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エヴィル
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その夜、三年二組の教室。
久遠は窓際の席に腰かけ、綾乃が来るのを待っていた。
窓から差し込む月明かりが久遠の影を作り、とても静かな時間が流れる。
黒板の上にある時計に目をやると、時刻は間もなく午後八時。
約束の時間は迫っているが、綾乃はまだ現れない。
それでも久遠は、彼女が自分の元へ来ることを疑っていなかった。
そして、時計の針がちょうど午後八時を指し示した頃――。
ガラガラと音を立てて教室のドアが開いた。
「……本当に、いた……」
ドアの奥に立っていた制服姿の綾乃は、久遠を見て信じられないといった顔で呟く。
「いらっしゃい。待っていたよ。さあ、教室の中に入って」
久遠は立ち上がり、綾乃に教室の中へ入るように促す。
彼女は恐る恐るといった様子で教室に足を踏み入れた。
「あ、あの……こんな時間にどうして学校の玄関が開いているの? そ、それに、学校に入ってから外の音が一切聞こえなくなって怖いくらいに静かだし……」
「まあまあ、とりあえず細かいことは気にしないでおこうよ。君が本当に知りたいのは、そこじゃないだろ?」
綾乃の疑問はもっともなのだが、説明が面倒だった久遠は本題へと話を誘導する。
「う、うん……。昼間に言ってた『私のリアルを変える力』っていうのは……?」
「そうだね。じゃあ、実際にその『力』を君の目で見てもらおうかな。こっちに来て」
久遠は手招きをして、綾乃を月明かりの当たる窓際に立たせた。
淡い月の光が、教室の中に彼女の影を伸ばす。
「ちょっとそこに立っててね。動いちゃダメだよ」
久遠は綾乃の影に近づく。
「な、何をするの?」
「まあ、見ていてよ」
久遠はポケットからカッターナイフを取り出し、自分の指先に切傷を作る。小さな痛みと共に傷口から血が滲んだ。
赤い雫が彼女の影に落ちた、次の瞬間――。
「えっ――!?」
綾乃の影が意思を持ったように蠢き出した。
悶え苦しむかのように影は形を変え、次第に実体化していく。
やがて不気味に動く真っ黒な人形みたいなものが、久遠たちの前に姿を現した。
そのシルエットは、かろうじて女性に見えなくもない。
ただ、カクカクと動くその身体は、底知れない気味の悪さを漂わせていた。
「な、なんなの……これ?」
綾乃はまばたきすらせずに、目の前で起こった出来事に見入っていた。自分の影がいきなり得体の知れない人形に変わったのだ。当然と言えば当然だろう。
「う~ん、今はまだこんなものか。でも、まあ、『力』を見てもらうのが目的だから、ちゃんと呼び出せただけ良しとしようかな。僕はこの力を『サモンエヴィル』って呼んでる」
「サモン……エヴィル……?」
「そう。君の影から現れたその人形みたいなやつ――それが『エヴィル』。そいつを呼び出すのが、僕の持つ『力』ってわけだね」
久遠が説明しても、綾乃はまだ半ば放心状態。まあ、無理はないのだが。
「ね、こんなこと口で説明してもなかなか信じられないでしょ? でも、実際に目の前で見せたんだし、そろそろ事実として受け止めてもらえないかな」
「……う、うん……」
まだ全てを受け止めきれていないようだが、綾乃は小さく頷いた。
「そ、それで、エヴィル……だっけ、この気持ちの悪い人形みたいなのは一体何なの?」
「一言で言ってしまうと『君の願いを叶えてくれるモノ』ってところかな」
「願いを叶える……それって、この人形が私の現実を変えてくれるってこと?」
「うん。だけど、昼間言った通り、変えた後の現実が君の望むものになるかは分からないよ。なぜなら、エヴィルっていうのは『恨みの具現化』だから」
「恨みの具現化……?」
久遠は首肯し説明を続ける。
「例えば、君がこの人形に向かって『イジメが無くなりますように』ってお願いすると、明日から今までが嘘みたいに皆が君に優しくなる、なんてことはないんだ。エヴィルはドラえもんの秘密道具じゃないからね。エヴィルは君の恨みから生まれて、君の恨みを晴らす存在。言い換えるなら『復讐の代行者』なんだよ」
「復讐……」
「考えたことがない、なんて言わせないよ。今までずっと君を苦しめてきた人間たち。頭の中では、何度だって彼らを皆殺しにしてきたはずだ。まあ、それは言い過ぎかもしれないけど、『自分と同じ苦しみを彼らにも与えてやりたい』くらいは思ったことがあるよね? エヴィルはそんな君の願いを――」
