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復讐への誘い
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「何? もしかして、ドラえもんの秘密道具にも似たようなものがあった?」
「ち、違うよ。私、ドラえもんよく知らないし……。えっと、そ、その、まだ信じられない部分もあるんだけど、皆月君の話は大体分かったよ。それに、あなたの言う通り、復讐を思い描いたことも一度や二度じゃない。で、でも、こんな小さな人形がクラスメイトたちに復讐なんて本当にできるの……?」
「う~ん、まず無理だろうね」
久遠は正直に答える。
「瀬戸君あたりが相手だと、きっと一発でペチャンコにされちゃうと思うよ」
「そ、そんな……。じゃあ、復讐なんて無理じゃない……」
「いや、そんなことはないよ。君のエヴィルはまだ不完全なんだ。僕と君の間で『恨みの共有』が十分にできていないからね」
「恨みの共有?」
綾乃の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「君が抱いている恨みを僕が知ってないとダメってこと。僕はまだこの学校に転校してきて一ヶ月足らずだ。勿論、何度か君がイジメを受けている場面を目撃したよ。でも、それは君が受けてきた苦痛のほんの一部だよね? だから、呼び出せるエヴィルもこんなに小さくて非力なものになってしまうのさ」
「じゃあ、どうすれば……」
「簡単なことだよ。話せばいいんだ。君がこれまで受けてきた痛みを包み隠さず僕にね。思い出したくも無いこともされたよね? 恥ずかしくて人に言えないようなことも。そういうことを全部言葉にして吐き出すんだ」
久遠が説明すると、綾乃の顔が途端に曇った。それが彼女にとってどれだけの痛みを伴うことなのか、久遠にはよく分かる。
しかし、これは『力』を使ううえでの曲げられないルールだ。
「世の中、無償で力が得られるほど甘くはないってことだね。君にもそれなりの代償を払ってもらわないといけない。勿論、君が復讐を望むなら、って話だけど」
「……もし……もし、私がその代償を払えば、私が憎むクラスメイト全員に私と同じ痛みを与えることができるの? 瀬戸一弥や相馬玲菜のような生徒にも……?」
「勿論。君が対価を支払うなら、エヴィルは君の望みを叶えるだけの力を持つ。これは僕が保証する。てか、そうじゃないと、まず僕がここにいないからね」
「えっ?」
言った後で、久遠は舌を出す。
今の一言は余計だった。
「口が滑っちゃったな。まあ、いいや。面倒だから言わずにおこうと思っていたんだけど、正直に話すよ。実はね、僕がこのクラスに転校してきたのは偶然じゃないんだ」
「ど、どういうこと?」
「僕の役目は『サモンエヴィル』を使ってエヴィルを現世に呼び出すこと。でも、恨みを持っている人間さえいればエヴィルを呼び出せるってわけでもないんだ。三崎さんみたいな何度も復讐を思い描くくらい強く純粋な恨みを持つ人間と、今日みたいな綺麗な月夜。この二つが揃わないと、サモンエヴィルは発動しない。僕ら……いや、僕がこの学校に来たのは、このクラスから強力な恨みの波動――エヴィルを召喚しうる黒いオーラを感じ取ったから、というわけなのさ」
久遠はさらに続ける。
「ついでに言うと、玄関が開いていたのも、外の音が全く聞こえなかったのも、僕の使う力のせいだよ。今までの説明で分かる通り、『恨みを操ること』が僕の能力なんだ。この学校、この教室には、君の恨みがべったりと付着しているからね。その力を使って少しだけこの学校を僕の都合の良い空間に作り変えさせてもらったんだ」
「……空間を……作り変える……? ね、ねえ、皆月君は一体何者なの? 何が目的で私にこんなことを……?」
「う~ん、難しい質問だね。例えばさ、三崎さんは『何故サンタクロースはクリスマスの夜にプレゼントを配るのか?』って質問に答えられる?」
「えっ?」
「『子供たちの笑顔のため』とか『夢や希望を与えるため』とかそれっぽい答えは用意できるかもしれないけど、きっと多くの人が『サンタクロースはそういう存在だから』って考えるよね。僕もそれと同じだよ。皆月久遠は、強い恨みを持つ人間の元に現れてエヴィルを呼び出す存在。ただ、それだけなんだ」
