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4日目つづき
雨具の値段
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――バルトさんが用意してくれた子供用の雨具は、薄めの深緑色に……ちょっと灰色が混ざった感じの色をしていた。何色と言えばいいのか知識が無くてわからないが、保護色というか迷彩色っていう感じで、草木が茂っている森のような場では目立たない色だと思う。冒険者が好みそうだ。
頭からすっぽりかぶり、袖に手を通して首元の紐で調整するものだったから、簡単に脱ぎ着ができる。
丈はひざ下まであり、フードを被れば〝てるてる坊主〟のようだった。
バルトさんは「似合っている」と言ってくれたけれど、笑いを堪えているように見えるのは〝てるてる坊主〟姿が笑えるからなのかも……
いろいろな動作を試してみて、軽くて動きやすいことがわかった。
フードのせいで音が聞こえにくく視界が狭くなるから、人や物にぶつからないように注意が必要だけれど、しっかり水を弾いているうえに通気性もあるようで、蒸れて肌に張り付く感じがしないのには驚いた。
いったいどういった素材でできているのか。
色の感じから植物のように見えるけれど、そんな都合の良い効果を持つ植物があるとは思えない。
この世界なら、魔法による特殊な加工がされていると言われた方が納得がいくかも……などと適当なことを思いながら、未知なる布地の存在にワクワクしていた。
こんな快適な雨具があれば、雨の日も楽しいだろう。
わざと水たまりを選んで歩いていた子供の頃を思い出し頬が緩んだ。後は長靴があれば完璧かな。
見た目が〝てるてる坊主〟なことなど忘れ、浮かれた気分になる。
「あっ、雨が強くなってきましたよ。バルトさんも早く雨具を用意しないと濡れちゃいますっ」
「おお、そうだな」
返事はしたものの、笑顔を浮かべたまま急ぐ様子のないバルトさんに慌てた。
もたもたしてるから、どんどん濡れてしまっている。
少しでも雨がしのげるように、近くの大きな木の下にバルトさんの背を押し移動させ、雨具を出すように急かす。
――バルトさんが取り出した雨具は、私のようにすっぽりかぶるタイプではなかった。
大きな〝てるてる坊主〟が見られるかと期待していたので、ちょっと残念。
着方が複雑で面倒そうだが、冒険者使用なのだろう。激しく動いても大丈夫なように工夫されているのがわかる。
バルトさんと同じような雨具を身に付けている大人を見かけた。
この世界では、これが一般的な雨の日の装いなのだろうか?
街の中なら傘があると便利だと思うのだが……傘をさしている人はいないようだ。
だんだんと強くなる雨の中、いつもと違う街並みを眺めながらバルトさんの隣を歩く。
ふと、バルトさんの雨具に目が留まる。
パラパラと雨を弾く私が着ている雨具と違い、バルトさんの雨具は雨を吸収し色を変えているように見えた。
……あれ?
真剣な表情で、自分とバルトさんの雨具に触れる雨の様子を見比べていると「どうした?」と、不思議そうな顔をしたバルトさんに声をかけられる。
「バルトさんの雨具と僕の雨具……素材が違うのですか?」
気になっていたことを尋ねると、バルトさんも雨具を見比べ納得したように頷いた。
「……ああ、うん。素材も違うが俺のはかなり使い込んでいるからな。多少は劣化しているんだろう。少し湿ってくるが長時間じゃなきゃ問題ないぞ」
なんでもないことのように笑って答えるバルトさんに、口がポカンと開いてしまう。
え⁈ ……それって、長時間の使用で服が濡れてしまうってことでは?
