」
「ば、馬鹿な!そんな筈がない!王家の聖女が伝説の聖女だなどと!認めん!わしは認めんぞ!伝説の聖女はメアリー様だ!」
「いい加減にしろ、ダウンズ男爵。石に触れる事も出来なかったメアリー嬢が伝説の聖女であるものか」
「煩い!そ、そうだ…では、今の持ち主がいなくなれば…!」
「そうですね、ダウンズ男爵。アレクシア様がいなくなれば、石は姉の物になるでしょう」
ダウンズ男爵の言葉に、ハロルド様が呼応した。まさかそんな風に言ってくるとは思わず、私は石の存在を知られた事を悔やんだ。でも、私が死んでもこの石がメアリー様を受け入れるとは思えなかった。それに…
「メアリー様がこの石の所有者になる事はありませんわ」
「何だと…」
「王家からこの石を賜った時、石の説明書きにはこの石は持ち主の願いに添うとありました。私はこの石がメアリー様に渡るのを拒否します。ですから、石はメアリー様を受け入れませんわ」
「…それは…やってみなければわかるまい」
「神殿の石は持ち主など決まっていなかったわ。だったら…」
確かに神殿はそうなのだろう。だが、私はこの石をメアリー様に渡す気はなかった。この石を渡してしまえば、この地は今よりも悪い状態になるとしか思えなかったからだ。それでは、この地の平和を願うラリー様の願いにも、人々を癒したという私の祖先の想いに反する様な気がした。
「ふふっ、やってみなきゃわかりませんわ。さぁ、死んでくださいな、アレクシア様」
「おい、今すぐこの女を殺せ!」
「よさぬか、ダウンズ男爵!シアは侯爵家当主で準王族の扱いだ。傷一つでも付けて見ろ、それだけで不敬罪だぞ!」
「ふん、今更王家など恐れませんよ。ギルバート様はそこで大人しく見ていてください。おい、しっかり捕まえておけよ」
優艶に微笑んだメアリー様と、勝ち誇った表情のハロルド様がそう言うと、側にいた完全武装の騎士が私を取り囲み、あっという間に両腕を掴まれてしまった。マズいと思うが、騎士相手ではどうしようもない。
ただ…不思議と身体が恐怖で震える事はなかった。根拠はないけれど、大丈夫なような気がしたのだ。目の前に剣を手にした騎士が立ったが、私はその姿を視界に入れながらも、石が私の願いを叶えてくれることを強く願った。
「さぁ、早く片付けてくださいまし」
「…そうだな…さっさと片付けるか」
再度騎士を促したメアリー様の声に呼応するように、目の前の騎士はうんざりしたように小さく呟いたが、それを耳にした私は思わずその騎士を見上げた。騎士は頭まですっぽり兜を被っていたから顔は見えなかったが、その声に聞き覚えがあったからだ。
「騎士たちに命じる!こいつらを片付けろ!」
「はっ!」
大広間に響いた冷たい硬質の声に、その場にいた騎士たちが即答した。
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