ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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二章

九十話 強行突破Ⅱ

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「追手の気配は……無いな」
「うん。この辺りには誰も居ないみたい」

 しばらく進んでみたが、追撃は受けていない。
 上手いことコチラの思惑通りに動いてくれたと見ていいか。
 もしあんなバケモノに追われながら、全員が気配を消しつつ俺達を追撃してくるような相手だとしたら、そんなのに目を付けられた時点で俺達の勝ち目は薄い。
 そのレベルとなると俺を宿舎で襲ってきた奴並みの隠密技術を全員が持ってないと無理だろうが、さっき戦った4人からみるに、スカウトやアサシンと言うよりも純粋な戦闘系といった感じだったから、流石にその心配はないだろう……無いよな?
 というか、傭兵連中はともかくあのバケモノがそんな大人しく、足音や珪肺を消して追いかけてくる姿が想像できん。

「そろそろ包囲陣だよ」
「わかってます。此処から先は何が起こるかわからないから、ハティも突破出来るように気をつけておいてくれ」
「グルゥ……」

 どう転んでも、ここまで来た以上は強行突破が既定路線なので、俺達は既に全員ハティの背中に乗っていた。
 何かが起こってからハティの背中に慌てて乗っかって居たのでは間に合わない。
 ハティに負担がかかるが、これが全員一緒でという前提であれば最も効率的なのだ。
 まぁ、ハティのステータスから見ても俺達3人が背中に乗るくらいでは、重さすら感じやしないだろうけど。

 そうやってハティの背に揺られること数分。
 前方から大勢の人間の動く気配を感じる。
 傭兵団の包囲網だ。
 此処から先は包囲の端、城壁沿いだからと油断はできない。
 城から外へ脱出しようとする者が中央突破を狙うとは思い難い。
 となれば突破を狙うなら中央から最も離れた場所……つまり包囲陣の最外円だ。
 城壁沿いは他の隙をつけそうな場所と違い、絞り込める場所の中でも最も確率の高い突破経路の一つ。
 そんな事は相手にだって解りきっているはずだ。
 つまり間違いなく警戒されている。
 そして、頭の回る奴ならば、その事を理解した俺達が中央と両端を回避しようとすることも読む筈。
 あからさまな隙を見せるような場所は、罠である可能性がある。
 ――そう思わされた時点で、化かし合いに取り込まれたような物だ。
 たとえ何処を狙ったとしても罠を警戒しなければならないという事は、突破しやすい場所の目星をつける事すら出来なくなったのと同義だ。
 自分の目で見て、その場その場の判断で最適を探さなければならない。
 そう、気を引き締めていたのだが……

「何か、本陣の方で動きがあったみたいだな……」

 傭兵たちの動きが慌ただしい。
 所々で点呼や戦闘準備が見られるが、俺達を見つけたと言った感じでもない。

「かなりゴタ付いてるけど、もしかして戦端が開かれたとか?」
「可能性はあるかも」

 チェリーさんの言う通り、城側との戦いが始まったと見るのが自然だ。
 ただ、もう一つ可能性がある。

「或いは、あのバケモノが包囲の中央に雪崩込んだかもしれないな」
「ああ、時間的にありえるかも」

 あんなのが本陣に飛び込んできたら、間違いなく騒然になるだろう。
 とはいえ、もしそうだった場合、コチラの飛び出すタイミングを考えなければならない。
 俺達が倒した連中程度ならともかく、宿で俺の首を狙ったアサシンは間違いなく高レベルだった。
 傭兵団の主力はあのレベルに匹敵する、それこそ傭兵の華である純戦士が何人もいると考えられる。
 いくらあのバケモノが強力であっても、これだけの数を相手にしては流石に倒されてしまうだろう。
 ここから中央付近の様子を見ることは流石にできない。
 コチラが動き倦ねている内にあのバケモノが倒されてしまっては再び動きが取れなくなってしまう。
 こんなに早く掛けを要求されることになるとは……!

