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バハムートとの戦闘

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飛翔するバハムートはそれを遥か地上で見つめているエルク達を標的と認めたようだ。

 口を大きく広げる。

 一瞬にして放たれたのは暗黒のブレスである。ありとあらゆる物質を一瞬にして灰燼と化してしまう。

「きゃっ!」

 イシスは目を閉じた。

「ローアイアスの盾!」

 エルクは盾を創り出した。無色透明の盾。アイギスの盾が魔法攻撃に対する絶対無効化をする守りだとするのあらば、ローアイアスの盾は投擲に対する絶対無効化する守りであった。 そのランクはもまた『EX』のものだ。ローアイアスの盾のもとに、バハムートのブレスは無効化される。

「いけます。やはりローアイアスの盾で竜のブレスも無効化できる」

 その効果はもはや投擲の無効化どころではなかった。遠距離攻撃の無効化といっても良いレベルであった。

「ふっはっはっはっは! 流石は錬金術師。奇妙な錬成物を創り出しよる」

 精神支配を受けたバハムートは笑う。

「だがの。周囲への被害を完全に防ぐというのは無理ははずじゃ」

 竜王バハムートは所持している全砲門を全開にする。

 バハムートの身体のいたるところから竜の首が姿を現す。その姿はまるでヤマタノオロチのようであった。あるいはヒュドラか。

「セブンスドラゴンフレア!」

 無差別に放たれる七つの砲門の同時攻撃。無茶苦茶だった。竜人の国に多大な被害が持たされる。暗黒のブレスが竜人の国に襲いかかる。

「やめてください! バハムート様!」

「この国はバハムート様を守るべきもののはずです! 国の皆はバハムート様をお慕いしておりました! なのにこんなのあんまりです!」

 フィアとフィルは嘆いた。

「クックック。無意味でありますよ。何を言っても。魔王様のアイテムの効果をそんな説得したくらいで打ち消す事はできないであります」

 カーミラは笑う。

「・・・・・・随分と綺麗な光景ではありませんか。あの竜王バハムートが守るべきはずの国を滅茶苦茶にする。何とも皮肉で凄惨で、そして美しい光景でありましょうか」

「くっそっ! このっ! バハムート様を戻せ!」

 火竜となったフィアは爪で攻撃をする。カーミラは易々とその攻撃を避けた。

「無理でありますよ。例え私でも無理です。クックック。まあ、戻せたとしても戻す道理なんて一ミリたりともありませんが。クックック! アッハッハッハッハッハッハッハ!」

 カーミラの哄笑が響く。

「ともかく、これ以上の被害を出すわけにはいきません。イシスさん! 古代魔法で攻撃してください!」

「はい! 先生!」

 イシスは古代魔法を発動する。魔法陣が描かれる。

「セブンスレイ!」

 古代魔法セブンスレイ。異空間より聖属性の光を放つランク『EX』の魔法だ。今は失われた古代の魔法。
 これならバハムートへも通用しうる攻撃だった。特にバハムートは闇属性のモンスターであるので聖属性の魔法攻撃はよく効いた。
 七つの聖なる光が竜王結界を貫き、バハムートにダメージを与える。

