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しおりを挟む_昔昔の更に昔。人々が忘れ去った時代には妖精は妖(あやかし)と呼ばれ忌避される存在だった。
その妖の中でも上位種である未来を管理する妖は絶望の未来が待っている者の夢にしか現れない。
七色の羽を持ち美しい姿をした、絶望を連れてくる妖。
その日私は夢の中で夢妖精のアルリと出会った。
夢妖精は妖精の中でも希少な上位種。
虹色の羽を持つ、美しい顔をした小人さんがそこにはいた。
下位の妖精は人型では無く小さな光の毛玉の様な姿だが、上位の妖精は人型で話も出来るのだとか。
夢妖精に出会うとその人はたくさんの夢を通じてこれから起こりうる未来や人が忘れてしまった大切な出来事、自分の知らない様々な出来事を夢として見ることが出来る。
『僕ユリアが気に入ったの!君は何を見たい?未来?過去?現在?どれがいい?君は変わった未来を持ってるから、僕としては未来がオススメだよ?』
『…か、可愛い!ええ、未来が良いわ。お願いできる?』
そう言ってふよふよと肩に乗った夢妖精のアルリと言葉を交わしたユリアは大はしゃぎした。
さっそくユリアは自らの未来を夢妖精の能力で覗き見る。
メルヘンな夢の世界。虹が掛かり星が流れ世界を一瞬で移動することが出来る。
『…君の未来はやっぱり変わってるね』
眼下に広がる夢の世界を見下ろして言ったアルリの言葉の意味がわらかずユリアは首を傾げた。
「変わってる?」
『悪意ある魂が二つ。本来悪意ある魂なんて数世紀に一つ現れる位なのに。その悪意ある魂を持つ人物達、そいつらが邪魔して君の未来は歪に歪んだ物になっているんだよ』
「…よくわかんないけど、どういう未来なの?」
アルリが言うには人には未知数の未来があり、可能性も未知数だ。どの未来を進むかは自分の選択次第。進む道にある無数の小さな未来へ繋がっている欠片を拾い掴み取りたい未来を自分で引き寄せて居るのだと。
しかしユリアの未来は無数には存在し無かった。
アルリが覗いたいくつかの未来で一番可能性の高い未来が幾つかあるが大きく分けて二つ通りに分類されてしまう。どんな選択をしてもユリアの未来は二つの歪んだ未来に繋がっていた。
アルリがユリアの未来を覗いた時に見つけた歪な存在。
それが悪意ある魂。
その悪意ある魂が宿った人物からの妨害を回避すればユリアにはちゃんと未知数の未来が存在する事に気付いたと言う。
「妨害?私の未来はどうなってるの?」
アルリは得意げに足を組み『それはね?』と説明した。
悪意ある魂の一つがこれからユリアが出会う男爵令嬢アリサの魂なのだとか。
彼女の持つ魅了の力によってユリアは婚約者を奪われる事。
しかしそれについてはユリアの周囲全てに魅了の耐性を付加すればいいから心配無いそうだが。
…ちょっと待って欲しい。
私にそんな力はありませんが?
『大丈夫、僕が妖精のギフトでユリアに授けるから!』
「そんな事ができるの!?」
ユリアは無邪気にはしゃいだ。
『僕達妖精は気に入った人にはギフトを授ける事にしているんだ!ユリアの前に授けたのはユリアの国のショダーい、こくおーうって人』
え?それって、大魔法使いと呼ばれた初代国王陛下…いやいや、まさかね
『ユリアには未来の管理人として妖精の力をたくさんギフトとして授けるから、頑張ってね!』
ん?
