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第一章
第36話『罪』
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ヘクターが初対面である俺に過去を明かしたのは自分を責めて欲しかったからだ。村外れに位置するここでは兄とたまに帰ってくる両親としか関わりを持てない。つまり、自分を責めてくれる人が居なかったんだ。ヘクターとアンドレアの両親がどんな奴等なのか知らないが、恐らく兄に無茶なお願いをしたヘクターのことを責めなかった。ヘクターには『間違っている』と指摘してくれる人も居なければ叱ってくれる人も居なかったんだ。ヘクターはただ責めて欲しかった····間違っていると指摘して叱って欲しかった。だが、責めてくれる人が近くには居なかった。
だから────────何も知らない初対面の俺にその事を話し、自分を責めてもらおうとしたんだ。兄に一生消えない心の傷と業を背負わせてしまったヘクターは自分なりに凄く苦しんでいた。
弟の夢を代わりに叶えるという具体的な罪の償い方が提示されたアンドレアと違い、弟のヘクターにはどうやって罪を償えば良いのか分からなかった。人生の迷子になったヘクターは迷いに迷った末、初対面である俺に責められることで自分の罪を軽くしようとしたんだ。
罪の償い方が誰かに責められることって····Mかよ。ヘクターはその歳でもう新しい扉を開いちゃった感じか?
目を見開いて固まるヘクターは俺を凝視したまま動かない。
自分の思惑がこんなにもあっさりバレるとは思っていなかったらしい。やっぱ、ヘクターもまだまだ餓鬼だな。落ち着いた雰囲気を持った不思議な奴だが、思考が単純過ぎる。まだまだ青二才の餓鬼だ、こいつは。
「···な、は····音羽お兄さんも僕が悪くないって言うの?」
「──────は?んな訳ないだろ。悪いのはヘクター、お前だ」
「!?」
もちろん、100%ヘクターが悪いって訳じゃない。でも、九割方悪いのはこいつだ。兄であるアンドレアじゃない。
「木登りに誘ったのはアンドレアだが、『登る』って決めたのはお前だろ?自分の決断で木に登って落下して骨折。それで兄に八つ当たり····はっ!自分勝手な餓鬼じゃねぇーか。確かに木登りするに至った原因を作ったのはアンドレアかもしれない。でも、決断したのはお前だ!ヘクター!てめぇの尻はてめぇで拭け!兄貴の優しさにいつまでも甘えてんじゃねぇーよ!青二才の餓鬼がっ!」
「っ~·····!!」
あ、やべっ····!勢いの任せて、色々と言っちまった。『責めない』って最初に宣言してたのに結局ヘクターのこと責めてるし····。
いや、だって····ムカついたもんは仕方ないだろ?ヘクターは結局自分のことしか考えてなかったんだから。アンドレアのことなんか一ミリも考えていない。自己中の餓鬼だ。
あんなにも優しくて責任感の強い兄貴はなかなか居ない。そんな兄を大事にしようとしないヘクターに無性に腹が立ったんだ。
「自分が楽になりたいから、って俺を利用して····恥ずかしいと思わないのか?自分の罪云々の前に兄をどうにかしようとは思わなかったのか?『もう良い』って····『今までごめん』って····何でお前はそれをアンドレアに言ってやれねぇーんだよ!?」
「っ····!!だ、だって····兄さんが鍛冶師の夢に戻ったら、僕···僕っ!」
─────────ほら、結局こいつは自分のことしか考えていない。
でも、ヘクター····お前の気持ちは理解出来なくもない。兄だけ夢を叶えるのが嫌だったんだろ?妬ましかったんだろ?自分はもう夢を追いかけることすら出来ないのに····兄だけ夢を叶えるなんて許せなかったんだろう?
