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二章

九十九話 混乱の都Ⅱ

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「この詰め所を任されております騎士ジルクリフです。よくぞ来てくださった、アルマ殿」
「時間を取っていただきありがとうございます。早速ですがまず緊急性がある要件故、挨拶は省き王からの命を果たさせてもらいます」
「承知しております。して、情報をお持ちとの事ですが、その者は……?」

 ジロリとむけてくる視線は、アルマさんに対する物とは全く別の、探るような視線だ。
 まぁ、アルマさんと違い、騎士鎧をつけている訳でもなく、身に着けているものも大して上等でもない服の……ぶっちゃけただの平民だからな。
 そりゃ何でこんな奴が、と思われても仕方がない。

「私をここまで運んでくれた方です。王の覚えも目出度く、本来であればこの方がこちらに足を運ぶ予定でしたが、同じ騎士である私が仲介した方が話が早いとの王のご判断により、私が同行したという訳です。この方は対応を私に任せると言って下さいましたが、事の次第を王に頼られた者が知らないというのは問題があるという事で同行を頼んだのです」
「成程、そういう事でしたか。勘ぐるような真似をして申し訳ない」
「いえ、ただの平民ですし場違いなのは自分でも理解してますから」

 それこそ騎士や兵士でもなければ、普通の人がこんな所に足を運ぶことはまずないだろうしな。

「それではジルクリフ殿、理解していただいたという事で、王命を伝えます」

 という訳で、王城前の戦いの顛末と『鬼』の話。
 そして、『鬼』にたいしていかなる状況であっても武器を抜いてはならないという事を徹底する旨、王様の伝えたがっていた情報を、俺が喋るよりも遥かに上手く事を伝えていく。
 これ本当に俺が居る意味……とか言いたくなるくらい説明うまいな。
 俺が説明してたら間違いなく倍以上時間がかかった上でうまく伝わるか怪しい所なんだが……

「成程、その『鬼』なる怪物については、何があっても敵対行動を起こしてはならぬという件、『鬼』が神出鬼没であるというのなら兵のみではなく町全体へ王よりのお触れとして周知した方が良さそうですな。民衆がいつ遭遇するとも限りません」
「よろしくお願いします。特徴に関しては口頭で伝えた件を緊急に、追って城より姿写しが届く筈です」
「判りました、早急に手配させましょう。ただ……」
「この都の状況、ですか。王命であった為考慮せずにこちらの用を優先させて貰いましたが、何があったのか説明してい頂けますか?」
「はい、といっても我々もまだ全容を掴めている訳では無いのですが」

 という言葉の中でも最中も、テキパキと書類を仕上げ、後ろに控える騎士に手渡していく詰所の責任者。
 目上の客人相手に作業の片手間の会話というのはあまりお行儀がよろしいとは言えないが、こういった緊急時にサクサクと事務処理を進めていく姿は「出来る」役人という雰囲気が漂っている。

「最初は事前情報の通り、緋爪の決起に合わせて民間人が暴発しないように兵士達が隔離していたのですが……」

 事前情報ってのは錬鉄の人たちが持ってきた情報だな。
 血の気の強い市民が勝手に喧嘩売って被害が出るのを防いでいたのか。

「という割にはずいぶんと被害が出ているようですが」
「緋爪とはうまい具合に膠着状態に持って行けたのです。といっても緋爪の方も街を直接襲うつもりは最初から無かったようで、街の外で包囲を固めてはいますが手出しは一切してこなかったのです」
「ではこの街の荒れ様は一体?」
「緋爪とは別に予想外の襲撃があったのです」
「予想外の襲撃?」

 緋爪とは別……?
 今は緋爪がこの国を落としにかかっている最中なのに、横からそれを掠め取ろうって腹か。
 緋爪とこの国の両方を相手取って戦えるほどの第三勢力が介入してきたって事か?

「最近、この都近郊で暴れている盗賊団の事はご存知でしょうか?」
「ええ、大規模な討伐隊が編成され、近々で出征が予定されていたと記憶しています。騎士団からも少なくない人員が駆り出されてるので私の方にも情報は入ってきていますが……まさか?」
「そのまさかです。今この街を襲っているのは盗賊団や他の野盗達です」

 盗賊団が国の都へ襲撃?
 普通に考えたら無謀すぎるだろう。

「馬鹿な……たかが盗賊団が国を取ろうとでもいうのですか?」
「連中が何を考えているのかは、まだ判っていません。街への襲撃を掛けていますが、連中の行動からは何か大きな目的のような物はまだ見えない状況です」

 緋爪からの襲撃を受けている状況を利用して火事場泥棒を狙っての襲撃か?
 いくらなんでもリスクリターンがあってなさすぎるだろう。

「状況は判りましたが、今は戦時下といっても過言ではない厳戒態勢下の筈。何故外壁を抜けて街中で盗賊団ごときが跋扈出来ているのですか?」

 そこが問題だよな。
 大手の傭兵団によって王城や街を包囲されているとはいえ、この詰所の様子を見る感じでは場が混乱しているという様子は無い。
 むしろ今まさに襲撃を受けているのだから、普段よりも街への侵入は警戒されていたはず。
 何故盗賊団なんぞがこれだけ大暴れできているんだ?