「くっはっはっはっ! なかなかやるではないかっ! 小娘!」

 しかし膨大なHPを持つバハムートに対しては大して効いていないようにも見えた。

「くっ!」

「上出来です!」

 エルクは弓を構える。元々イシスの魔法は相手を怯ませるのが目的だったのだ。だからその目的は達成できた。

「先生、それは」

「これはアルテミスの弓です。地上に引きずり下ろさなければ勝負すらできませんから」

 アルテミスの弓。それに添えられる矢はただの矢ではない。というよりも矢ではなかった。 放たれるのはあらゆる障壁の無効効果のあるロンギヌスの槍だった。

「バハムートさん、痛いと思いますが我慢してくださいよ」

 アルテミスの弓で放たれたロンギヌスの槍は一瞬にして音の速度を抜き去る。

「なにっ!? ぐっ! 馬鹿なっ!」

 バハムートの喉元をロンギヌスの槍は貫く。空中で己を制御できなくなったバハムートは墜落を始めた。

 ドカーーーーーーーン! という大きな音を立てて、バハムートは近くの森に落ちた。

「急ぎますよ。バハムートさんレベルになると自動回復(オートリジェネレーター)を当然のように持っています。ですから身動きができないうちに追い詰めるんです」

「はい!」

 イシスとエルクは森へと急ぐ。


「おやおや。やられてしまいました。あの竜王も情けないでありますね。まあ、本来味方でも何でもないんで、別に構いやしませんが。クックック」

 カーミラは笑う。

「ゼロティア、撤退するでありますよ」

「撤退するのか?」

「思い出してくださいませ。我々の主な目的を。魔王の宝玉を手に入れ、魔王様の魂を解放する事。それが竜人の国にきたまず第一の目的。その第一の目的は既に果たされたであります。竜人の国に痛手を与えるのは第二の目的。その目的も竜王が暴れ回ってくれたおかげで概ね果たされたであります」

「そうだな。それはその通りだ」

「それにあの様子ですと竜王を正気に戻す手立てをあの錬金術師は持っている感じであります。竜王が敵として再び我らの前に立つと状況として些かまずいのであります。魔王様の復活の日は近いであります。その時に我々四天王が一人でも欠けていると魔王様に申し訳が立たないであります」

