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一度の失敗

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 現代の子どもたちが魚の切り身しか見たことがない、なんて話があるがそれとは比べ物にならない本物の貴族令嬢。生卵を見るのは初めてらしい。

「どうですか? 生卵の感想は」

 興味本位で問いかける冨岡。するとローズは眉を下げて素直に答える。

「これを食べたいとは思わないわね」
「ははっ、確かに生卵を食べる文化はそれほど多くないですからね。卵の品質管理問題みたいなのもありますけど、抵抗を覚えるのは普通かもしれません」

 美味しいとはわかっていても、初めて目の当たりにした人が食欲が湧くような見た目ではないと言うのは頷ける。だが、生卵には生卵にしかない美味しさがあり、卵かけご飯などは定期的に食べたくなるものだ。
 子どもの頃から生卵に慣れ親しんでいる冨岡にとっては食欲の湧く見た目である。
 ともかく一度、卵の割り方を見たローズは自分でも試してみた。
 彼女は調理台の固い面の部分で卵にひびを入れようとする。しかし、力加減がわからず卵がぐしゃっと崩れてしまった。中身が漏れ出し、べったりと彼女の手に付着した。

「うわっ・・・・・・」

 ローズは残念そうに潰れた卵を眺めたのちに、申し訳なさそうな視線を冨岡に向ける。卵を無駄にしてしまったことに対する罪悪感だろうか。食べ物に困らない立場であるローズが、食材を一つ無駄にしたことで申し訳なさを感じられるのは、キュルケース家の教育がいいのか彼女自身の特性なのか。どちらにしても良いことである。
 冨岡はそんなローズが必要以上に傷つかないよう、優しく手拭きを手渡した。

「大丈夫ですよ、ローズお嬢様。誰だって最初からは上手くいきません。それに潰れた卵も殻を除けば使えますよ」
「ほんと?」
「ええ、本当です。どうせかき混ぜますからね」

 卵が無駄にならないと知ったローズは安心の呼吸を漏らす。
 彼女の罪悪感が払拭されたところで再び冨岡は卵を手渡した。

「どうしますか、もう一度してみます? それとも諦めますか?」
「やるわよ!」

 ローズは負けず嫌いを発揮して卵を受け取る。だが彼女の頭には先ほどの失敗中々が張り付いており、動き出さない。
 すると彼女の背後で見守っていたダルクが身を乗り出して助言する。

「このダルク見抜きましたぞ。割れるか割れないか程度の力加減で始めて、少しずつ力を強くしていくのがよろしいですよ」

 いつも見抜くな、この人。当たり前のことを大きな声で言うな、この人。
 冨岡はダルクに苦笑を向けながらも、アドバイスとしては的確だなと頷く。
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