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しおりを挟む奏は、七海から渡されたアンプルを注射器で吸い上げ、己の静脈へと注入した。
薬の効果はおおよそ24時間。
フッと息を吐き、奏は時間を確認する。
――――よし、これで大丈夫。あとは、栄太さんが迎えに来てくれるのを待つだけだ。
ドキドキしながら、奏は彼の訪れを待つことにした。
◇
奏の発情期のサイクルは、栄太もよく知るところである。
なにせ、この5年もの間、発情期の度に抱き合っていたのだから。
普段ならば、そろそろ奏から『いつものヒートが段々に来ています』と連絡がある筈なのに、今回は随分遅いな…………と、栄太はやはり気になっていたらしい。
…………もしや、番になったばかりで、逆に言い出せないでいるのか?
今までが殊更事務的だっただけに、今度は逆に恥ずかしくなってしまい、奏はそれを口に出せないでいるのかも……と、彼は考えを巡らせたようだ。
昨夜、マンションへ帰宅した奏が着信を確認すると、沢山の履歴が残っていた。
(今の研究所はネット遮断されているので、ここに至るまでスマホも使えないのだ)
何事かと驚いてリダイヤルすると、栄太がゴホンゴホンと咳払いしながら、
『あー…その、ほら、アレだ』
「あれ? 」
『契約とか、そういうのはもうとっくに考えてもいないが――――身体が、段々に辛くなっていないか? 』
「? 」
『抑制剤は身体に悪い。スケジュールはお前に合わせるから、そろそろ……』
「次の週末デートの予定日を、変更したいのですか? 」
『そうじゃない。確かに今は平日だが――――それとは別の話だ』
その段階になって、ようやく、奏は栄太が何を言いたいのか分かった。
分かると同時に、思わずプッと吹き出す。
「あはは、そうですね。確かに、いつものサイクルなら僕は発情期に入っている筈ですね。今回は全然自覚がないから、つい忘れそうになっていました」
研究所では実験続きで忙殺され、己の体調の変化には無頓着になっていた。
今日も七海に指摘されなかったら、自分が発情期に入っているなどとは夢にも思わなかったところだ。
体温変化、エストロゲンの変動、LHサージの上昇――――改めて自身のデータを浚ってみたが、間違いなく今の奏は発情期になっている。
自覚は無いが、データは嘘をつかない。
頬を染めながら、奏は小さく囁く。
「……はい。僕には、発情期が来ています」
『そ、そうか。それじゃあ、オレのスケジュールを調整して時間を空けるが――――いつなら都合がいい? 』
ここでふと、奏は思った。
元々、栄太は社長業で忙しい筈だ。今までは気にもしなかったが、奏の都合に合わせていつも3日間の休暇をもぎ取っている。
「――――栄太さん、お仕事の方は大丈夫なんですか? いつも僕に合わせてくれてましたが……もしかして、今までかなり無理をしていたんじゃ……」
『うん……まぁ、それはな』
ハハっと返って来た苦笑いに、今更ながら、奏は申し訳ない様な気分になった。
「あの――実は、その……今回は色々と理由があって、身体は辛くないんですよ。ですから、栄太さんのお仕事が忙しいようでしたら、いつも通り週末でも……」
新薬の臨床実験を自分の身体で行っていると言ったら、栄太は相当心配しそうだ。
なので、奏は言葉を濁して喋る。
「そ、それに――」
更に言い訳を口に仕掛けた奏を、栄太は遮った。
『オレは何も、子供が欲しいからという理由だけで無理にスケジュールを空けている訳じゃないんだ。…………発情期の時の奏は、人が変わっちまうからな。万が一何処かの誰かに掻っ攫われたらどうしようって不安になるし――――だから、他所の男に見つからないように、オレがいつもお前を抱いていたいんだよ』
「栄太さん……」
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