「え?何?未来の管理人って」
『…あ』
アルリは肩から宙にクルリと一回りすると誤魔化す様ににっこりと笑った。
ユリアは不思議と先程の疑問を忘れ「そう言えば悪意ある魂って言うのはなぁに?」と言って眼下に広がる世界を見つめる。
『悪意をどんどん溜めこんでしまった魂の事。悪意ある魂を持つ者は闇の力を使える様になるんだ。人の苦しみや悲しみの感情を好む忌まわしき害虫だよ。』
アルリがほら、この子がそうだよ。と指を指した。
アルリの示す先には美しい令嬢が居た。
男爵家の令嬢の名はアリサと言うらしい。
アリサは必ずユリアの婚約者を好きになってしまう。
婚約者の名前はそれぞれの未来で違うのに、なんの恨みがあるのか必ずユリアの婚約者になった王子にアリサは魅了の力を使い恋人になる。
ユリアが傷ついた顔をするとアリサは目を輝かせ喜ぶ。その興奮した顔は気味が悪い程目がギラついている。
アリサは闇の力を宿した魅了の瞳で人々を操り魅入られた男達を侍らせていく。その異常性に気付く者は誰もいない。
『もう一人の悪意ある魂の持ち主はこの子だよ。』
「……嘘っ、本当に!?」
アリサとは対象的なもう一人の悪意ある魂の宿主はユリアの友人としてユリアの側に居た。
穏やかな顔をしてユリアを元気づけている、ユリアが良く知る人物だった。
「……ねぇ?アルリ、これ、本当に?本当に、彼女が悪意ある魂の宿主なの?」
彼女は友人の中でも優しく美しい令嬢だった。そんな彼女が悪意ある魂の持ち主だなんて、ユリアにはにわかに信じられない。
しかし彼女は優しい笑顔の下でユリアの多少でしかない美貌をなぜか羨み、同じ家格の娘同士なのになぜユリアばかりが、と憤っている。彼女の心から零れ落ちる怨嗟の言葉は全てユリアへの憎しみに満ちていた。
次第に悪意を身に潜め、闇の力を発現させる。彼女はその力を使い様々な悪事を繰り返し憂さを晴らす様になって行った。
ユリアは下に広がる出来事を呆然と見下ろしていた。
彼女は異常だった。ユリアには理解出来ない彼女の琴線は全てユリアのよろこひやユリアの幸せだった。なぜそこまで私は嫌われているのだろうか。そう思ったが、嫌っている訳では無いのだ。ただ理不尽を感じる対象をユリアに固定してある。そんな感じだった。ユリアが不幸せになればなるほど彼女はユリアを心から哀れみ、自らの幸せを噛み締めていた。
そんな時ユリアが少しのモテ期を味わってしまった。憎しみが増していく。
ユリアが王子に求婚された瞬間に彼女の琴線が焼ききれた。
ユリアは彼女の様々な罪を擦り付けられ無実の罪で断罪され婚約破棄された。
その後は国外追放。
アルリの話によれば、少し違う未来では死刑になっていたそうだ。
国外追放となった今回は隣国にある死の森と呼ばれる深い森の中に捨てられている。震えて呆然と涙を流す自分を見下ろしていたユリアは体が震えて息が上手く吸えなくなっていた。
こんなの間違ってる。私はなんにもしてないじゃない!そう心が叫ぶが、実際にこの未来が待ち受けていたとして、私に逃れる事が出来るだろうか?さっき見た未来に抜け道があっただろうか?
目まぐるしく考えたが答えは否だった。どう考えても私の未来に光なんて見当たらない。
『今のはギルバート王子が婚約者になった場合、なんだ。』
ギルバート王子が婚約者になると隣国の森に捨てられる。
しかし稀に悪意ある魂の持ち主である友人によって秘密裏にハゲデブ親父の元に売られる場合もあるらしい。
こちらはギルバート王子の未来にだけある様だ。友人がギルバート王子を好きだった為そうなったとアルリは話しているがユリアは嫌な音を鳴らす心臓を摩る事に意識を持って行かれ曖昧に頷くのみだった。
『…まぁ、こんな未来見せられたらそうなるよね?でも、この未来が見せられるのは一人につき、1回だけ。今日を逃しちゃダメなんだ。』とアルリは小さく呟き優しい声で先を続けた。
ユリアの未来は奇妙な事にアルリが軌道修正の魔法を使って様々な邪魔をしたのになぜか決まってこの二つの出来事を引き寄せてしまう。
だからユリア、君は自分の手で未来を切り開かなくちゃならない。
邪魔者なんて容赦なく排除するんだよ?
