婚約破棄に全力感謝

第三章

逃亡者は増え続ける ２

 俺────ジェフはフェガロフォス国の兵士の一人である。
 今、俺....いや、俺達は愚王の命令によりコールソン伯爵家捜索のため馬を走らせていた。ちなみにレナード陛下にこのことを伝えに行ったのは俺だ。正直、ノックもせずに入室したときは『あっ、やべ』って真剣に焦った。
 まあ、それはさておき。  
 国王陛下には困ったものだ。国の守りよりも逃亡者の捜索を優先するなんて。
 単細胞で筋肉バカだと言われる俺でもどっちを優先すべきなのか分かるぞ。なのにあの人と来たら....感情的過ぎるんだよ、レナード陛下は。
 大体、どの方向に逃げたかも分からないコールソン伯爵家を追うなんて無謀過ぎるだろ。それにコールソン伯爵家の人間はそれなりに腕が立つ者たちばかりだ。仮に見つかったとしても捕まえられるかどうか....。返り討ちにされる未来しか見えねぇ。
 皆、俺と同じ考えなのか複雑な顔をしている。見つけても地獄。見つけられなくても地獄。
 見つけられずに帰れば、レナード陛下に怒鳴り付けられるのは目に見えている。殺しはしないだろうけど、それなりに痛め付けられるかもしれない。
 嫌だなぁ～。

「このまま逃げちゃいてぇーなぁ」

 という俺の呟きに珍しく仲間が反応した。
 先頭を走っていたジルが徐々に減速し、馬を止める。
 なんだなんだ？どうしたんだ？
 いつもなら俺の一人言なんか耳もかさない奴等が不安と期待が入り交じったような目を俺を見つめる。
 その目だけで何が言いたいのか、今何を思っているのか言葉にしなくてもよく分かった。

「お前らも逃げてぇーのか？」

 俺の問いに仲間たちは躊躇いながらもしっかりと首を縦に振る。
 ただ思ったことを呟いただけで俺にそのつもりはなかった。そう出来たら良いのになぁ、程度。
 だけど、こいつらは本気でそうしたいと願っている。今、覚悟を決めようとしているんだ。
 逃げることは可能だが.....逃げ込める先がない。

「─────逃げよう、皆」

 そうハッキリ言葉にしたのは一応この捜索隊の隊長をしているジルだ。真面目過ぎてたまにうざったいところはあるけど、良い奴である。おまけに人望も厚い。下手したら、あの愚王よりも人望あるんじゃねぇーか？
 ジルの言葉に今度は何の躊躇いもなく皆、首を縦に振る。

「きっと、僕たちが逃げてもレナード陛下のことだからコールソン伯爵家に返り討ちにされた程度にしか思わないと思う。だから、追っ手の心配はいらない。問題はどこに逃げ込むか、なんだけど....僕に一つ考えがある」

「考えって？」

「フェガロフォス国を滅ぼそうとしている国は絶対居る。だから、その国に行ってフェガロフォス国の情報を提供する代わりに僕達の保護を申し出るんだ。僕たちは兵士だから、フェガロフォス国の警備体制にも詳しい」

「そうなると....血の気の多いスターリ国とかか？」

「そうなるね。そこが一番俺達の情報に食い付きが良さそうだ」

 ジルの提案のおかげで光が見えた。
 フェガロフォス国にはもう平民が居ないという情報だけではなく、国の警備体制の情報まで俺達には提供可能。
 まあ、俺達の情報なんてなくてもフェガロフォス国には勝てるだろうが、死傷者を減らすためには情報は多い方がいい。
 幸いスターリ国とフェガロフォス国の肌や髪の色はほとんど一緒だから、きっと簡単に溶け込むことが出来る。
 俺達は互いに顔を見合わせるとニカッと笑い合った。

「よし！皆、覚悟は良いね？」

「「「おうっ！」」」

「では、これより僕たちはフェガロフォス国を捨てて、スターリ国へ向かう！」

 珍しくジルが『行くぞぉぉぉおおお！』と大声を上げると、俺達のテンションは一気に上がり『うおおぉぉぉぉおおお！』と雄叫びをあげた。
 いつもは『大声は疲れるから、出したくない』と澄ました顔で言うくせに。こういうときだけ格好つけて大声あげやがって。
 俺達は再び馬を走らせた。
 皆、もう暗い顔はしていない。どこか吹っ切れたような清々しい顔をしている。  
 俺はチラッとフェガロフォス国がある方向へ目をやった。

「じゃーな、愚かな国王様」

 俺の言葉は空気に溶け込んで、誰の耳にも入ることはなかった。