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チャンスの扉を開いたら

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話しかけても返事がないことに困りながら祖父の待つ書斎に向かった。部屋に入ると祖父が笑顔で迎えた。

「おお、来たか。どうだね。カメリア、彼とうまくやっていけそうかな」

「それが、難しいと感じました。お名前をお尋ねしても答えてくださらなくて」

「ん~。それはまぁ仕方がないな。ところでカメリア、お前の従者だが」

「はい」

「お前が彼に名前をつけてやるといい。彼は一度死んだ人間なんだ。生きた屍同然と言っていい。新しい命を吹き込んであげたまえ」

「名前、ですか。急に言われても思いつきませんわ。どうすれば…」

「そうだな。お前にこれもあげよう。異国の言葉のこちらの国の言葉に訳した紙だ。辞書の下書きにもならん量だがないよりはいい」

「え?よろしいのですか?」

「ああ、かまわんよ。刀のおまけみたいなものだ」

(「お祖父様から頂いたこの紙、かわいいや美人、美しい人など女性を褒める言葉が多いのは何故かしら……。あら、この詩は……)

「あ、あの、お祖父様」

「うん?」

「私、この紙の詩の一部から名をつけたいと思うのですが……」

「ほう」

「彼の名前を『ツキカゲ』としたいと思います。詩の意味とルビの振られたこの発音がシックリきましたので」

「ふむ、いいだろう。――『月影』――」

「―――――」

(お祖父様とツキカゲが喋ってる…?)

何か言葉を交わし、ツキカゲは膝を曲げて床に座り両手をついた。背中から真っ直ぐに床に頭がつくほど下げられた。

「な、何を、なさって」

初めてみるポーズに戸惑うカメリア。

「これは彼の国の最上級の挨拶の姿勢だよ。これから先、彼が君に仕えていくという意志表示でもある」

「たしかに従者のようなものと仰っていましたが」

「うむ。コレで正式に彼の所有権は私から君に移ったのだ。つまりは君は彼を奴隷のように使える。彼は刀の主人を守るために生きている。命じられれば死ぬと分かっていても敵を討ち滅ぼすために単身で突き進む駒だ」

「そんな!奴隷制度などもう昔に廃止されたものです!戦争も終わり、平和の時代に変わりゆく世界に」

「カメリア」

祖父から静かに名前を呼ばれて彼女は息をのんだ。

「彼は生まれた国の籍すら抹消された死人だ。この国の籍も人権もない。カメリアが優しくしたいと思えば優しくしてやりなさい。全ては主人のお前が決めること。カメリアが刀を手放すのなら作業部屋に置いてきなさい。彼の所有権も放棄し私に返すことになるがね」

(お祖父様の元へ帰す。つまりまた誰かに刀が譲渡されてもおかしくないということ。……。)


「……わかりましたわ。参加の意志は変えません」

「では、この30万ゴールドを受け取りなさい」

祖父はお金の入った袋をテーブルの上に置いた。

「はい。お祖父様」

『幸運を祈るよ」

祖父から金貨の袋を受け取り、先に待つ妹ネシスのいる馬車にカメリアは向かった。その後ろからツキカゲもついてきた。

******

ゲーム参加者への支度金30万ゴールドを受け取り、すぐさまそれを抱えて銀行まで歩くカメリアとネシス。紙幣と一部は金貨だが、大金を持っている緊張で手に汗をかきながら馬車の駐車場から銀行までの距離を歩いた。

姉妹ともに従者に頼むべきだと分かっているものの、大金を持たせて何かあれば従者に責任を取らせる必要があり、それが嫌で任せることが出来なかった。
は後ろから3歩下がってついて来るが自ら荷を持ちましょうという態度は見せない。

無事に銀行に預けて両手が自由になったら、余計な力の入れ過ぎでもう腕に力が入らない。

「お姉様、あの方、荷を持つのを自らの仕事にせず……どういうおつもりでしょうか」

「分かりませんわ。馬車にも乗ろうとされませんし……」

ネシスと帰りの馬車の中で言葉を交わす。

彼は馬車には乗らず、その後ろを走ってついて来る。走り方も右足と右手が同時に出る不思議な走り方だった。

(せめて馬車の中で話ができればと思いましたのに……)

屋敷でも常に影のように背後に立つツキカゲ。使用人たちが名前を聞いても挨拶をしてもカメリアが代わりに答えてツキカゲは何も答えないため周りも困惑していた。

「この国の言葉ーーは分かりますか?」

「じゃあ、あの国の挨拶でーー」

カメリアから異国の人間だと聞いて隣国の言葉を喋ってみたり、同盟国の言葉で話しかけてみた者もいたが彼は一言も発さない。

しかし彼の刀を珍しがった若い使用人が手を伸ばした時だ。

「ーー!」

鋭い声を発して伸ばした手を払い退けたのだ。その様子に周りの者は驚き、怯えていた。

(あの様子、まるで学校の先生みたい……)

学校では活発な生徒を気に入る女教師がいた。教師と何かの拍子で手に触れることがあったのだが、そのときに彼女から手を振り払われたことを思い出し、自分がやられたわけでもないのにツキカゲに対して少し恐怖を覚えた。
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