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歓迎会
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放課後。
この日は、進路相談の順番が久遠に回ってくる日だった。
進路相談自体は、ものの十五分程度で終了(久遠は転校してきたばかりのため、担任の方にも進路相談に必要な情報が揃ってなかった様子)。
進路相談後、久遠は鞄を取りに教室へ戻った。
だが、そこでちょっとしたハプニングが起こる。
「お、皆月。進路相談は終わったのか?」
教室に残っていた男子生徒一人が、久遠に声を掛けてきた。
「え、あ、うん」
「そうか。なあ、この後少し時間あるか?」
久遠は少し身構える。
理由の一つは、その男子生徒とはこれまでほとんど話したことがなかったから。
そして、もう一つは、彼が瀬戸一弥と親しくしている生徒――忠実な手下のような存在だったからだ。
「特に用事はないけど何かあるの?」
「実はさ、ちょっと遅くなったけど皆月の歓迎会をやろうかって話になったんだよ」
「歓迎会?」
「そうそう。まあ、歓迎会っていうのは建前なんだけどな。ほら、俺らって受験生じゃん。ストレスは溜まるけど、なかなか羽伸ばせねえだろ? だから、歓迎会の名目でちょっとハメを外させてもらおうぜって話なんだ。あ、でも心配すんなよ。ハメ外すっつっても、ボウリングやったりカラオケ行ったりする程度だから。つーわけで、利用するみたいで悪いんだけどさ、俺たちクラスメイトを助けると思ってひとつ神輿になってくれねえかな? その代わり、皆月から金は取らねえからさ。なっ、このとおり!」
男子生徒は久遠に向かって合掌する。
最初、歓迎会と聞いた時は「なぜ今頃?」と思ったが、そういう話なら分からなくもない。親が厳しい家もあるだろうから、そういう生徒にとって『転校生の歓迎会』は、大きな免罪符となるだろう。
無論、今の説明で久遠の疑念が綺麗さっぱり払拭されたわけではない。
だが、このようにお願いされたら断るに断れないのも事実だった。
「そういうことなら、まあ構わないよ」
「そうか、ありがとう! じゃあ、早速オーケーの返事をもらったって皆に連絡してくるからちょっと待っててくれ」
男子生徒は、ぱあっと笑顔になると、スマートフォン片手に教室を出ていった。
数分後、戻ってきた彼と共に久遠は学校を出る。
先ほどの話では、これから向かうのはボウリング場かカラオケ店。まだこの辺りの地理に疎い久遠は、案内されるまま彼についていく。
だが、彼の足は久遠が全く予想していなかった場所で、その動きを止めた。
「えっ? ここ?」
久遠が連れて来られたのは、今はもう使われていないと思われる廃工場。
想定外の事態に久遠は戸惑う。
「俺たちの秘密基地みたいなもん。こっちに皆いるはずだ」
そう言って、彼は歩き出す。
久遠には彼についていく以外の選択肢がなかった。
彼が向かったのは、工場の裏手にある倉庫。錆びた扉の前まで来ると、その奥から確かにクラスメイトたちのものと思われる笑い声が聞こえてきた。
「盛り上がってんな。くそ、ジャンケンにさえ勝ってりゃな……。ほら、皆月。行こうぜ」
久遠は彼と共に倉庫へ入る。倉庫の中は薄暗く、空気は埃っぽい。そして、割れた窓から差し込む僅かな光が、複数の人影を浮かび上がらせていた。
「おーい、みんな~。皆月を連れてきたよ~」
その言葉で集まっていたクラスメイトたちが、一斉に久遠の方へ顔を向ける。
「おっ、やっと来たか~」
「主役のご登場だな!」
「皆月君、待ってたよ~」
騒がしい声で迎えられるも、久遠は全く状況が掴めない。クラスの皆で遊びに行くという話だったのに、なぜこんな廃工場の倉庫に連れて来られたのか。
久遠が混乱しかけていると、集団の中から一人の女子生徒が駆け寄って来た。
相馬玲菜だ。
彼女の姿を見た瞬間、久遠は嫌な予感を抱く。
「やっぱりね。皆月君なら来てくれると思った」
「相馬さん、これは?」
「聞いてるでしょ? 皆月君の歓迎会。ほら、主役がこんな端っこにいちゃダメじゃん! こっち来てよ!」
玲菜は久遠の腕を掴むと、強引に集団の中へ誘う。集まっているクラスメイトたちは十人ほど。その中央へと引っ張られた久遠は、目の前の光景に絶句した。
