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私情とビジネス
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記者会見の翌日には、ツアースタッフとの顔合わせで集まることになった。
秀一はウィーンにいる時から着々と来日ツアーに向けて準備し、スタッフ全員を揃え、ツアー内容や日程等の詳細まで決定していた。
決まっていなかったのは、衣装担当だけ。美姫が衣装デザインを引き受けるものとして、秀一は準備を進めていたのだ。 彼の策略にまんまと嵌められた気がした。
もしかしたら、来栖財閥がスポンサーとなるであろうことも秀一の計算の内に入っていたのかもしれないと思うと、改めて彼の恐ろしさを感じた。
顔合わせには、演出家、舞台監督、プロデューサー、音響担当や美術担当、ヘアメイク担当、ツアーマネージャーやイベンター等、ツアーに関わる主要なメンバーが顔を揃える。衣装デザイン担当の美姫だけでなく、特別協賛企業社長である大和も参加した。
秀一のコンサートに行ったことは何度もあったし、コンサートを準備している様子やリハーサルを見たこともあるので、コンサートに多くの人間が関わっていることは知っている。だが、こうして立ち上げからスタッフの一人として関わるのは初めてなので、今までにない緊張感と高揚を美姫は感じていた。
顔合わせには、秀一の新しいマネージャーも付き添っていた。
「は、は初めまして......く、黒澤です」
「衣装デザインを担当する来栖美姫です。どうぞよろしくお願いします」
挨拶しながら、美姫は溜息を吐きそうになった。
どうして秀一さんは、こういうタイプの人をマネージャーにつけるのだろう。
黒澤はまだ20代で、いかにも気が弱そうな印象だった。秀一が求めているのは優秀で管理能力のあるマネージャーではなく、秀一の指示通りに働き、手足となってくれる下僕なのだ。黒澤もまた、智子のようにいつか心身ともに疲弊してしまうのではないかと、美姫は密かに心配した。
秀一は思い出したように、指を鳴らした。
「そうそう、今日は都合で来られなかったんですが、スペシャルゲストとしてヴァイオリン奏者もツアーに参加してもらうんですよ。顔合わせですので、彼女の代わりにマネージャーの方に来てもらいました」
秀一の説明が終わると同時に扉がノックされ、「失礼します......」と声が掛かった。
「智子さん......」
目を見開く美姫の横で、秀一は艶やかな笑みを浮かべて紹介した。
「ヴァイオリン奏者、青柳えいみさんのマネージャーである上條智子さんです。青柳えいみさんは17歳と高校生でありながら将来を嘱望されている、優秀なヴァイオリニストです。
上條さんはご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、以前は私のマネージャーを務めて下さっていました。優秀な彼女のサポートにより、青柳えいみの名は一層有名になることでしょう」
秀一ににこやかに握手を求められ、智子は明らかに動揺を見せた。今まで、こんな風に扱われたことなどなかったからだ。
「あなたにはマネージャー時代、多大な苦労と迷惑をかけてしまい申し訳なく思っています。これからは新人育成に力を注ぎ、青柳えいみを世界に誇るヴァイオリニストに育てあげて下さい。あなたなら、それが出来ると信じています。
もちろんスペシャルゲストに青柳さんを呼んだのは、彼女の才能を買っているからですが」
秀一の言葉を聞き、智子は人目も憚らず激しくしゃくり上げながら泣いた。
「ッ......ヒグッく、るすさ......も、申し訳......ありッヒ......ませ、で......ウグッ」
秀一は、優雅な仕草で胸ポケットからハンカチを差し出した。
「謝らなければいけないのは、私の方ですよ」
智子は真っ赤な顔でハンカチを受け取り、そっと顔を埋めた。
「ぐる...す、さん......ッグ」
智子の苦労が報われてよかったと思う一方で、彼女に嫉妬する気持ちが美姫の心を支配する。
秀一さんは、もう私の恋人ではないのに。
彼の優しさが他に向けられるのが、こんなにも苦しい。
私だけに向けて欲しいと、願ってしまう。
なんて勝手なんだろう......