バルトさんが自分の身なりに頓着しない性格なのは知っていたけれど、機能が低下した雨具を新調しないでいるのには違和感を覚えた。眉間に皺が寄るのがわかる。
「もしかして……この雨具、凄く高価なのですか?」
バルトさんの様子から、あまりにも着心地が良い雨具の値段が気になり尋ねた。
急に自分が着ている雨具が不釣り合いに思えて落ち着かなくなる。
「いや……そうだな。それほど安くはなかったかもしれねえが……手が出ねえほどの物じゃあねえぞ」
「じゃあ、僕の手持ちのお金でも買えますか?」
「……も、もちろん買えるぞ。買えると思うが……そう何着も必要になるもんじゃねえから、サイズが合わなくなるまでそれを使ってくれよな」
なんとなく歯切れが悪いバルトさんに「もちろんです」と返し顔を覗き込むと、どこか居心地が悪そうに目を逸らされてしまった。
やっぱり、かなり高価な物だったに違いない。
――それから私は、バルトさんに雨具を売っていた店をそれとなく尋ね、帰り道にあると言うその店を教えてくれるように頼んだ。
私はその店で、多少強引になってもバルトさん用の新しい雨具を手に入れることを決意する。
明後日には魔物の討伐に向かうバルトさんにこそ、雨から身体を守る着心地の良い雨具が必要なはずだ。私の心の安定のためにも、雨具を含め万全な状態で挑んでもらいたい。
それに雨具をプレゼントできれば、これまでのお礼にもなってちょうどいい。
驚くバルトさんの顔を思い浮かべ、頬を緩ませた。
♢
手元には、手を付けていない小金貨が1枚(10万ルド)ある。確か10万円相当の価値があったと思う。
雨具がそこまで値の張る物だとは想像しづらいから、大丈夫だと思うが、バルトさんの動揺ぶりから少し不安になった。
もしかしたら、手持ちのお金で買えないかもしれない。
そのときは諦めて後日必要な金額をそろえて買いに行くか、バルトさんに一時的に足りない分を補足してもらうか、雨具のランクを下げるかするしかないだろう。ただ最後の案は私的には選びたくない。
お世話になっているバルトさんには、自分が貰った雨具と同等以上の物をプレゼントしたいと思うから。
後、これは決定事項なのだが、もし成長期の子供に10万円もするような雨具を買ったのだとしたら、バルトさんを思いっきり叱るつもりでいる。
甘やかすのも大概にしてもらわないと。私は拳をグッと握り気合をいれた。
雨水を吸いどんどん重くなっているだろう雨具を気にせず、上機嫌な様子のバルトさんの横顔を困ったように眺め、私は苦笑まじりに息を吐いていた。
頭からすっぽりかぶり、袖に手を通して首元の紐で調整するものだったから、簡単に脱ぎ着ができる。
丈はひざ下まであり、フードを被れば〝てるてる坊主〟のようだった。
バルトさんは「似合っている」と言ってくれたけれど、笑いを堪えているように見えるのは〝てるてる坊主〟姿が笑えるからなのかも……
いろいろな動作を試してみて、軽くて動きやすいことがわかった。
フードのせいで音が聞こえにくく視界が狭くなるから、人や物にぶつからないように注意が必要だけれど、しっかり水を弾いているうえに通気性もあるようで、蒸れて肌に張り付く感じがしないのには驚いた。
いったいどういった素材でできているのか。
色の感じから植物のように見えるけれど、そんな都合の良い効果を持つ植物があるとは思えない。
この世界なら、魔法による特殊な加工がされていると言われた方が納得がいくかも……などと適当なことを思いながら、未知なる布地の存在にワクワクしていた。
こんな快適な雨具があれば、雨の日も楽しいだろう。
わざと水たまりを選んで歩いていた子供の頃を思い出し頬が緩んだ。後は長靴があれば完璧かな。
見た目が〝てるてる坊主〟なことなど忘れ、浮かれた気分になる。
「あっ、雨が強くなってきましたよ。バルトさんも早く雨具を用意しないと濡れちゃいますっ」
「おお、そうだな」
返事はしたものの、笑顔を浮かべたまま急ぐ様子のないバルトさんに慌てた。
もたもたしてるから、どんどん濡れてしまっている。
少しでも雨がしのげるように、近くの大きな木の下にバルトさんの背を押し移動させ、雨具を出すように急かす。
――バルトさんが取り出した雨具は、私のようにすっぽりかぶるタイプではなかった。
大きな〝てるてる坊主〟が見られるかと期待していたので、ちょっと残念。
着方が複雑で面倒そうだが、冒険者使用なのだろう。激しく動いても大丈夫なように工夫されているのがわかる。
バルトさんと同じような雨具を身に付けている大人を見かけた。
この世界では、これが一般的な雨の日の装いなのだろうか?