「それもその通りだ」

「ですので撤退であります。なに、この状況を見て誰が我々を敗者と思うでしょうか?」

 竜王バハムートの大暴れにより竜人の国は無残な状態になっていた。多くの人々が死に絶え、そして建物が破壊されていた。実にむごい状況であった。

「その通りだな。反論の余地はない。テトラ、行くぞ」

 グウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
 
 テトラは唸る。まだ闘いたい気持ちがあるのだろう。

「理解してくれテトラ。遊びは終わりだ。お前の力はまた別の機会に活かされる」

 ゼロティアになだめられ、雷竜テトラは納得したようだ。ゼロティアを背中に乗せる。

「逃げるのか!」

 フィルが叫ぶ。

「言葉が悪いな。目的が達成されたから帰るだけだ。この状況、命を救われたのはどっちだと思っている?」

「遊びは終わりであります。次また会う時は本気で殺し合いましょうぞ。クックック! アッハッハッハッハッハッハ!」

 哄笑と共にカーミラはその身を無数の蝙蝠に変えて飛び立つ。

「行くぞ! テトラ!」

 ゼロティアは雷竜と共に飛び立っていった。

「くそっ! 待て!」

 フィアは追おうとする。だが、身体が満足に動かない。それだけのダメージを負ったのだ。 とても飛び立てそうにない。

「くっ! 身体が」

 結局追跡は諦めるより他になかった。

「それより、バハムート様のところへ行かなきゃ」

 他の四人もバハムートの墜落地点へと急いだ。


「……はぁ、はぁ」

 イシスは息を切らせる。

 いた。バハムートだ。黒竜が地面に蹲っている。

「……どうですか? 先生?」

 エルクはアナライズゴーグルでバハムートを解析した。

「だめです。まだHPが10000もあります。あの攻撃を喰らって、これだけ残っているのですから流石バハムートです」

「どうするんですか?」

「決まっています! 追撃です! 動かれても困ります! 麻痺針!」

 エルクは麻痺針を錬成する。麻痺するぶっとい注射針である。

 ぷすっ! ぶっさして注射する。

「ぐ、ぐはぁっ! 身体が動かぬっ!」

 バハムートは呻いた。

「次は猛毒針です! 痛いけど我慢してくださいっ!」

 まるで注射を嫌がる子供をなだめるようだった。

 ぷすっ! またもやぶっさして注射をする。今度は紫色の毒薬だった。

「ぐ、ぐはぁっ! 痛い! やめろっ! この鬼畜!」

「助けようとしている人間を鬼畜呼ばわりは酷いではありませんか」

 しばらく待つ。

 HPが3000以下になった事をアナライズゴーグルで解析した。

「よし。心変わりの秘薬の発動条件を満たしました。注射します!」

 三本目の注射を行う。

「ぐ、ぐはぁっ! 三本目だとっ! なんと情け容赦のない奴じゃっ!」

 秘薬を注射する。するとバハムートの身体が白い光で満たされていくのを感じた。

 反転結晶による精神支配が解けていったのである。

「ふうっ。なんとかなりましたね」

 エルクは胸をなで下ろした。

「先生!」

 そのうちにリーネ達もやってきた。

「バハムート様は!」

「何とか精神支配を解除できました。あのダークエルフと吸血鬼はどうしたのです?」

「逃げていきました」

「そうですか……」

 差ほど動揺する事もなくエルクは答える。何となく予想がついていたのだ。

「うっ、ううっ。わしは……一体」

「「バハムート様!」」

 精神支配がなくなったバハムートの身体は段々と小さくなっていった。フィアとフィルもまた竜から人の形に戻っていった。

 服までは小さくできないからか、皆全裸であった。そんな事どうでもいいのだろう。特に人であるエルクが見ていようが風呂場でも関心がなかったわけだし。

「バハムート様! ご無事ですか!」

「バハムート様!」

「わしは何をしていたんじゃ……嫌な夢を見ていた気がする。このわしが守るべき国を傷つけていた夢じゃ」

 虚ろな目でバハムートは言う。

「残念ながら夢ではありません。現実です。あなたは魔王の四天王から精神支配を受け、自国を破壊していたのです」

「なんじゃ。そうか、夢ではなかったのか」

 どうせすぐに現実だと理解する話だ。そこを濁したり誤魔化したりする事は優しさではない。ただの逃避だ。エルクはそう考えた。

「ありがとう……あまり理解はしておらぬが、錬金術師殿、確かエルクと言ったか。貴様がわしを正気に戻してくれたのだろう。あのままだったらわしはもっと多くの被害をもたらしていた。貴様のおかげじゃ」

「その言葉をあなたから聞けたのはありがたいことです。私達はやむをえない事とはいえあなたを傷つけてしまいました。申し訳ない気持ちもあるんです」

「気を病む事はない。お主がいなければもっと酷い事になっていたのだからな。なんじゃ……この胸の高鳴りは。こんな高鳴りはこの2000年間、聞いた事がない。ただの人間など、犬同然だと思っていたのに。人間相手にこんな胸の高鳴りを感じたのはあの勇者アレクと会った時以来じゃ……」

 バハムートは顔を赤くした。

「どうかしたのですか?」

 その次の瞬間から、自分の恰好。要するに全裸なのだが。裸の恰好がどうも恥ずかしくなったらしい。

「み、見るなっ! わしの身体を見るでないっ!」

「な、なんでですか? お風呂場では人間など犬みたいなものだから気にもならないっておっしゃていたじゃないですか」

「う、うるさいっ! 気になっている男に肌を見られるのは恥ずかしいに決まっておるだろうがっ!」

「そんな不条理なっ! 散々私はあなたの身体を見てきたんですよ、今更」

「う、うるさいっ! それを言うな! 忘れろ! 今すぐ記憶を忘れ去れっ!」

 バハムートは喚いていた。

「……なんなんでしょうか?」

 リーシアは首を傾げた。

「もしかして先生は竜王様も落としてしまったんでしょうか?」

 リーネは疑問符を浮かべる。

「エルク先生、恐るべし」

 イシスは呟いた。

 こうして竜人の国を襲った一つの騒動は一応の決着を見せたのであった。
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