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349.開きたくない扉

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 予想はしていたことだが、やはり圭子は琴子の一人暮らしに反対したようだ。

 圭子の言い分は、ほのかを琴子に見てもらえることによって自分が働きにいこうと考えていたのに、その琴子が家を出ていくのでは困るということだったが……おそらく、その場凌ぎの出任せだろう。本当にそのつもりでいたのなら、とっくに仕事探しをしていた筈だ。

 そこで、また店の定休日に義昭と類が揃って圭子の家を訪問し、琴子のためにシニア向けマンションでのひとり暮らしに向けて話を進めることとなった。新婚の時でさえ美羽のために有給を使うことなどなかった義昭が、母親のために2週続けて有給を取ることとなったが、美羽にはなんの感情も湧かなかった。

 美羽も誘われたのだが、ちょうど予定があったため断ることができてホッとした。義昭とは元々一緒にいたくなどないし、類ともあれ以来、距離をおいていた。

 類に、動画のことも教団のことも、オカダリョウジのことも……何も聞き出せないまま、日々だけが過ぎている。

 もしも類と一緒に堕ちる覚悟が出来たなら……私は、聞き出すことができるのかな。

 義昭の部屋で見た動画が、壊れたDVDプレイヤーのように繰り返し美羽の脳裏に流される。

 日常の中に、非日常が忍びこんでくる。

 夢にまで、猫型のヴェネチアンマスクにゴシック衣装を纏い、鞭を手にした類が出てきた。

 それを目の前に、戸惑う一方で、妖美で魅力的な彼に……強く惹きつけられた。視線を外せなかった。

 躊躇いもなく鞭を振るう姿に驚愕し、恐怖を覚えるのに、その鞭を入れられるのが自分ではないことに激しい嫉妬を感じた。

 その瞬間、今度は自分が一糸纏わぬ姿で磔にされていた。

 ゾクゾクと背中が震え、血が滾る。恐怖と甘美が混ざり合う狂気の世界に惹き込まれ、呑み込まれていく。

 鞭を振り上げる類を、恍惚と見つめる。

 痛みなど、欲しくない。けれど……類に与えられる痛みなら、快感に書き換えられていく。

 その瞬間を、待ち望んでいる自分がいた。


 すると今度は、自分ではなく、父親が磔にされていた。類に鞭を振るわれ、全身を震わせ、嗚咽を漏らしている。

 途端に、悍ましさが背中を走った。



「お願い、やめてぇぇ!!」



 自らの叫び声で、美羽は目が覚めた。全身が汗塗れで、躰が小刻みに震えていた。

 類の話していた真実が、真逆だとしたら……

 愛する父親を虐待した類を赦せるだろうか。そんな彼を丸ごと受け入れ、愛することができるのだろうか。

 お父さんを類が虐待してただなんて、認めたくない。
 
 もしこれが類によって創り出された虚構の世界だとしても、真実の扉が目の前にあったとしても、美羽にそれを開く勇気がなかった。背を向けて、目を覆ってしまう。
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