〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩

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129 怪奇俳優の誕生⑥

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「何故ですか?」

 テンダーは訊ねた。

「その問いが出るということは貴女、小説の方は……」
「す、すみません。怖い話はちょっと……」
「あら意外。ポーレさんはあれだけうきうきして読んでくれたのに」
「母さんの作るものは人を結構選ぶよ。昔どれだけ僕が寝物語で悪い夢を見たか」
「お前は黙ってなさいな。そのおかげで今は楽な暮らしができているんだから! 吸精鬼の話はね、つまりはどうしようもない運命に取り込まれてしまったひとの話でもあるの」
「どうしようもない運命?」
「まあ何でもいいわ。例えばこの息子は私とはとことん趣味が合わないけど、けど子供は親を選べないでしょう? だったらどうすればいい?」
「……確かに子供は親を選べませんね」

 テンダーは苦笑する。

「それでも何とかそれなりに――別に上手くなくてもいいのよ、それなりに。そう生きていかなくちゃならないというなら、ということ」
「確か主人公は、普通なら大人になってから吸精鬼にされるところを」
「そう。成長途中でやむを得ない事情があって予定より早くそうなってしまったという子。だから外見は十四、五歳なんだけど中身は大人かそれ以上。今回の舞台の中の主人公は既に五十年は生きていることになっているの」
「五十年!」

 そんな歳の役なのか、とあらためて驚く。

「ヒドゥン・ウリーさんは作者の私に自分を売り込む時に何より自分の身体の小ささをアピールしてきたわ。学校時代にどういう訳か成長が止まってしまってからというもの、何とかして人並みの身体になりたいと色々やってみたことがあったんですって。でも駄目。どうしようもない。ある日彼はそれをすっぱり諦めて、逆に武器にすることを選んだんですって」
「ああ……」

 色んな面倒なこと、もあったことは手紙からテンダーも知っている。

「そうですね。どうしようも無いことは諦めて別の道を探すしかないんですよね。たとえそれでどうしようもなく欠けたものがあったとしても、それを武器にするくらいの気概で生きていかなくちゃ」

 女史はそんなテンダーを見て、黙って口の端を上げた。



 喫茶室の前方と真ん中の通路が舞台となった。
 店内が暗くなり――やがて前方にぽうっとライトが当てられる。
 何ってことない家庭の風景。
 語らう人々の姿も暖かそうで――
 それが唐突に暗転し、背景が赤に染まる。
 そして倒れ伏せる人間達を見下ろす、小柄な影が現れた――



 テンダーは柔らかな底のぺたんこの靴で二階の通路を次々と移動していった。
 そして新たな彼の演技を注視する。
 明るく飛び跳ねていた、重力の無い少女の様な姿はそこには存在しなかった。
 光が当たる時にはうなだれ、フードの下、足を引きずる様に歩き。
 台詞もまた、何処か投げやりな言葉。
 そして闇の中ではうって変わって目をかっと見開く。
 マントを翻し、柔らかいが低い声を大きく響かせ、世界と人と時への呪詛を吐く。

『嗚呼、いっそあの時俺の息の根を止めてくれていれば!』

 血を吐く様な声が会場に響く。
 そうだ、とテンダーは思う。
 昔は。
 昔は自分も全く思ったことが無い訳ではなかったと。
 家での扱いを当たり前に受け取っていたけど、本当に情が生まれなかった訳ではない。
 情が生まても育たない様にしたのだ。
 酷く小さな頃。
 知識として知っていた両親が自分ではなく妹だけを子供として扱っていたこと。
 まだ言葉にもできない時点で、諦めて諦めて諦めて、感情を閉ざした。
 そう、全く思わなかった訳ではないのだ。
 どうしてそれなら何処か見えないところに捨て置いてくれなかったのか、と。
 無論そんなことはできなかったろう。
 だからと言って。
 全く思わなかった訳ではなかったのだ。
 ただ、忘れていた。
 考えない様にしていた。
 それを思い出したのは、この声のせいだった。
 胸の奥がぐっと締め付けられる様な感覚に襲われた。
 テンダーは二階席を見上げる「主人公」の強烈な視線がこちらを向いている様な気がした。
 その方向には自分を追う狩人の姿があることになっている。

『残念だが、狩られるつもりはない』

 そこで切った言葉と共に彼は短銃を視線の先に向けた。

『人間達にとってどうしようも無い存在としても、俺が居ることを否定できない』

 知らず、テンダーの目から涙が溢れていた。
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