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一章

31、湖畔へお出かけ【2】

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 レナーテが立ち止まり、俺を見上げてくる。
 どうしたんだろう。もしかしてさっきの婦人のように、馬に乗りたいのだろうか。
 
 乗馬。さすがにレナーテ一人では危険だ。
 そうだな、俺の前に座らせて二人で遠乗り。

 この湖沿いの遊歩道でもいいし、郊外の野原に出かけてもいい。今の時季なら花盛りだろう。敷物とお茶のセットと、そうだな菓子も持参しよう。

――ね、エルヴィンさま。可愛いリスがいます。尻尾がふさふさですよ。
――そうだな。だがレナーテの方が何倍も可愛い。君は俺の子猫ちゃんだからな。

 頬を染めるレナーテが、俺の肩にとんっともたれて。

 ほわわーんと、その情景が頭に浮かんで俺は思わず笑みをこぼしそうになった。
 そう。俺は妄想……もとい空想が大の得意だ。

 レナーテが学生の頃は、声を掛けることすらできずにいた所為だろうか。
 想いが大きくなりすぎると、人は空想を始めるのだな。

「エルヴィンさま。あの、手を繋いでもらってもいいですか?」
「お? おう、いいぞ」

 レナーテから申し出て来るとは珍しい。だが願ってもないことだ。俺は布のかかった籠を抱えていない方の左手を、レナーテに差し出した。
 きゅっと多分力を込めているのだろうが、俺からしてみれば弱い力で俺の手を握ってくる。

 湖畔を散歩する紳士や淑女が、手を繋いでいる俺達をちらりと一瞥する。意外なことに、レナーテは彼らの視線を気にせずに黙々と歩いている。

 あれ? もしかして。気落ちしているのか?
 俺は彼女に歩調を合わせて歩きながら、顔を覗きこんだ。するとレナーテは、顔を背けた。

「レナーテ。どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません」

 嘘だな。平坦な声音で分かる。俺は早々に湖畔のベンチへと彼女を導いた。ちょうど大きな木が枝を張っていて、初夏の強い日差しを遮ってくれる。

「あの、エルヴィンさま。まださほど散歩していませんけど。もう休憩なさるんですか」
「そうだよ」

 俺は、レナーテが座る部分のベンチに白いハンカチを敷いた。そして「どうぞ」と彼女を招く。
 新婚早々の彼女に憂い顔などさせてはならない。きっと俺のことが原因で悩んでいるのだろう。
 じっくりと話を聞いてやろう。

 籠を膝に置いて、被せていた布を取る。その時、布の周囲に施されたあまりにも繊細なレースを透かして、初夏の光がちらちらと揺らめいた。
 薄緑の布とレースだから、まるで木洩れ日のようだ。

「綺麗だな。こんなレースは初めて見る」
「あ、ありがとうございます」

 レナーテが頬を染めるので、どうしたのかと思ったが。そういえば、修道院ではレースを作っていたような気がする。

「『労働は祈りに通ずる』との教えなんです。ですから、修道女たちは……生徒もですけど、ボビンレースを編んだり薬草のリキュールを作ったりしているんです。わたしもレースと、薬草園でハーブを育てていました」
「そうだったのか」

 だから今朝、掃除をしようとしていたのか。学生の頃、大量の本を抱えて図書館にたびたび通っていたのも、ハーブの本を借りていたのか。


「それにしても素晴らしい技術だな。こんな細いのが編めるのか?」
「編むと言うより、織るんです。小さな糸巻きに絹糸を巻いて、ピンで固定しながら、平織り、綾織り、重ね織りで模様を織っていくんですよ」

 レナーテが器用に左右の手を動かすが、これは熟練の技なんじゃないだろうか。
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