君にはその力を授けるから。頑張ってね!
ユリアの脳裏に様々なまだ見ぬ未来が走馬灯のように駆け巡る。
え?待って待って!
なぜそんな未来しかないの!?
私はガバッと毛布を蹴飛ばし飛び起きた。
はぁはぁと荒い息をついて周囲を見渡す。
広い室内には猫脚のチェストやソファー、テーブルがあり壁紙は薄いピンクにユニコーンや虹といった美しい聖地の風景。
悪夢を見たわ。
あれは、悪夢?
夢妖精にあったなんて、しかも未来があんな悲惨なものだなんて…
でも夢妖精が見せる未来は変えることのできる未来だと聞いた。
私に最悪のあの未来を変えられるの?本当に?
何らかの力を授けるって言ってたけど何か変わったようには感じない。
そろりとベッドから下りユリアは椅子にかかっていたストールを羽織ると窓辺に向かった。
カチャリと扉を開いてバルコニーへ出ると清々しい青空の下、既に朝から継母の金切り声が響いている。紛れも無い現実を感じてほっと息を吐く。
継母の金切り声で少し冷静さが戻ってきた様だ。
継母の名はレイチェル。継母の連れ子の名はミシェル姫。継母は元国王陛下の愛妾でミシェル姫は数年前までは王女様だった。
え?今?今は虚偽の罪で城から追い出された元愛妾と実は血の繋がりはなかった元王女様。
王妃様に真実を話してくれるなら王家を国を謀った罪で死刑にはしないと約束した陛下は何を血迷ったのかレイチェル様を我が家に寄越しやがった。
我が家は侯爵家でレイチェル様の監視役を押し付けられ元王女様もどうやら一緒に押し付けられてしまった様です。
有能な側近だった父は妻を亡くして国を出たいと言い出し現在は隣国に滞在している。
月に一度は移転魔法のゲートを使い帰って来てくれるのだが、ここ最近はゲートの使用も躊躇う逃げ回りっぷりである。
なんとか私を連れて隣国に行こうと画策するのだけど私は今は亡き母から公爵家の継承権を継いでいるからなかなか国外には出られないらしい。
母が生きていればもう一人子を作りどちらかに公爵家、どちらかに侯爵家を継がせる計画だったそうだ。
幸い祖父母はまだまだ元気なので今後は未来の私の子供に跡を継いで貰う予定らしい。
現在、一応名目としては隣国に親善使節団の代表として滞在中の父である。
下賜されて以来父は一度もレイチェル様とお会いしたことがない。
その為、美丈夫と有名な父の妻になれたと浮かれていたレイチェル様は物凄くご機嫌斜めだ。
ミシェル姫に至っては、どうやら自分の本当の父は私の父だと思っているらしく一言文句を言ってやる!と意気込んでいる。
私の容姿は銀に近い金髪に赤紫色の瞳で父とは似ていない。亡き母にそっくりなのだ。母は私が5つの頃病気で亡くなった。
私の記憶している限り母は大変健康的だった。だから私は未だに本当に母が病気で亡くなったのか疑問に思っている。
でも、これを父に聞く勇気は持ち合わせてない。何度か父に聞いたのだが父は口を開こうとはしなかった。
あれ以来父は母の事に触れると途端に絶望と悲しみに沈んでしまうのだ。そうなるともう父には聞けない。だから、私は母から継いだ母の密偵達を使い秘密裏に探らせている。
父は真紅の赤い髪に紫の瞳の美丈夫だ。三十路ではあるが十代後半か二十代前半にしか見えない。そんな父は大変よくモテる。おかげでいきなり押しかけ女房よろしくどこぞの未亡人が押しかけてきたり父の昔の彼女だと言い張る不法侵入者が現れたり…