「仕方ない、この混乱に乗じて突っ込もう」
「罠だったら?」
「踏み潰す」
「お、思い切ったね……」
「答えが全く解らない時間制限付き二択で、絶対にやっちゃいけない行動って解ります?」
「……どちらも選べず時間切れ?」
「正解。どっちを選んでも正解率50%だけど、その選択肢だけは正解率0%。なら、どちらか選んだ上で迷わないことが先に続ける一番確実な方法なんですよ」

 一度やると決めたら迷っちゃいけない。
 動き出すまで迷うのは良い。
 俺なんて常に迷いまくりだ。
 だけど、一度これと決めたら迷っちゃ駄目だ。
 読み勝ってカウンターをブチ込んでも、そのカウンターが当たると思って打ったものでなければ、咄嗟に続く行動に移れず相手に立ち直る猶予を与えてしまうということが良くあった。
 ゲームの話だけどな。
 まぁ、心構えの話だから、ゲームに限ったことではないと思う。
 現実のどんなことにだって適応できる考えだろう。
 ましてや今やってるのは紛れもないゲームだ。
 適応されないわけがない。
 たとえ読み違えたとしても、心構えができていればそこから有利に立ち回る方法も視野に入れられる。
 だがまずは、読み勝ったという前提で行動を起こすべきだ。

「ハティ、頼む! 撹乱ついでにデケェ遠吠え一発カマしてやれ」
「グル……!」

 俺達を背に乗せたまま、ハティは踏ん張るように四肢を突っ張り――

「アオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォン!!」

 耳をふさいでも、その咆哮で腹が震える。
 ビリビリと肌が震える。
 その遠吠えの衝撃で森が震えるのがハッキリとわかった。
 傭兵達もその突然の咆哮に、何事かとその足を止めている。
 相手の理解が意識を取り戻すまでの一瞬の停滞。
 行くなら今しかない!

「今だ! 突っ込めぇぇぇぇぇぇ!!」
「グルァ!!」

 ハティが傭兵達の作る囲いへ飛び込んでいく。
 見渡す限り、人だらけだ。
 城門へ通じる広場の幅はぱっと見で1キロ近いのに、これほどの人口密度で包囲できるとは、知名度の高い大規模傭兵団と言うだけは有る。
 その中をハティは突き進んでいく。
 突然の咆哮と突撃で浮足立っていたのもいい方向に動いたんだろう。
 心構えをしっかり整えられていたら、もしかしたら遮られていたかも知れない。
 だが今、その巨体と速度を前に、ハティの行く手を阻もうとする者は居ない。
 堂々とした態度で、傭兵達の包囲をハティは突破していく。
 そう、ハティは堂々としていた。

「きゃああああ!? めっちゃ怖いんですけどおおぉぉぉぉ!?」
「ちょぉっ……! チェリーさん、しがみつくのは良いけど、耳元で叫ばないでくれ!!」
「あははは、ハティ速~い!」

 だが、ハティの背中に乗っている俺達は堂々としている余裕はなかった。
 ハティの背中、高い視点には最近は大分慣れてきていたが、この速さはヤバイ。
 ハティのたてがみを握りしめて、振り落とされないようにするだけで精一杯だ。
 一人だけ超楽しそうなのが居るが、子供の強さと言うやつだろう。
 俺もガキの頃はこういうの全く怖いとか感じずに大好きだったしなぁ……
 ――って、今はそんな事よりこの状況だ。
 包囲網を突破して、城門前広場へ飛び込んでみれば、そこでは予想通り王城前を守る者達と傭兵達の間で戦いが始まっていた。 
 しかも、小競り合いというレベルじゃないなアレは。
 何というか、全員が全員……というわけじゃないが、一部スゲェのが混ざってるのが見える。
 超人大決戦と言うか、あのイベントの時のエドワルト並……いや、おそらくそれ以上の奴も見える。