「奴等を引き入れた者達が居たからです」
「盗賊共の仲間が前々から潜り込んでいたというのですか?」
「いえ……よりによって平民を庇護すべき筈の貴族共の暴走です。ウーベイン家の一派が主犯である事は掴んでおりますが、共同する貴族家が少なくとも5家確認されています」
「馬鹿な……己が治める国を盗賊に売り渡したというのですか!? いえ、そもそも貴族たちは緋爪を引き入れていたはず、何故盗賊団などと……」

 この国の貴族が碌でもないのはよく知っていたが、王が気に入らないとしてクーデターを起こしたんじゃないのか?
 緋爪の本体が今どうなってるかなんて情報はこっちで騒ぎを起こしていた貴族共は知らない筈。
 なんせ、傭兵達が呑気に街を威圧しているという事は城攻め側の緋爪の情報が未だに届いて居ないという事だろうからな。
 なのに、この暴挙だ。
 緋爪が敗色濃厚でヤケクソになっての暴挙というのならまだわかる。
 だが、勝敗も明らかになっていないのに盗賊に暴れさせるような真似をしたら、万が一国盗りに成功したとしても自分たちが奪い取った後で統治する街をむざむざ荒廃させるだけの行為だろうに。
 行動の理由が全く見えてこない。
 何か重要な前提を見落としている……?

「我々もその理由までは掴めていません。ただ、緋爪が連動してないところを見ると、もしかしたら貴族共が暴発したのではないか、という意見も出ているところです」
「連動していない……つまり、盗賊が暴れたの見ても緋爪がこちらに攻めてくる気配は見せていないという事ですか?」
「はい。少なくとも大門前に陣取る主力は一切の動きを見せていません」
「成程、では我々は盗賊の方に集中した方が良さそうですね。場合によっては緋爪の協力も得られるかもしれません」
「なんと!? 緋爪の協力を?」
「もちろん、今回の件が貴族たちの暴走によるものであればの話ですが」

 どうやらアルマさんには何らかの策があるらしい。
 はっきり言って全く話の先が見えないので俺は完全に置物だ。
 何かこういうの、日本のゲームによくある展開だよな。
 主人公はすごい強くて各地で活躍してるのに話を回すのは常にNPCで、結局主人公はNPCの話をイベントシーンで見てるだけってやつ。
 ああいうのを見るたびに、主人公ただの置物じゃねーかって思ってたけど、実際、現状に対する深い知識もなくこういう場に立つと置物になるしかねぇってのは良くわかった気がする。
 分かりたくはなかったけどな。

「どちらにしても、緋爪が街への襲撃を掛けてくる可能性はかなり低いでしょう。そう間を置かず城前での出来事が街を囲んでいる部隊にも伝わる筈。城攻めに失敗したうえ、民間人を狙った街攻めなどという不名誉な戦いをあの緋爪が受け入れるとは到底思えません」
「成程、確かにあの連中は名誉だとか義といったものを重視すると聞きます。街へ盗賊団をけしかける様な雇い主に従うとは考えられないという事ですな」
「そういう事です。確実性のある提案ではありませんが、悪い結果にはならないと考えますがいかがでしょう?」
「そうですね……緋爪への対応に向かわせた兵の全て引かせるわけにもいきませんが、ハッタリが聞く程度に残して、他は盗賊共への対処へ当てましょう。今回は普段は街を離れているあの『英雄の卵』殿も祭りの為偶然街に戻ってきていたので協力を取り付けることに成功しています。盗賊共に専念できるのであれば、さほど時間もかからず鎮圧する事もできるでしょう」
「彼、ですか……それであれば確かに対応には十分でしょう。緋爪の対処はジルクリフ殿の言う通りに。全て引かせては緋爪側もいらぬ考えを持ちかねないでしょうし」

 二人の間でどんどん話がまとまっていく。
 何か仕事が出来る大人って感じで格好いい。
 俺が働いていた時とか、俺も同僚もゲームに関すること以外判らな過ぎて、お互いに一々ネットで調べながらやってたからなぁ。

「それではジルクリフ殿は各方面の対応をお願いします」
「はい、情報の伝達、ありがとうございました。アルマ殿はこれから?」
「私は一度王城へ帰還しようと思います。この街の状況も伝えねばなりませんし」
「そうですか。では再びの伝令役、よろしくお願いします」

 ……という流れで俺とアルマさんは退室する。
 本気で殆ど……というか一言だけしかしゃべってねぇけど、これで良いんだろうか。
 でもアルマさんの方から話の打ち切りを促したような流れだったし良いんだろう。
 たぶん。

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