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第一章 空白の一日

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「婚約が決まった時のことは、よく覚えておりますわ。その後の結婚準備についても……。ああ、そうですわ。父は、屋敷で婚約披露のパーティーをする、と申しておりました」

 私のためというのは名ばかりで、真の目的は、ローズを名のある青年貴族に売り込むことである。アルベール様は、私の話をじっと聞いていたが、不意にとんでもないことを仰った。

「では、今日一日の記憶は? 今日は、その 婚約披露パーティー当日ですよ?」
「ええええ!?」

 私は、再びどもってしまった。

(もう、その日だというの……?)

 思い出そうと懸命に試みるが、朝からの記憶はぷつりと途絶えている。パーティーに向けて準備していたことなら、覚えているが。でもそれなら、アルベール様が我が家にいらっしゃるのも納得だ。そんなことでも無ければ、しがない我がサリアン伯爵家などに赴かれるはずが無いもの。何せ彼のお父様・ミレー公爵は、現国王陛下の従弟であらせられるのだ。

「パーティーに関する記憶は、全くございませんわ」
「なるほど」

 アルベール様は、顎に手を当てて考え込んだ。

「広間では今、パーティーの真っ最中です。バール男爵とシモーヌ夫人は、大胆にもそれを抜け出して逢い引きを……、といったところでしょうか。それも、婚約者であるあなたの、ご実家の邸内で」

 アルベール様は、歯に衣着せぬ物言いをなさった。一瞬傷ついた後、私はハッとした。

「わ、私を疑ってらっしゃいますの?」

 先ほども彼は、そう聞いてこられた。確かに、そう思われても仕方ない立場だけれど……。

「……凶器は、これのようですね」

 アルベール様は、バール男爵の傍に落ちていた花瓶を取り上げた。

(そんな真似をなさったら、指紋が……)

 そう思いかけて、これは前世である日本の話だと気が付く。ここモルフォア王国に、指紋鑑定なんてシステムは無いのだ。

「これで男爵の後頭部を殴り、撲殺した、と。不意を突けば、女性でも可能な犯行ですね。それから夫人の方は……、背後から背中を一突き、か。凶器は見当たりませんね。犯人が、持って逃げたか」
 
   アルベール様は、二人の遺体をじっくり観察した後、チラと私に視線を投げた。
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