街の中なら傘があると便利だと思うのだが……傘をさしている人はいないようだ。
だんだんと強くなる雨の中、いつもと違う街並みを眺めながらバルトさんの隣を歩く。
ふと、バルトさんの雨具に目が留まる。
パラパラと雨を弾く私が着ている雨具と違い、バルトさんの雨具は雨を吸収し色を変えているように見えた。
……あれ?
真剣な表情で、自分とバルトさんの雨具に触れる雨の様子を見比べていると「どうした?」と、不思議そうな顔をしたバルトさんに声をかけられる。
「バルトさんの雨具と僕の雨具……素材が違うのですか?」
気になっていたことを尋ねると、バルトさんも雨具を見比べ納得したように頷いた。
「……ああ、うん。素材も違うが俺のはかなり使い込んでいるからな。多少は劣化しているんだろう。少し湿ってくるが長時間じゃなきゃ問題ないぞ」
なんでもないことのように笑って答えるバルトさんに、口がポカンと開いてしまう。
え⁈ ……それって、長時間の使用で服が濡れてしまうってことでは?
バルトさんが自分の身なりに頓着しない性格なのは知っていたけれど、機能が低下した雨具を新調しないでいるのには違和感を覚えた。眉間に皺が寄るのがわかる。
「もしかして……この雨具、凄く高価なのですか?」
バルトさんの様子から、あまりにも着心地が良い雨具の値段が気になり尋ねた。
急に自分が着ている雨具が不釣り合いに思えて落ち着かなくなる。
「いや……そうだな。それほど安くはなかったかもしれねえが……手が出ねえほどの物じゃあねえぞ」
「じゃあ、僕の手持ちのお金でも買えますか?」
「……も、もちろん買えるぞ。買えると思うが……そう何着も必要になるもんじゃねえから、サイズが合わなくなるまでそれを使ってくれよな」
なんとなく歯切れが悪いバルトさんに「もちろんです」と返し顔を覗き込むと、どこか居心地が悪そうに目を逸らされてしまった。
やっぱり、かなり高価な物だったに違いない。
――それから私は、バルトさんに雨具を売っていた店をそれとなく尋ね、帰り道にあると言うその店を教えてくれるように頼んだ。
私はその店で、多少強引になってもバルトさん用の新しい雨具を手に入れることを決意する。
明後日には魔物の討伐に向かうバルトさんにこそ、雨から身体を守る着心地の良い雨具が必要なはずだ。私の心の安定のためにも、雨具を含め万全な状態で挑んでもらいたい。
それに雨具をプレゼントできれば、これまでのお礼にもなってちょうどいい。
驚くバルトさんの顔を思い浮かべ、頬を緩ませた。
♢
手元には、手を付けていない小金貨が1枚(10万ルド)ある。確か10万円相当の価値があったと思う。
雨具がそこまで値の張る物だとは想像しづらいから、大丈夫だと思うが、バルトさんの動揺ぶりから少し不安になった。
もしかしたら、手持ちのお金で買えないかもしれない。
そのときは諦めて後日必要な金額をそろえて買いに行くか、バルトさんに一時的に足りない分を補足してもらうか、雨具のランクを下げるかするしかないだろう。ただ最後の案は私的には選びたくない。
お世話になっているバルトさんには、自分が貰った雨具と同等以上の物をプレゼントしたいと思うから。
後、これは決定事項なのだが、もし成長期の子供に10万円もするような雨具を買ったのだとしたら、バルトさんを思いっきり叱るつもりでいる。
甘やかすのも大概にしてもらわないと。私は拳をグッと握り気合をいれた。
雨水を吸いどんどん重くなっているだろう雨具を気にせず、上機嫌な様子のバルトさんの横顔を困ったように眺め、私は苦笑まじりに息を吐いていた。
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