美姫は、二人から目を背けた。隣に立つ大和は、そんな彼女の肩をそっと引き寄せた。
秀一はウィーンにいる時から着々と来日ツアーに向けて準備し、スタッフ全員を揃え、ツアー内容や日程等の詳細まで決定していた。
決まっていなかったのは、衣装担当だけ。美姫が衣装デザインを引き受けるものとして、秀一は準備を進めていたのだ。 彼の策略にまんまと嵌められた気がした。
もしかしたら、来栖財閥がスポンサーとなるであろうことも秀一の計算の内に入っていたのかもしれないと思うと、改めて彼の恐ろしさを感じた。
顔合わせには、演出家、舞台監督、プロデューサー、音響担当や美術担当、ヘアメイク担当、ツアーマネージャーやイベンター等、ツアーに関わる主要なメンバーが顔を揃える。衣装デザイン担当の美姫だけでなく、特別協賛企業社長である大和も参加した。
秀一のコンサートに行ったことは何度もあったし、コンサートを準備している様子やリハーサルを見たこともあるので、コンサートに多くの人間が関わっていることは知っている。だが、こうして立ち上げからスタッフの一人として関わるのは初めてなので、今までにない緊張感と高揚を美姫は感じていた。
顔合わせには、秀一の新しいマネージャーも付き添っていた。
「は、は初めまして......く、黒澤です」
「衣装デザインを担当する来栖美姫です。どうぞよろしくお願いします」
挨拶しながら、美姫は溜息を吐きそうになった。
どうして秀一さんは、こういうタイプの人をマネージャーにつけるのだろう。
黒澤はまだ20代で、いかにも気が弱そうな印象だった。秀一が求めているのは優秀で管理能力のあるマネージャーではなく、秀一の指示通りに働き、手足となってくれる下僕なのだ。黒澤もまた、智子のようにいつか心身ともに疲弊してしまうのではないかと、美姫は密かに心配した。
秀一は思い出したように、指を鳴らした。
「そうそう、今日は都合で来られなかったんですが、スペシャルゲストとしてヴァイオリン奏者もツアーに参加してもらうんですよ。顔合わせですので、彼女の代わりにマネージャーの方に来てもらいました」
秀一の説明が終わると同時に扉がノックされ、「失礼します......」と声が掛かった。
「智子さん......」
目を見開く美姫の横で、秀一は艶やかな笑みを浮かべて紹介した。
「ヴァイオリン奏者、青柳えいみさんのマネージャーである上條智子さんです。青柳えいみさんは17歳と高校生でありながら将来を嘱望されている、優秀なヴァイオリニストです。
上條さんはご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、以前は私のマネージャーを務めて下さっていました。優秀な彼女のサポートにより、青柳えいみの名は一層有名になることでしょう」
秀一ににこやかに握手を求められ、智子は明らかに動揺を見せた。今まで、こんな風に扱われたことなどなかったからだ。
「あなたにはマネージャー時代、多大な苦労と迷惑をかけてしまい申し訳なく思っています。これからは新人育成に力を注ぎ、青柳えいみを世界に誇るヴァイオリニストに育てあげて下さい。あなたなら、それが出来ると信じています。
もちろんスペシャルゲストに青柳さんを呼んだのは、彼女の才能を買っているからですが」
秀一の言葉を聞き、智子は人目も憚らず激しくしゃくり上げながら泣いた。
「ッ......ヒグッく、るすさ......も、申し訳......ありッヒ......ませ、で......ウグッ」
秀一は、優雅な仕草で胸ポケットからハンカチを差し出した。
「謝らなければいけないのは、私の方ですよ」
智子は真っ赤な顔でハンカチを受け取り、そっと顔を埋めた。
「ぐる...す、さん......ッグ」
智子の苦労が報われてよかったと思う一方で、彼女に嫉妬する気持ちが美姫の心を支配する。
秀一さんは、もう私の恋人ではないのに。
彼の優しさが他に向けられるのが、こんなにも苦しい。
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なんて勝手なんだろう......
美姫は、二人から目を背けた。隣に立つ大和は、そんな彼女の肩をそっと引き寄せた。
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