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正嘉はまだ20の若者だったが、少年の頃から理不尽に強いられた見合いのせいで、この通り、すっかり他人に対して歪んだ見方をするようになっていた。
愛も恋もどうでもいいが、運命ならば信じてみようと思う、だと?
――――そんなの、くだらない屁理屈にしか過ぎない。
ただ、目の前の、この可憐な野の花のような面差しをした奏に惹かれているのに。
そんな単純な、自分の本当の気持ちにも気付かない。
見た目だけは立派な青年であるが、未だ、彼には成熟しきれていない部分が多かった。
人の心の機微にも気付かず、自分の本心も判らない。
そういった所は、まだまだ子供の域を抜け切っていない。
じつにアンバランスな、心と身体をした青年…………それが、今の正嘉であった。
だが、奏はそんな事は知らない。
ただ、いったいどうして正嘉が、こんな行動を急に取るようになったのかが分からずに、眉を顰めるばかりだ。
つい先日まで、奏の事など全く相手にもしなかったのに――――ここに来て急に、かなり強引に奏の人生を振り回している。
本当に、迷惑でしかない。
(そうか、僕は……正嘉さまがどういう人なのかなんて、全然知らなかったのに……ただ盲目的に運命の番だからと追いかけていたんだな……)
まったく正体が分からないのに、綺麗な蜃気楼に憧れて彷徨う旅人のように。
今更ながらその事に気付かされ、奏は溜め息を吐いた。
この身体には、新たな命が宿ろうとしている。
その事を、正嘉に知らせるべきかどうか?
奏は悩んだ。
(アルファの名家は、後継者を設ける事を至上命題にしているという話を聞いた事がある。もしも妊娠の事を知ったら――最悪、僕は監禁されてしまうかもしれない)
それにこの子が、もしも正嘉との子ではなく栄太との子であったなら……?
純血に固執するアルファは、どういう行動に出る?
その事を考えると、奏は恐怖に身が竦む気がした。
(ダメだ! 絶対に正嘉さまには気付かれないようにしないと)
とうてい、歓迎してくれるとは思えない。
正嘉の心が分からない今は、知らせない方がいいだろう。
この事は、決して悟られてはダメだ。
たとえ――――お腹に宿った命の胤が、ほぼ九割九分正嘉のモノであっても。
(ああ、僕はこの事を、いったい誰に相談すればいいんだろう)
八方塞がりの状況に、奏の表情は暗い。
こんな時に頼れるのは、やはり奏の事情をよく知っていている人物に限りるだろう。
そこで思い浮かぶのは、やはり七海だ。
奏の脳裏には、別の男の姿も浮かんできたが…………キリリと痛む胸に顔をしかめて、奏はブンブンと頭を振る。
(ダメだ! もう栄太さんは頼っちゃいけないし、頼れないんだ……。これからは、自分で何とかしなきゃ)
やはりこうなったら、研究員という自分の立場を強調して、まずは自由になれる時間を確保するべきだろう。
研究所であれば、七海ともまた接触可能に違いない。
それに第一、まだ肝心の新薬は完成の途上にある。更なる改良を加えねばならない。
研究は、続けなければ。
それに、奏は気になっていた。
奏が九条の屋敷から連れ去れるとき、あれだけ奏の事を思い遣って可愛がってくれていた七海も、その番である九条も姿を見せなかった。
それがどうも、引っ掛かって仕方がない。
(七海先輩……やっぱり何かあったんだろうか? )
硬い表情で考え込んでいると、正嘉が独り言のように呟いた。
『そんなに研究が大事か』
『え? 』
視線を上げると、ジッと見つめる正嘉がいた。
その、濁りの無く綺麗に澄み切った黒瞳に、思わず奏の鼓動が跳ねる。
『あの……』
『オメガを救う研究、か……。よっぽど、大切に思っている仕事なんだな。オレにはそんなの無いから――――正直言って羨ましく感じる』
『正嘉さま……』
愛も恋もどうでもいいが、運命ならば信じてみようと思う、だと?
――――そんなの、くだらない屁理屈にしか過ぎない。
ただ、目の前の、この可憐な野の花のような面差しをした奏に惹かれているのに。
そんな単純な、自分の本当の気持ちにも気付かない。
見た目だけは立派な青年であるが、未だ、彼には成熟しきれていない部分が多かった。
人の心の機微にも気付かず、自分の本心も判らない。
そういった所は、まだまだ子供の域を抜け切っていない。
じつにアンバランスな、心と身体をした青年…………それが、今の正嘉であった。
だが、奏はそんな事は知らない。
ただ、いったいどうして正嘉が、こんな行動を急に取るようになったのかが分からずに、眉を顰めるばかりだ。
つい先日まで、奏の事など全く相手にもしなかったのに――――ここに来て急に、かなり強引に奏の人生を振り回している。
本当に、迷惑でしかない。
(そうか、僕は……正嘉さまがどういう人なのかなんて、全然知らなかったのに……ただ盲目的に運命の番だからと追いかけていたんだな……)
まったく正体が分からないのに、綺麗な蜃気楼に憧れて彷徨う旅人のように。
今更ながらその事に気付かされ、奏は溜め息を吐いた。
この身体には、新たな命が宿ろうとしている。
その事を、正嘉に知らせるべきかどうか?
奏は悩んだ。
(アルファの名家は、後継者を設ける事を至上命題にしているという話を聞いた事がある。もしも妊娠の事を知ったら――最悪、僕は監禁されてしまうかもしれない)
それにこの子が、もしも正嘉との子ではなく栄太との子であったなら……?
純血に固執するアルファは、どういう行動に出る?
その事を考えると、奏は恐怖に身が竦む気がした。
(ダメだ! 絶対に正嘉さまには気付かれないようにしないと)
とうてい、歓迎してくれるとは思えない。
正嘉の心が分からない今は、知らせない方がいいだろう。
この事は、決して悟られてはダメだ。
たとえ――――お腹に宿った命の胤が、ほぼ九割九分正嘉のモノであっても。
(ああ、僕はこの事を、いったい誰に相談すればいいんだろう)
八方塞がりの状況に、奏の表情は暗い。
こんな時に頼れるのは、やはり奏の事情をよく知っていている人物に限りるだろう。
そこで思い浮かぶのは、やはり七海だ。
奏の脳裏には、別の男の姿も浮かんできたが…………キリリと痛む胸に顔をしかめて、奏はブンブンと頭を振る。
(ダメだ! もう栄太さんは頼っちゃいけないし、頼れないんだ……。これからは、自分で何とかしなきゃ)
やはりこうなったら、研究員という自分の立場を強調して、まずは自由になれる時間を確保するべきだろう。
研究所であれば、七海ともまた接触可能に違いない。
それに第一、まだ肝心の新薬は完成の途上にある。更なる改良を加えねばならない。
研究は、続けなければ。
それに、奏は気になっていた。
奏が九条の屋敷から連れ去れるとき、あれだけ奏の事を思い遣って可愛がってくれていた七海も、その番である九条も姿を見せなかった。
それがどうも、引っ掛かって仕方がない。
(七海先輩……やっぱり何かあったんだろうか? )
硬い表情で考え込んでいると、正嘉が独り言のように呟いた。
『そんなに研究が大事か』
『え? 』
視線を上げると、ジッと見つめる正嘉がいた。
その、濁りの無く綺麗に澄み切った黒瞳に、思わず奏の鼓動が跳ねる。
『あの……』
『オメガを救う研究、か……。よっぽど、大切に思っている仕事なんだな。オレにはそんなの無いから――――正直言って羨ましく感じる』
『正嘉さま……』
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