彼らの中心にいたのは、三崎綾乃。
彼女の姿は思わず目を覆いたくなるような状態だった。
綾乃の両手はロープで縛られ、更に天井から吊るされたフックに固定されている。フックの高さは彼女の足がギリギリ地面につかない程度。そのため、彼女は完全に自由を奪われ、宙吊りの状態になっていた。セーラー服がはだけ、白いブラジャーと肌が露わになった格好で。
更に、その肌にはたくさんの青痣とタバコを押し付けたような火傷の痕がある。意図的に目に付かない場所を狙った傷痕。狡猾な悪意がその傷に宿っている気がした。
だが、久遠の心を最も動揺させたのは、あられもない姿でも、痛々しい傷痕でもなく、綾乃の表情だった。
学校で玲菜に見せられた画像では、綾乃は涙を流し悲痛な表情を浮かべていた。けれど、今目の前にいる彼女は、こんな酷い目にあっているのに完全な無表情。その瞳が讃えているのは、悲しみでも怒りでもなく『諦め』だ。
こんな目になるまで、彼女がどれだけの辛苦を負ってきたのか。
そのことを考えると、久遠は胸がしめつけられた。
「よお、転校生」
精神的ショックを受けて呆然となっている久遠に、少し離れた場所から声が掛かる。
声のした方へ顔を向けると、そこには積まれた木材に腰かけている瀬戸一弥の姿。
彼は噛んでいたガムを吐き出すと、おもむろに立ち上がり、久遠に近寄ってきた。
「わるいな。お前の歓迎会なのに、こんなところまで来てもらって」
一弥が久遠の前に立つ。身長差は目算で十センチ以上。目の前に立たれるだけで、強烈な威圧感を受けた。加えて、言葉は友好的だが、彼の表情に久遠と仲良くしようという意思は、微塵も感じられない。
「で、早速なんだが……この状況――都会育ちの賢いお坊ちゃんなら、どうして今自分がここにいるのか、当然分かってるよな?」
瞬間、一弥の目に刃のような鋭さが宿る。声の質も変わり、語気に凄みが増した。ただ言葉を浴びせられただけなのに、ナイフで脅されているような感覚に陥ってしまう。
それでも久遠は小さく深呼吸し、落ち着いて一度周囲を見渡した。
何かを期待するようにニヤニヤ笑うクラスメイトたち。
俯いたまま人形のように全く動かない綾乃。
それらを見て、久遠はここへ連れて来られた意味を理解する。
この日は、進路相談の順番が久遠に回ってくる日だった。
進路相談自体は、ものの十五分程度で終了(久遠は転校してきたばかりのため、担任の方にも進路相談に必要な情報が揃ってなかった様子)。
進路相談後、久遠は鞄を取りに教室へ戻った。
だが、そこでちょっとしたハプニングが起こる。
「お、皆月。進路相談は終わったのか?」
教室に残っていた男子生徒一人が、久遠に声を掛けてきた。
「え、あ、うん」
「そうか。なあ、この後少し時間あるか?」
久遠は少し身構える。
理由の一つは、その男子生徒とはこれまでほとんど話したことがなかったから。
そして、もう一つは、彼が瀬戸一弥と親しくしている生徒――忠実な手下のような存在だったからだ。
「特に用事はないけど何かあるの?」
「実はさ、ちょっと遅くなったけど皆月の歓迎会をやろうかって話になったんだよ」
「歓迎会?」
「そうそう。まあ、歓迎会っていうのは建前なんだけどな。ほら、俺らって受験生じゃん。ストレスは溜まるけど、なかなか羽伸ばせねえだろ? だから、歓迎会の名目でちょっとハメを外させてもらおうぜって話なんだ。あ、でも心配すんなよ。ハメ外すっつっても、ボウリングやったりカラオケ行ったりする程度だから。つーわけで、利用するみたいで悪いんだけどさ、俺たちクラスメイトを助けると思ってひとつ神輿になってくれねえかな? その代わり、皆月から金は取らねえからさ。なっ、このとおり!」
男子生徒は久遠に向かって合掌する。
最初、歓迎会と聞いた時は「なぜ今頃?」と思ったが、そういう話なら分からなくもない。親が厳しい家もあるだろうから、そういう生徒にとって『転校生の歓迎会』は、大きな免罪符となるだろう。
無論、今の説明で久遠の疑念が綺麗さっぱり払拭されたわけではない。
だが、このようにお願いされたら断るに断れないのも事実だった。
「そういうことなら、まあ構わないよ」
「そうか、ありがとう! じゃあ、早速オーケーの返事をもらったって皆に連絡してくるからちょっと待っててくれ」
男子生徒は、ぱあっと笑顔になると、スマートフォン片手に教室を出ていった。
