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3日目

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 朝靄の中、ヒルダは目を覚ました。

「……私は、こんなところで何をやって……?」

 確か――

(聖剣に選ばれて、魔王を倒しに山を登って……)

 そうして、魔王を討伐した……はずだ。
 気づけば、後生大事に持っていた聖剣もない。

(失くしたといって、国王様から怒られやしないだろうか?)

 どうして、こんな山の中に、私は一人ぼっちで過ごしているのだろう?
 誰か一緒だった気がするのに……

(何だろう、頭に靄がかかったみたいで思い出せない……)

 それよりも――

「なぜだ……!?」

 自分自身が何も纏っていないことに気付いた。


「服はどうしたんだ?」


 混乱したまま、視線をさ迷わせる。
 キョロキョロしていたら、アサガオの大群の中、衣服が散らばっていることに気付いた。

「良かった……!」

 慌てて衣服を拾った。

「おそらく魔王は征伐したはずで……なのに、どうしてこんなところに一人で……?」

 大量の酒でも飲んでいたのかと言わんばかりに、記憶がない。
 魔王を討伐した反動なのだろうか?

「困ったな……ひとまず下山するか……」

 その時、視界の端で金が煌めく。

「何だ……?」

 裸のヒルダは四つん這いになったまま、そろりとそちらを覗き込んだ。
 湖の岸辺に落ちて光っていたのは、一振りの剣。

「これは、私の愛剣、初めての給料で購入したもの……どうして折れているんだ!?」

 魔王との戦いで使ったのは、聖剣ではなかったか――?

 状況の不可解さに戸惑ってしまう。

 その時、湖面に自分の姿が映った。
 なぜか、そこにいる自分の髪は漆黒に染まっていた。
 慌てて、汗で肌に張り付いている自身の髪を手に取る。
 ちゃんと金色をしていた。

「良かった、見間違いか……」

 その時――


『ヒルダ』


 男性の、慈しむような声が聴こえてきた気がした。
 ドクンと心臓が大きく跳ねる。

 なぜだろうか、忘れてしまったけれど、忘れてはいけないような――

 湖面の向こう、おぼろげな記憶が像を結ぶ。

 ずっとずっと昔、この場所で一緒に遊んだ美少年。

 再会してから一緒に騎士として高め合って――

 聖女に選ばれた時も護衛騎士としてついてきてくれて――

 遥か彼方の記憶が閃いては消える。




「ジーク……フリート……?」


 なぜだか、その剣の名前が浮かんできた。


 ヒルダの瞳から涙が溢れてくる。



 そうして、狭間の世界で繰り返される時間を、千年近く共に過ごした。

 気づけば、魔王を倒して、一人で消滅しようとしたヒルダを救うために、自分自身が聖剣になって――

 蓄えた力の全てをヒルダに託して、そうして――



「私に全ての力を注ぎ込んで、消えたのか……」



 ヒルダは唸る。


「私の願いは、普通の女性のように生きることだ……!」


 朝露で濡れたつゆ草を掴んだ。
 爪の間に土が入りこんで、草から落ちた露が、指先を濡らす。

「だけど、聖剣が体に溶け込んでいるなんて……普通の女性とは程遠いじゃないか!」

 涙が溢れて止まらない。

「だから……ちゃんと、そばにいて守って、私をちゃんと普通の女の子にしてくれ!!」

 だけど――

 シンと静まり返った湖には、自分自身の声が反響するだけだった。

 白い靄がかかるたびに、せっかく思い出したはずの記憶が、浮かんでは消える。

「忘れたくないのに、忘れたら……」

 その時――



『それがヒルダの願いなの?』



 ――聞き覚えのある声。

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