依然としてカクカク動いている綾乃のエヴィルに近づきながら、久遠は喋る。
「でも、勘違いしないでね。僕はサンタクロースじゃないし、まして天使でも悪魔でもない。僕を天使にするも悪魔にするも君自身が決めることなんだ」
久遠はエヴィルに手をかざす。
すると、エヴィルの身体は瞬く間に溶解し、再び綾乃の影に戻った。
「この辺りで一度はっきりさせておこうか。僕が君に与えてあげられる『力』は『復讐』のための力だ。この力を使えば、君の瞳に映る醜い世界を徹底的に破壊することができる。それは僕が約束するよ。でも、その後に待っている『結末』に関しては、僕は一切責任を持てない。一概に復讐劇の結末なんてロクなものじゃないからね。それでも耐えがたい現実を変えるために剣を取るのか。それとも復讐なんて何も生まないと考えて、卒業まで耐え忍ぶのか。選ぶのは三崎さんなんだ」
「……私は……」
それ以上言葉を紡げず、綾乃は再び俯いて黙りこんでしまった。
「すぐに答えを出す必要はないよ。君にとってもそれなりに痛みを伴う決断になるだろうからね。じっくり考えて答えを出してくれればいいし、なんだったら誰かに相談してみても構わない。もっとも、内容が内容だけに、精神科に連れて行かれる覚悟は必要になるだろうけど」
じっと自分の影に視線を落とす綾乃を横目に、久遠は教室の出入り口へと向かう。
「もし僕の力が必要になったら、いつでも声を掛けて。最高の舞台を用意してあげるから。それじゃあ、また明日学校で」
それだけ言い残して久遠は教室を出る。
その際、チラリと綾乃の方を振り返ると、彼女はまだ思いつめた表情で自身の影と向き合っていた。
今まで耐え忍ぶ以外の手札を持っていなかった綾乃。
そんな彼女が新しい手札――それも『ジョーカー』を手にした。
起死回生の切り札にも、破滅を呼ぶ鬼札にもなりうる一枚。
葛藤や迷いが生じるのは必然……だが――。
久遠は、綾乃の瞳に妖しい光が宿っている気がした。
彼女が優子に対して抱く希望の光とは違う、禍々しく屈折した光だ。
(そう遠くないうちに、彼女は僕の元へやってくるだろうな……)
月明かりの中に佇む綾乃から視線を外し、久遠はそっと教室を後にした。
「ち、違うよ。私、ドラえもんよく知らないし……。えっと、そ、その、まだ信じられない部分もあるんだけど、皆月君の話は大体分かったよ。それに、あなたの言う通り、復讐を思い描いたことも一度や二度じゃない。で、でも、こんな小さな人形がクラスメイトたちに復讐なんて本当にできるの……?」
「う~ん、まず無理だろうね」
久遠は正直に答える。
「瀬戸君あたりが相手だと、きっと一発でペチャンコにされちゃうと思うよ」
「そ、そんな……。じゃあ、復讐なんて無理じゃない……」
「いや、そんなことはないよ。君のエヴィルはまだ不完全なんだ。僕と君の間で『恨みの共有』が十分にできていないからね」
「恨みの共有?」
綾乃の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「君が抱いている恨みを僕が知ってないとダメってこと。僕はまだこの学校に転校してきて一ヶ月足らずだ。勿論、何度か君がイジメを受けている場面を目撃したよ。でも、それは君が受けてきた苦痛のほんの一部だよね? だから、呼び出せるエヴィルもこんなに小さくて非力なものになってしまうのさ」
「じゃあ、どうすれば……」
「簡単なことだよ。話せばいいんだ。君がこれまで受けてきた痛みを包み隠さず僕にね。思い出したくも無いこともされたよね? 恥ずかしくて人に言えないようなことも。そういうことを全部言葉にして吐き出すんだ」
久遠が説明すると、綾乃の顔が途端に曇った。それが彼女にとってどれだけの痛みを伴うことなのか、久遠にはよく分かる。
しかし、これは『力』を使ううえでの曲げられないルールだ。
「世の中、無償で力が得られるほど甘くはないってことだね。君にもそれなりの代償を払ってもらわないといけない。勿論、君が復讐を望むなら、って話だけど」
「……もし……もし、私がその代償を払えば、私が憎むクラスメイト全員に私と同じ痛みを与えることができるの? 瀬戸一弥や相馬玲菜のような生徒にも……?」