数分後、戻ってきた彼と共に久遠は学校を出る。
先ほどの話では、これから向かうのはボウリング場かカラオケ店。まだこの辺りの地理に疎い久遠は、案内されるまま彼についていく。
だが、彼の足は久遠が全く予想していなかった場所で、その動きを止めた。
「えっ? ここ?」
久遠が連れて来られたのは、今はもう使われていないと思われる廃工場。
想定外の事態に久遠は戸惑う。
「俺たちの秘密基地みたいなもん。こっちに皆いるはずだ」
そう言って、彼は歩き出す。
久遠には彼についていく以外の選択肢がなかった。
彼が向かったのは、工場の裏手にある倉庫。錆びた扉の前まで来ると、その奥から確かにクラスメイトたちのものと思われる笑い声が聞こえてきた。
「盛り上がってんな。くそ、ジャンケンにさえ勝ってりゃな……。ほら、皆月。行こうぜ」
久遠は彼と共に倉庫へ入る。倉庫の中は薄暗く、空気は埃っぽい。そして、割れた窓から差し込む僅かな光が、複数の人影を浮かび上がらせていた。
「おーい、みんな~。皆月を連れてきたよ~」
その言葉で集まっていたクラスメイトたちが、一斉に久遠の方へ顔を向ける。
「おっ、やっと来たか~」
「主役のご登場だな!」
「皆月君、待ってたよ~」
騒がしい声で迎えられるも、久遠は全く状況が掴めない。クラスの皆で遊びに行くという話だったのに、なぜこんな廃工場の倉庫に連れて来られたのか。
久遠が混乱しかけていると、集団の中から一人の女子生徒が駆け寄って来た。
相馬玲菜だ。
彼女の姿を見た瞬間、久遠は嫌な予感を抱く。
「やっぱりね。皆月君なら来てくれると思った」
「相馬さん、これは?」
「聞いてるでしょ? 皆月君の歓迎会。ほら、主役がこんな端っこにいちゃダメじゃん! こっち来てよ!」
玲菜は久遠の腕を掴むと、強引に集団の中へ誘う。集まっているクラスメイトたちは十人ほど。その中央へと引っ張られた久遠は、目の前の光景に絶句した。
彼らの中心にいたのは、三崎綾乃。
彼女の姿は思わず目を覆いたくなるような状態だった。
綾乃の両手はロープで縛られ、更に天井から吊るされたフックに固定されている。フックの高さは彼女の足がギリギリ地面につかない程度。そのため、彼女は完全に自由を奪われ、宙吊りの状態になっていた。セーラー服がはだけ、白いブラジャーと肌が露わになった格好で。
更に、その肌にはたくさんの青痣とタバコを押し付けたような火傷の痕がある。意図的に目に付かない場所を狙った傷痕。狡猾な悪意がその傷に宿っている気がした。
だが、久遠の心を最も動揺させたのは、あられもない姿でも、痛々しい傷痕でもなく、綾乃の表情だった。
学校で玲菜に見せられた画像では、綾乃は涙を流し悲痛な表情を浮かべていた。けれど、今目の前にいる彼女は、こんな酷い目にあっているのに完全な無表情。その瞳が讃えているのは、悲しみでも怒りでもなく『諦め』だ。
こんな目になるまで、彼女がどれだけの辛苦を負ってきたのか。
そのことを考えると、久遠は胸がしめつけられた。
「よお、転校生」
精神的ショックを受けて呆然となっている久遠に、少し離れた場所から声が掛かる。
声のした方へ顔を向けると、そこには積まれた木材に腰かけている瀬戸一弥の姿。
彼は噛んでいたガムを吐き出すと、おもむろに立ち上がり、久遠に近寄ってきた。
「わるいな。お前の歓迎会なのに、こんなところまで来てもらって」
一弥が久遠の前に立つ。身長差は目算で十センチ以上。目の前に立たれるだけで、強烈な威圧感を受けた。加えて、言葉は友好的だが、彼の表情に久遠と仲良くしようという意思は、微塵も感じられない。
「で、早速なんだが……この状況――都会育ちの賢いお坊ちゃんなら、どうして今自分がここにいるのか、当然分かってるよな?」
瞬間、一弥の目に刃のような鋭さが宿る。声の質も変わり、語気に凄みが増した。ただ言葉を浴びせられただけなのに、ナイフで脅されているような感覚に陥ってしまう。
それでも久遠は小さく深呼吸し、落ち着いて一度周囲を見渡した。
何かを期待するようにニヤニヤ笑うクラスメイトたち。
俯いたまま人形のように全く動かない綾乃。
それらを見て、久遠はここへ連れて来られた意味を理解する。
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