「ちょ、ちょっと待って!」
久遠が話を進めていると、綾乃から「待った」が掛かった。
久遠は窓際の席に腰かけ、綾乃が来るのを待っていた。
窓から差し込む月明かりが久遠の影を作り、とても静かな時間が流れる。
黒板の上にある時計に目をやると、時刻は間もなく午後八時。
約束の時間は迫っているが、綾乃はまだ現れない。
それでも久遠は、彼女が自分の元へ来ることを疑っていなかった。
そして、時計の針がちょうど午後八時を指し示した頃――。
ガラガラと音を立てて教室のドアが開いた。
「……本当に、いた……」
ドアの奥に立っていた制服姿の綾乃は、久遠を見て信じられないといった顔で呟く。
「いらっしゃい。待っていたよ。さあ、教室の中に入って」
久遠は立ち上がり、綾乃に教室の中へ入るように促す。
彼女は恐る恐るといった様子で教室に足を踏み入れた。
「あ、あの……こんな時間にどうして学校の玄関が開いているの? そ、それに、学校に入ってから外の音が一切聞こえなくなって怖いくらいに静かだし……」
「まあまあ、とりあえず細かいことは気にしないでおこうよ。君が本当に知りたいのは、そこじゃないだろ?」
綾乃の疑問はもっともなのだが、説明が面倒だった久遠は本題へと話を誘導する。
「う、うん……。昼間に言ってた『私のリアルを変える力』っていうのは……?」
「そうだね。じゃあ、実際にその『力』を君の目で見てもらおうかな。こっちに来て」
久遠は手招きをして、綾乃を月明かりの当たる窓際に立たせた。
淡い月の光が、教室の中に彼女の影を伸ばす。
「ちょっとそこに立っててね。動いちゃダメだよ」
久遠は綾乃の影に近づく。
「な、何をするの?」
「まあ、見ていてよ」
久遠はポケットからカッターナイフを取り出し、自分の指先に切傷を作る。小さな痛みと共に傷口から血が滲んだ。
赤い雫が彼女の影に落ちた、次の瞬間――。
「えっ――!?」
綾乃の影が意思を持ったように蠢き出した。
悶え苦しむかのように影は形を変え、次第に実体化していく。
やがて不気味に動く真っ黒な人形みたいなものが、久遠たちの前に姿を現した。
そのシルエットは、かろうじて女性に見えなくもない。
ただ、カクカクと動くその身体は、底知れない気味の悪さを漂わせていた。
「な、なんなの……これ?」
綾乃はまばたきすらせずに、目の前で起こった出来事に見入っていた。自分の影がいきなり得体の知れない人形に変わったのだ。当然と言えば当然だろう。
「う~ん、今はまだこんなものか。でも、まあ、『力』を見てもらうのが目的だから、ちゃんと呼び出せただけ良しとしようかな。僕はこの力を『サモンエヴィル』って呼んでる」
「サモン……エヴィル……?」
「そう。君の影から現れたその人形みたいなやつ――それが『エヴィル』。そいつを呼び出すのが、僕の持つ『力』ってわけだね」
久遠が説明しても、綾乃はまだ半ば放心状態。まあ、無理はないのだが。
「ね、こんなこと口で説明してもなかなか信じられないでしょ? でも、実際に目の前で見せたんだし、そろそろ事実として受け止めてもらえないかな」
「……う、うん……」
まだ全てを受け止めきれていないようだが、綾乃は小さく頷いた。
「そ、それで、エヴィル……だっけ、この気持ちの悪い人形みたいなのは一体何なの?」
「一言で言ってしまうと『君の願いを叶えてくれるモノ』ってところかな」
「願いを叶える……それって、この人形が私の現実を変えてくれるってこと?」
「うん。だけど、昼間言った通り、変えた後の現実が君の望むものになるかは分からないよ。なぜなら、エヴィルっていうのは『恨みの具現化』だから」
「恨みの具現化……?」
久遠は首肯し説明を続ける。
「例えば、君がこの人形に向かって『イジメが無くなりますように』ってお願いすると、明日から今までが嘘みたいに皆が君に優しくなる、なんてことはないんだ。エヴィルはドラえもんの秘密道具じゃないからね。エヴィルは君の恨みから生まれて、君の恨みを晴らす存在。言い換えるなら『復讐の代行者』なんだよ」
「復讐……」
「考えたことがない、なんて言わせないよ。今までずっと君を苦しめてきた人間たち。頭の中では、何度だって彼らを皆殺しにしてきたはずだ。まあ、それは言い過ぎかもしれないけど、『自分と同じ苦しみを彼らにも与えてやりたい』くらいは思ったことがあるよね? エヴィルはそんな君の願いを――」
「ちょ、ちょっと待って!」
久遠が話を進めていると、綾乃から「待った」が掛かった。
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