それにもしもアンドレアが鍛冶師になったら、兄は“必要とされる”人間になってしまう。騎士の夢は愚か私生活にも影響がある怪我を負ったヘクターは当然ながら仕事が出来ない。家事だって難しいだろう。出来ることは限られてくる。まあ、一言で言えばヘクターは“必要のない”人間だ。職業が全てのこの世の中でヘクターは必要とされていない。それがどれだけ辛いか····苦しいか····死にたくなるか····。俺は知ってる。身をもって体験したから。
まあ、俺の場合“必要とされない”人間ではなく、“不要な”人間だが····。
“笑顔”という仮面が外れたヘクターの素顔はドロドロで気持ち悪く···汚い感情で塗りたくられていた。これが人間の素顔だ。何もヘクターだけがこういう訳ではない。人間の素顔や中身はどれもぐちゃぐちゃで···ドロドロで···汚い。それが人間だ。だから、何も汚いことを恥じる必要は無い。
「ヘクター····俺はお前ともアンドレアとも初対面だし、お前達の過去や気持ちを完全に理解してやる事は出来ない····つーか、理解なんてしない。したくもない。でもな、これだけは教えてやる───────兄の罪を消さない限り、お前の苦しみも終わらない」
別に『アンドレアを解放してやれ』とか、『アンドレアが可哀想』とか言うつもりはない。それはこいつら兄弟の問題だし、部外者の俺が口を出していいものじゃないからな。だから、アンドレアを解放するようヘクターを説得する気はさらさらなかった。
兄を一生縛り付けるでも良いし、解放して前向きに生きるならそれでも構わない。俺はただの客人で、今晩泊めてもらうだけの仲。この兄弟の問題にあれこれ言える立場じゃない。正直こいつらの好きにすれば良いと思ってるしな。
俺は偉そうな大人みたいに説教垂れる気なんてさらさらないし、偽善者みたいに綺麗事を吹き込む気もない。だが、まあ····心優しいアンドレアには幸せになって欲しいから、一つだけ助言はさせてもらった。ただのお節介に過ぎないが、この助言をどう捉えるかはヘクターの問題だ。俺はこれ以上何か言うつもりは無い。兄弟の問題は自分達で片付けてくれ。
投げやりな言い方だが、初対面の俺が兄弟の問題に過剰干渉しても本人達はウザイだけだろう。だから、俺がこの問題に干渉するのはここまで。あとは自分達で頑張ってくれ。
『ふぅ····』と息を吐き出した俺は中身が半分以上減った水の入ったコップを手に取る。そういやぁ、さっきウリエルが飲んでたな。
なんて思いながら、グビッと一気飲み。
ふぅ~····長く喋ったせいか無性に喉が渇いてたんだ。いやぁ、生き返る。
『·····幼女との間接キスの感想を···』
んなもんねぇーわ!!大体、幼女との間接キスで感想を述べるなんて、気持ち悪いことしたくもない!!
ウリエルと何かアクションがある度に茶々を入れてくるビアンカ。正直うざいし、ストレスが増えるのでやめてほしい。
この天使、有能なのに発言がいちいちウザイんだよなぁ。そこさえ直せば完璧なのに····。
きっと、そう思ったのは俺だけじゃない筈···。
だから────────何も知らない初対面の俺にその事を話し、自分を責めてもらおうとしたんだ。兄に一生消えない心の傷と業を背負わせてしまったヘクターは自分なりに凄く苦しんでいた。
弟の夢を代わりに叶えるという具体的な罪の償い方が提示されたアンドレアと違い、弟のヘクターにはどうやって罪を償えば良いのか分からなかった。人生の迷子になったヘクターは迷いに迷った末、初対面である俺に責められることで自分の罪を軽くしようとしたんだ。
罪の償い方が誰かに責められることって····Mかよ。ヘクターはその歳でもう新しい扉を開いちゃった感じか?
目を見開いて固まるヘクターは俺を凝視したまま動かない。
自分の思惑がこんなにもあっさりバレるとは思っていなかったらしい。やっぱ、ヘクターもまだまだ餓鬼だな。落ち着いた雰囲気を持った不思議な奴だが、思考が単純過ぎる。まだまだ青二才の餓鬼だ、こいつは。
「···な、は····音羽お兄さんも僕が悪くないって言うの?」
「──────は?んな訳ないだろ。悪いのはヘクター、お前だ」
「!?」
もちろん、100%ヘクターが悪いって訳じゃない。でも、九割方悪いのはこいつだ。兄であるアンドレアじゃない。
「木登りに誘ったのはアンドレアだが、『登る』って決めたのはお前だろ?自分の決断で木に登って落下して骨折。それで兄に八つ当たり····はっ!自分勝手な餓鬼じゃねぇーか。確かに木登りするに至った原因を作ったのはアンドレアかもしれない。でも、決断したのはお前だ!ヘクター!てめぇの尻はてめぇで拭け!兄貴の優しさにいつまでも甘えてんじゃねぇーよ!青二才の餓鬼がっ!」
「っ~·····!!」
あ、やべっ····!勢いの任せて、色々と言っちまった。『責めない』って最初に宣言してたのに結局ヘクターのこと責めてるし····。
いや、だって····ムカついたもんは仕方ないだろ?ヘクターは結局自分のことしか考えてなかったんだから。アンドレアのことなんか一ミリも考えていない。自己中の餓鬼だ。
あんなにも優しくて責任感の強い兄貴はなかなか居ない。そんな兄を大事にしようとしないヘクターに無性に腹が立ったんだ。
「自分が楽になりたいから、って俺を利用して····恥ずかしいと思わないのか?自分の罪云々の前に兄をどうにかしようとは思わなかったのか?『もう良い』って····『今までごめん』って····何でお前はそれをアンドレアに言ってやれねぇーんだよ!?」
「っ····!!だ、だって····兄さんが鍛冶師の夢に戻ったら、僕···僕っ!」
─────────ほら、結局こいつは自分のことしか考えていない。
でも、ヘクター····お前の気持ちは理解出来なくもない。兄だけ夢を叶えるのが嫌だったんだろ?妬ましかったんだろ?自分はもう夢を追いかけることすら出来ないのに····兄だけ夢を叶えるなんて許せなかったんだろう?
