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一章

3、祝宴が開かれて

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 ああ、それにしても眠い。俺は欠伸を噛み殺した。
 無事に結婚式を終え、今は祝宴の真っ最中だ。

 楽団が奏でる楽はたいそう美しく。ゆったりとして穏やかで……眠りを誘う。

 思えば、レナーテに結婚を拒否されるのではないかと不安で不安で。ここしばらく、ろくに眠れていなかったな。
 
 学校に通っていた頃のあなたに声を掛ければ良かったのだが。
 俺とレナーテでは、あまりにも住む世界が違いすぎた。

 本を抱えて図書館へと向かうレナーテ。春の風が彼女の柔らかな琥珀色の髪をなびかせて。通学時のように三つ編みにはしていないから、いつもよりも大人びて見えて。
 たまたま、あなたの姿を目にすることができた時は、心臓が跳ねたものだ。

 抱えた本を落としはしまいか。図書館の石段を上がるときに、足元が見えなくてつまずいたりしないか。両手が塞がっていては扉が開けられないだろう、と案じて後を追ったが。
 だいたい親切な大人が扉を開けてくれるものだから、俺の出番は一度もなかった。

 まぁ、俺みたいにでかくて武骨な男に後ろを歩かれたら、レナーテも脅えてしまうだろう。
 避けられるくらいなら、近寄らない方がいい。嫌われるくらいなら、話しかけない方がいい。
 って、なんだよ、これ。初恋の少年かよ。俺はもう三十だぞ。

 しかし、本当に眠い。ここしばらく忙しかったからな。

 騎士団の仲間に酒を勧められたが、俺は丁重に断った。
 ここで酒が入ったら、本当に眠ってしまう。
 そんなことをしたら、レナーテが不安がるだろう?
 
 祝宴が終わり客が帰ってしまえば、彼女は見知らぬ男と二人きりでこの家に残されるんだぞ。
 寂しさを訴えたいのに、その相手すらも眠って話を聞いてくれないなんて。どれだけ非道なんだ。
 だから俺は眠ってはならない。愛しいレナーテの為にも。

◇◇◇

 わたしは、静かにショックを受けていました。
 だって、エルヴィンさまが欠伸を噛み殺すのが見えたのですから。

 この結婚式を、退屈に思われているんだわ。
 エルヴィンさまは騎士でいらっしゃるから。きっと団長などの上の方から勧められた縁談で、断ることができなかったのね。
 
 怖いし、隣に座っていらっしゃるだけでも圧というか、存在感がすごくて。なんだか徐々に申し訳なくなってきたんです。
 
 逃げたいなどとずっと思っているわたしは、なんて失礼な娘なのかしら。
 本当は他に花嫁として迎えたい女性が、いらっしゃったかもしれないのに。
 初対面での結婚の犠牲者になってしまったと、わたしは考えていたけれど。なんという思い上がりだったのかしら。
 むしろ、エルヴィンさまの方がこの結婚の犠牲者であったかもしれないのに。

 己が傲慢であったとも知らずに、一人で傷ついていたことが恥ずかしくて。
 わたしはレースをたっぷりと使った白いドレスに包まれた足の上で、拳を握りしめました。

「ごめんなさい。エルヴィンさま」
「え?」

 わたしの零したとても小さな言葉を、エルヴィンさまは聞き逃さなかったようです。
 ですが、すぐに楽団の音楽が、静かなものから賑やかなものへと変化しました。

 見れば、窓の外はすでに宵闇に包まれていました。庭の緑の木々は暗い影に沈み、西の空だけが夕暮れの名残を残しています。
 ああ、とうとう。花婿と花嫁の退場です。

 そう。恐ろしいことに、新婚のしとねに向かうのです。
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