レイチェル様はそんな父に昔から好意を持っていたそうで。この度王宮を追放処分にされ、図々しくも父の後妻になるとの交換条件で様々な事を話したそうだ。
父は未だにレイチェル様を妻と認めていないと分かる拒絶の態度を貫いている。このまま父がレイチェル様と同じ寝所で一晩すら過ごさないままだとレイチェル様は事実上、妻では無く客人になり、そのうち屋敷から追い出されるのではないかと噂されている。そうなれば父は後妻を迎えた事実とレイチェル様には無関心だった事実によって後釜を狙った女豹達に集られ強引な肉食系のお姉様方に迫られるのでは無いだろうか?なんて思っていたりする。それならレイチェル様にこのまま居座って貰った方が良いのでは?なんて考えていたりもする。だってレイチェル様はそこまで嫌なオーラを感じないのだ。けれど父は無関心。
おかげで使用人達は皆レイチェル様の存在を扱いかねている。
国王陛下の愛人だった時代の横暴さが抜けないままなのでお父様がレイチェル様が嫁いで半年の間一度も帰国は疎か手紙すら無い事に彼女も焦りだしているのだ。
その為、毎日ああやって朝から大騒ぎして憂さを晴らしている。
見ていて時々空回りする様が面白いし可愛らしい存在だが、同時に大変騒々しい存在でもある。
更に…
コンコンとノックの後答える間もなくバン!と扉が開いた。
「ユリア!ねぇ、聞いてよ!」
「ミシェル姫……ノックの後は一応、イチオウ!相手からの返答を待ちましょうよ…」
私はバルコニーから室内に戻るとドアを開け入ってきた美少女を見やる。
「もう!細かいわね!そんな事より!大変、大変なのよ!」
「…どうなさったんですか?」
ミシェル姫は今年で10歳。ぷにぷにのほっぺと小さな顔、零れそうなほど大きな瞳で幼さの残る愛らしさとあどけなさがある天使の様な顔をしたお子様だ。
淡い緑の髪にチャコールグレーの瞳。小さな鼻と大きな瞳。
うん、天使ミシェル今日も可愛いですね。フリフりのドレスで今日のミシェルは森の妖精さんみたいだ。
「今度のお茶会に来て行くドレスを仕立てようとしたのに、どのお店もわたくしのドレスは作れないって言うのよ!」
ミシェル姫は泣きべそをかきながらズカズカとベッド付近まで来て地団駄を踏んだ。
ミシェル姫は短気だ。天使の見た目に騙された当初はミシェル姫が求めるがままにドレスを仕立てていた。しかしはたと気づいた。ミシェル姫はまだデビュー前の令嬢だ。イコール、昼に行われる茶会に必ずしも出る必要は無いのだ。
無駄遣いダメ絶対!!再教育をしなければ。
「ミシェル姫…いえ、ミシェル、良いですか?私も貴方もまだ未成年者です。通常の普段使いが出来るドレスならまだしも社交の場に相応しいドレスを仕立てるには、許可が必要です。家長であるお父様からの許可を貰い、初めて仕立て屋を呼び、仕立てて頂くのですよ。そして、我が家では年間に仕立てても良い枚数がそれぞれ決まっています。ミシェルのドレスは既にその枚数を超えているので許可が降りないのですよ。」
私の言葉にミシェルは盛大に顔を歪め鼻をふくらませた。
「い、や!嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!イーヤー!やだやだやだ!」
ついにミシェルは絨毯の上を転げ回り大絶叫する。
嗚呼、今日も私の耳は瀕死の状態です。
応援ありがとうございます!
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