それにもしもアンドレアが鍛冶師になったら、兄は“必要とされる”人間になってしまう。騎士の夢は愚か私生活にも影響がある怪我を負ったヘクターは当然ながら仕事が出来ない。家事だって難しいだろう。出来ることは限られてくる。まあ、一言で言えばヘクターは“必要のない”人間だ。職業が全てのこの世の中でヘクターは必要とされていない。それがどれだけ辛いか····苦しいか····死にたくなるか····。俺は知ってる。身をもって体験したから。
まあ、俺の場合“必要とされない”人間ではなく、“不要な”人間だが····。
“笑顔”という仮面が外れたヘクターの素顔はドロドロで気持ち悪く···汚い感情で塗りたくられていた。これが人間の素顔だ。何もヘクターだけがこういう訳ではない。人間の素顔や中身はどれもぐちゃぐちゃで···ドロドロで···汚い。それが人間だ。だから、何も汚いことを恥じる必要は無い。
「ヘクター····俺はお前ともアンドレアとも初対面だし、お前達の過去や気持ちを完全に理解してやる事は出来ない····つーか、理解なんてしない。したくもない。でもな、これだけは教えてやる───────兄の罪を消さない限り、お前の苦しみも終わらない」
別に『アンドレアを解放してやれ』とか、『アンドレアが可哀想』とか言うつもりはない。それはこいつら兄弟の問題だし、部外者の俺が口を出していいものじゃないからな。だから、アンドレアを解放するようヘクターを説得する気はさらさらなかった。
兄を一生縛り付けるでも良いし、解放して前向きに生きるならそれでも構わない。俺はただの客人で、今晩泊めてもらうだけの仲。この兄弟の問題にあれこれ言える立場じゃない。正直こいつらの好きにすれば良いと思ってるしな。
俺は偉そうな大人みたいに説教垂れる気なんてさらさらないし、偽善者みたいに綺麗事を吹き込む気もない。だが、まあ····心優しいアンドレアには幸せになって欲しいから、一つだけ助言はさせてもらった。ただのお節介に過ぎないが、この助言をどう捉えるかはヘクターの問題だ。俺はこれ以上何か言うつもりは無い。兄弟の問題は自分達で片付けてくれ。
投げやりな言い方だが、初対面の俺が兄弟の問題に過剰干渉しても本人達はウザイだけだろう。だから、俺がこの問題に干渉するのはここまで。あとは自分達で頑張ってくれ。
『ふぅ····』と息を吐き出した俺は中身が半分以上減った水の入ったコップを手に取る。そういやぁ、さっきウリエルが飲んでたな。
なんて思いながら、グビッと一気飲み。
ふぅ~····長く喋ったせいか無性に喉が渇いてたんだ。いやぁ、生き返る。
『·····幼女との間接キスの感想を···』
んなもんねぇーわ!!大体、幼女との間接キスで感想を述べるなんて、気持ち悪いことしたくもない!!
ウリエルと何かアクションがある度に茶々を入れてくるビアンカ。正直うざいし、ストレスが増えるのでやめてほしい。
この天使、有能なのに発言がいちいちウザイんだよなぁ。そこさえ直せば完璧なのに····。
きっと、そう思ったのは俺だけじゃない筈···。
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