「アレは駄目だな。どう見ても俺達の誰よりも強い」

 ハティは例外として、最前線で激突している連中が相手では、俺やチェリーさん、エリスの誰が当たっても勝てないと思う。
 動きがもう普通じゃないが、駆け引きや立ち回りといったものもかなり戦い慣れた感じがする。
 ガーヴさんと戦っている時も感じたが、こっちの猛者と戦ってみるとエドワルトの時に感じたAI特有のぎこちなさ的なものが感じられない。
 正に歴戦の戦士の立ち回りといった感じだ。

 戦いに巻き込まれないよう、城壁沿いギリギリから城門前に躍り出る。
 王様から事前に指示があったのか、門前を守っていた騎士の一部が俺達を迎え入れるジェスチャーを送ってくれていたので、そこへ飛び込むように戦場を突っ切った。

「ありがとうございます、助かりました!」
「よくぞご無事で!! 王より話は伺っております、早くこちらへ!!」

 さすが王様、俺達の行動をちゃんと見越して伝えておいてくれたって事か。
 騎士の誘導に従い城門前を目指す。
 脇目に前線の様子を見ると、突破しようとしている傭兵達とそれを阻む騎士たちのライン戦が見えた。
 RvRのゲームは相当昔に1タイトルだけ遊んだが、主観視点でやるとこんな雰囲気になるのか。
 あのゲームではよく自軍拠点近くの坂道で大規模なライン戦が起こっていたっけか。
 なんか見た目からくるイメージはぜんぜん違うのに懐かしく感じる。
 ライン戦の突破って結構難しいんだよな。
 無理に押し込もうとすると、あっという間にキャッチ系のスキルで引きずり込まれたり、デバフの雨で弱体化されまくって遠距離攻撃で蒸発させられたりで、突出=自殺に等しいんだよな。
 だから、全員がタイミング合わせて一気に押し込む必要があるんだけど、大規模戦になるとアライアンス間の温度差や練度差、或いは単に腰が引けるやつが居たりして結構タイミングが合わなかったりして押し込むのが中々難しかった覚えがある。
 アレ、ターゲットマーキングされたりすると本当に一瞬で蒸発するんだよな。
 俺もよく味方にタイミングずらされて、耐久力の低いアタッカーってのもあって何度も蒸発させられたっけか。
 別に自分が痛いわけでもないゲームですら攻めあぐねるんだから、生身で命がけでやってる連中ともなれば尚更だろう。
 ……と思っていたんだが、消極的どころかかなりガツガツぶつかってるな。
 死ぬのが怖くないんだろうか?

「少しの間だけ門を開くのですぐに中へ!」

 割と戦場の空気に軽くビビっていた俺に、入城を促す声が届いてきた。
 前線は押し切られていないが、だからといってあまり長時間開ける訳にはいかないだろうしな。
 迷惑をかけないようにさっさと城門の隙間に飛び込もうと、ハティが歩を進めた所で周囲に影がさした。

「グルァ!」

 俺がなにか言う前にハティがその身を翻す。
 そのハティの反応の速さのおかげで、俺達は九死に一生を得ることになった。
 飛び退ったすぐ目の前の地面が、まるで砲弾でも炸裂したかのように吹き飛んだからだ。

「ぐっ……なんだ!?」
「状況を確認しろ!」

 騎士たちの怒声が上がる中、つい今しがたまで俺達が居た場所から立ち上がる影が見えた。
 その異形、見間違える筈もない。
 俺がこちら側では初めて見た明確な『異物』。
 製品版ではインプのような魔獣とも戦ったが、同じ魔獣カテゴリでも格が違うとひと目で分かる。
 あの傭兵達の前に現れた黒い凶獣だ。
 ソレはただのそりと立ち上がり――

「――――」

 声を上げたわけでも、何かしらのジェスチャーを見せたというわけでもない。
 この場には数多くの敵味方が入り乱れている。
 なのに何故か
 明確に俺に向ける何らかの意思を感じた……そんな気がした

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