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◇彼の正体と土砂降りの雨⑥
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研修施設で使うと話していたけれど、ハンカチの件があったから少しでも売り上げに貢献しようとしてくれたのだと思う。
「たいしたものじゃありません。アロマキャンドルが入っています」
プレゼントを贈るのは、傘を購入してくれたお礼の意味もあるけれど、違う意味合いのほうが強い。
「たしか今日は……日下さんのお誕生日のはず、ですよね?」
にこりと笑ってそう言うと、彼は鳩が豆鉄砲をくらったように唖然としていた。
「いや、あの……お昼に日下さんが載ってる雑誌を見ていたら、そこにプロフィールが書いてあって。今日が誕生日だって気づいたんです」
あわてて取り繕うように喋ってしまったが、なにもウソは言っていない。
今日の昼休み、萌奈ちゃんが再びその雑誌を開いて私に見せなければ誕生日だとは気づかなかった。
「三十三回目のお誕生日、おめでとうございます」
「……あ、ああ」
「ダイニングテーブルの上に置いておくとお食事のときに華やかになりますよ? 奥様もよろこばれると思います。あ、お子さんの手の届かないところでお願いしますね」
小さな子どもが手を伸ばしてヤケドをしたらいけないので、注意喚起のつもりだったけれど。
日下さんはいつものポーカーフェイスで私の顔を凝視した。なにかまずい発言をしただろうか。
「妻はいるが、子供はいない」
「そうでしたか。失礼いたしました」
誤った情報だと言わんばかりに彼が眉根を寄せたので、私はあわててペコリと頭を下げた。
たしかに萌奈ちゃんとの雑談で、きっと子供もいるのだろうと話していたけれど、それは私たちが勝手に想像していただけだ。
日下さんたちは、まだ子供のいない夫婦らしい。
ということは、今日の誕生日は奥さんとふたりで仲良く過ごすのだろう。
結婚して二年だからまだまだラブラブなのかな、などと考えた途端、なぜか胸にチクリと痛みが走った。
「お子さんがいない夫婦って、ずっと恋人同士みたいで仲睦まじいんでしょうね。いいですね。微笑ましいしうらやましいです」
お店の出入り口までお見送りをして、彼が外に出て行ってしまえばそれで終わり。私たちの接点はなくなる。
というか既婚者と接点があったところで、恋愛に発展するわけではないのだから、私たちはこの先なんの進展も見込めない。
眉目秀麗で立ち振る舞いの素敵な日下さんを生で見るのは、きっとこれが最後になる。
「本気で言ってるのか? 子供のいない夫婦はいつまでも恋人同士みたいに仲睦まじいって?」
彼が口にした言葉は艶もなにもなくて、ひどく冷たい感じがした。
「え……あの……」
「世の中の夫婦がみんなそうだと思っているなら、君は考え違いをしている」
「すみません。私……なにか気を悪くするようなことを言ってしまったみたいで」
なにが悪かったのだろう?
どの言葉が彼の気に障ったのかわからないけれど、彼の機嫌を損ねてしまったことだけはたしかだ。
気さくに話しかける私の接客は、自分では悪くないと思っていた。どちらかといえば上手なほうだと。
過信していたわけではないけれど、これまでほかの方たちには機嫌よく買い物をしてもらっていた。
私が来店客を怒らせたことなんて、今まで一度もないのに。思いあがっていたのだろうか。私はなにをやってるんだ。
「たいしたものじゃありません。アロマキャンドルが入っています」
プレゼントを贈るのは、傘を購入してくれたお礼の意味もあるけれど、違う意味合いのほうが強い。
「たしか今日は……日下さんのお誕生日のはず、ですよね?」
にこりと笑ってそう言うと、彼は鳩が豆鉄砲をくらったように唖然としていた。
「いや、あの……お昼に日下さんが載ってる雑誌を見ていたら、そこにプロフィールが書いてあって。今日が誕生日だって気づいたんです」
あわてて取り繕うように喋ってしまったが、なにもウソは言っていない。
今日の昼休み、萌奈ちゃんが再びその雑誌を開いて私に見せなければ誕生日だとは気づかなかった。
「三十三回目のお誕生日、おめでとうございます」
「……あ、ああ」
「ダイニングテーブルの上に置いておくとお食事のときに華やかになりますよ? 奥様もよろこばれると思います。あ、お子さんの手の届かないところでお願いしますね」
小さな子どもが手を伸ばしてヤケドをしたらいけないので、注意喚起のつもりだったけれど。
日下さんはいつものポーカーフェイスで私の顔を凝視した。なにかまずい発言をしただろうか。
「妻はいるが、子供はいない」
「そうでしたか。失礼いたしました」
誤った情報だと言わんばかりに彼が眉根を寄せたので、私はあわててペコリと頭を下げた。
たしかに萌奈ちゃんとの雑談で、きっと子供もいるのだろうと話していたけれど、それは私たちが勝手に想像していただけだ。
日下さんたちは、まだ子供のいない夫婦らしい。
ということは、今日の誕生日は奥さんとふたりで仲良く過ごすのだろう。
結婚して二年だからまだまだラブラブなのかな、などと考えた途端、なぜか胸にチクリと痛みが走った。
「お子さんがいない夫婦って、ずっと恋人同士みたいで仲睦まじいんでしょうね。いいですね。微笑ましいしうらやましいです」
お店の出入り口までお見送りをして、彼が外に出て行ってしまえばそれで終わり。私たちの接点はなくなる。
というか既婚者と接点があったところで、恋愛に発展するわけではないのだから、私たちはこの先なんの進展も見込めない。
眉目秀麗で立ち振る舞いの素敵な日下さんを生で見るのは、きっとこれが最後になる。
「本気で言ってるのか? 子供のいない夫婦はいつまでも恋人同士みたいに仲睦まじいって?」
彼が口にした言葉は艶もなにもなくて、ひどく冷たい感じがした。
「え……あの……」
「世の中の夫婦がみんなそうだと思っているなら、君は考え違いをしている」
「すみません。私……なにか気を悪くするようなことを言ってしまったみたいで」
なにが悪かったのだろう?
どの言葉が彼の気に障ったのかわからないけれど、彼の機嫌を損ねてしまったことだけはたしかだ。
気さくに話しかける私の接客は、自分では悪くないと思っていた。どちらかといえば上手なほうだと。
過信していたわけではないけれど、これまでほかの方たちには機嫌よく買い物をしてもらっていた。
私が来店客を怒らせたことなんて、今まで一度もないのに。思いあがっていたのだろうか。私はなにをやってるんだ。
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