「勿論。君が対価を支払うなら、エヴィルは君の望みを叶えるだけの力を持つ。これは僕が保証する。てか、そうじゃないと、まず僕がここにいないからね」
「えっ?」
言った後で、久遠は舌を出す。
今の一言は余計だった。
「口が滑っちゃったな。まあ、いいや。面倒だから言わずにおこうと思っていたんだけど、正直に話すよ。実はね、僕がこのクラスに転校してきたのは偶然じゃないんだ」
「ど、どういうこと?」
「僕の役目は『サモンエヴィル』を使ってエヴィルを現世に呼び出すこと。でも、恨みを持っている人間さえいればエヴィルを呼び出せるってわけでもないんだ。三崎さんみたいな何度も復讐を思い描くくらい強く純粋な恨みを持つ人間と、今日みたいな綺麗な月夜。この二つが揃わないと、サモンエヴィルは発動しない。僕ら……いや、僕がこの学校に来たのは、このクラスから強力な恨みの波動――エヴィルを召喚しうる黒いオーラを感じ取ったから、というわけなのさ」
久遠はさらに続ける。
「ついでに言うと、玄関が開いていたのも、外の音が全く聞こえなかったのも、僕の使う力のせいだよ。今までの説明で分かる通り、『恨みを操ること』が僕の能力なんだ。この学校、この教室には、君の恨みがべったりと付着しているからね。その力を使って少しだけこの学校を僕の都合の良い空間に作り変えさせてもらったんだ」
「……空間を……作り変える……? ね、ねえ、皆月君は一体何者なの? 何が目的で私にこんなことを……?」
「う~ん、難しい質問だね。例えばさ、三崎さんは『何故サンタクロースはクリスマスの夜にプレゼントを配るのか?』って質問に答えられる?」
「えっ?」
「『子供たちの笑顔のため』とか『夢や希望を与えるため』とかそれっぽい答えは用意できるかもしれないけど、きっと多くの人が『サンタクロースはそういう存在だから』って考えるよね。僕もそれと同じだよ。皆月久遠は、強い恨みを持つ人間の元に現れてエヴィルを呼び出す存在。ただ、それだけなんだ」
依然としてカクカク動いている綾乃のエヴィルに近づきながら、久遠は喋る。
「でも、勘違いしないでね。僕はサンタクロースじゃないし、まして天使でも悪魔でもない。僕を天使にするも悪魔にするも君自身が決めることなんだ」
久遠はエヴィルに手をかざす。
すると、エヴィルの身体は瞬く間に溶解し、再び綾乃の影に戻った。
「この辺りで一度はっきりさせておこうか。僕が君に与えてあげられる『力』は『復讐』のための力だ。この力を使えば、君の瞳に映る醜い世界を徹底的に破壊することができる。それは僕が約束するよ。でも、その後に待っている『結末』に関しては、僕は一切責任を持てない。一概に復讐劇の結末なんてロクなものじゃないからね。それでも耐えがたい現実を変えるために剣を取るのか。それとも復讐なんて何も生まないと考えて、卒業まで耐え忍ぶのか。選ぶのは三崎さんなんだ」
「……私は……」
それ以上言葉を紡げず、綾乃は再び俯いて黙りこんでしまった。
「すぐに答えを出す必要はないよ。君にとってもそれなりに痛みを伴う決断になるだろうからね。じっくり考えて答えを出してくれればいいし、なんだったら誰かに相談してみても構わない。もっとも、内容が内容だけに、精神科に連れて行かれる覚悟は必要になるだろうけど」
じっと自分の影に視線を落とす綾乃を横目に、久遠は教室の出入り口へと向かう。
「もし僕の力が必要になったら、いつでも声を掛けて。最高の舞台を用意してあげるから。それじゃあ、また明日学校で」
それだけ言い残して久遠は教室を出る。
その際、チラリと綾乃の方を振り返ると、彼女はまだ思いつめた表情で自身の影と向き合っていた。
今まで耐え忍ぶ以外の手札を持っていなかった綾乃。
そんな彼女が新しい手札――それも『ジョーカー』を手にした。
起死回生の切り札にも、破滅を呼ぶ鬼札にもなりうる一枚。
葛藤や迷いが生じるのは必然……だが――。
久遠は、綾乃の瞳に妖しい光が宿っている気がした。
彼女が優子に対して抱く希望の光とは違う、禍々しく屈折した光だ。
(そう遠くないうちに、彼女は僕の元へやってくるだろうな……)
月明かりの中に佇む綾乃から視線を外し、久遠はそっと教室を後にした。
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