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3日目

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 そうして、相手が不敵に微笑んだ。

「まあ、せっかくの幸運だ。君を普通の女性にするために、気を取り直すとしよう」

「なんだか嫌な言い回しだな」

「言い方が悪かった。これから先、君の願い通り、ずっと一緒だよ、ヒルダ」

 そうして――
 ジークフリートの麗しい顔が、ヒルダに近づいてくる。
 唇が重なる。
 長い長い口づけを交わした後、そっと離れた。

「そういえばさ……」

 ジークフリートの視線が、ヒルダの身体に向いている。

「ヒルダ、すごく刺激的な恰好をしてるね、気付いている?」

「あ……」

 こんな時に軽口を叩かれてしまい、ヒルダに羞恥が走る。

(そういえば、あのおかしな世界を逃げ出すまでに、私たちは何度も……)

 気が遠くなるほど愛された記憶がまざまざと蘇ってきて、火が吹くように顔が火照っていく。
 あげくの果てに、相手の逞しい胸板と腹筋とが目に入ってしまい、鼓動が落ち着かなくなってしまった。
 絡めあった指先をゆっくり解くと、ジークフリートの長い指が、そっとヒルダの鎖骨をなぞる。

「あっ……」

「せっかく俺たち二人とも裸なんだ……ねえ、今から、さっきの続きをしようか? しっかり可愛がってあげるよ」

 ちゃんとした現実世界に戻ってきたというのに、こんな湖で行為に及びでもしたら、誰かに見つかってしまうかもしれない。

「じ、ジーク、私は、性格は元の真面目な方が好みで……正直チャラいのはちょっと……」

 そういえば――
 どうして、あんなに真面目だったジークフリートが、最後に過ごした時間、あんなにふざけた人物になっていたのだろうか――?

「あれ? もう忘れちゃったの?」

「ヒルダがさ、途中から『三日間、ワンパターンで飽きてきたな』って言ったから、色々緩急つけるために、俺も色んな俺を演じてたんだよ」

「え……?」

 まさか、そんなくだらない理由だったとは――

「俺はさ、愛した女性に愛されるためなら、どんな努力だって努力だとは思わないよ。さあ、俺の愛しい子猫ちゃん、君の願いなら、なんでも叶えてあげる……いっぱい可愛がってあげるよ」

 湖の端。
 ヒルダはジークフリートに押し倒された。
 花々に囲まれた草の上、朝露を感じる。
 
「あ……」

 何度も何度も口づけを交わす。
 ジークフリートが熱を孕んだ眼差しでこちらを見てきた。

「愛しているよ、ヒルダ……ここで愛を確かめ合ったら、下山して……そうしたら、盛大な結婚式を上げよう」

「ジーク……盛大だと目立つから、それはあんまり……」

 相手の柔らかな重みを感じて、幸福感に包み込まれてくる。
 
 朝陽が二人の間に差し込んでくる。
 千年の間、鎖されていた二人の新たな門出を、キラキラと祝福しているようだ。

「ヒルダ、昔から欲のない女性だ――君を見ていたら、俺の方は欲望が滾って……」

 だが、そこでなぜかジークフリートが制止した。

「どうしたんだ、ジークフリート?」

 そういわれれば、押し倒された際、夜の間ずっと自己主張してきていた熱剣を感じなかった気がする。

(さすがに、再会したばかりで、男性器を滾らせるとか、そんな非常識な男ではなかったようだな、ジークフリート)

 少しだけがっかりしつつ、そんな風に思ったヒルダだったが――

「ない!」

「え?」

 何が――?

 そう思いながら、ヒルダはジークフリートの視線の先――彼の下半身に目を向けた。

「な……!」

 ヒルダは思わず絶句してしまう。

「え!? 俺、ちゃんと完全に復活してなくない!?」

 ジークフリートの下半身……。
 腰から下が謎の光に包みこまれたままだったのだ。
 つまるところ、ジークフリートは上半身だけ、具現化したということで――

「ええっ、ってことは、俺の下半身、光っちゃってるけど、本体はヒルダの身体の中に注ぎ込まれたままってこと!?」

 あまりの衝撃に、ヒルダは二の句が継げなくなった。
 対照的に、ジークフリートはなぜか饒舌になりはじめる。

「大丈夫だ、ヒルダ! 俺なら、上半身だけでも君を満足させることができる! 俺の舌遣い、ちゃんと見せただろう?」

 そう言うと、舌を出して、ヒルダの肌を舐めてこようとする。
 情事に集中しようにも、相手の下半身が謎の光に包み込まれていては――

「集中できないだろう!?」

「ええっ、ヒルダ、やっぱり!? 俺このまま湖の番人みたいになるの!?」

「今から下山だ! ちゃんと下半身も元に戻すぞ!」

「ヒルダ! 愛してるよ! ああっ、だけど下半身だけまだ君の中に埋もれてるんだって考えたら、今が俺の人生の絶頂かもしれない!」

 上半身だけのジークフリートが、ヒルダに抱き着いた。
 わなわなと震えたヒルダが叫ぶ。


「頼むから、私を普通の女性にしてくれ!!!!!」


 森にいる鳥たちが一斉に飛び立っていったのだった。




 その後――


 

 ちゃんとジークフリートが下半身を取り戻すことができたのかは定かではないが――

 英雄ジークフリートと聖女ヒルダ。
 二人は魔王討伐の旅で愛を育んだと言われている。
 魔王を倒した後、英雄と聖女として称賛されるのを厭った二人は、夫婦となって静かな場所で余生を過ごしたと言われている。
 二人の過ごした城は、喋る剣や下半身のない男が出没したとの逸話が残されており、現代では幽霊城として近隣では噂になっている。
 そんな城で過ごした二人だったが、英雄は聖女にだけ愛を捧げて、たくさんの子どもにも恵まれたと、後の歴史書では伝えられている。




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