【R18】BL短編集

戌依 寝子 (旧いろあす)

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【完結】2億4000万の男【寸止め/洗脳?】

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O県。
空港から迎えのタクシーに乗って駅前まで行く。
どうしよう、山しかない。空が広すぎる。時折見える大きな建物と言えばラブホかパチンコ屋だ。あの辺に見える集合住宅の子供は多分全部あそこのラブホ産だ。
車窓から見える風景に絶望していると、隣で神宮寺さんがはぁ、とため息を吐いた。
「なんというか、長閑なとこだねぇ」
なんて前向きなんだ。
独り言なのか、俺に話掛けてるのか判断に困る声色ではあったが、「そうですね…」と返しておいた。
事前に調べた情報によるとO県の空港は殊更田舎にあるらしい。でもこの調子だと市街地に行っても空の広さはさほど変わらないだろう。
来て初日、もうT都の狭い空が懐かしい。
これから俺たちは会社にあてがわれた社宅へ行って荷物を置いて、新規営業所へ行って、周辺の確認をして今日の業務は終了となるわけだけど、確認するほどの周辺があるのか心配だ。
「営業さん的に、この環境はキツいんじゃないです?」
声を掛けると苦笑いが返ってきた。
「確かにキツかも。T都ほど数は回れないだろうね」
ということは、業績的には一社辺りの単価を上げる必要がある。俺の仕事は変わらないけど。
それより、もっと一件に対して力を入れれるかもしれない。
ここに来て初めて見えた光明に少しだけ心が浮足立った。
彼はどうだろう。
相変わらず苦笑いを浮かべて資料を眺める横顔を見て、ちょっとだけ彼を心配した。




のは、最初だけだった。
何故か俺は神宮寺さんが運転する営業車の横に乗っている。
「次はT社さんね」
車に乗り込んだ途端に資料を手渡されて、「あぁ、このクソ厄介な原稿やらされた会社さんね」と無言で頷きながらシートベルトを締めた。
この、助手席に座ったらシートベルトを締める、というのも最近覚えたスキルだ。そもそもタクシー以外の車に乗るのも最初は初めてだった。
俺は今、本社で取引のあった会社を一緒に回らされている。
新しく営業所ができました。赴任してきました。営業担当と原稿担当です。って挨拶を、かれこれ1週間やっている。
何これ、超しんどいんですけど。
企業に行くたびに笑顔を作って、担当者とのどうでもいい話に相槌を打って面白くもないのにアハハと笑う。
企業の始業から終業に合わせて10社ほど回って、帰社後はぽろぽろ入りつつある通常業務。あいつは現地採用の新人からの相談を受けている。
残業時間は本社に居た頃よりは格段に減っているのに、疲労度は異動直前のそれと匹敵するくらいだった。気疲れが凄い。
本社に居た頃、あいつはこれを1日で何十社もこなしていたのかと思うと寒気がした。しかも雑踏を掻き分けながらの徒歩で。クソ重い営業カバンを持って。
そうだな。俺が忙しい分、あいつも忙しかったってわけだ。しかも俺にはできないジャンルで。
当然のことだけど、今更気付いてちょっとだけあいつを見直した。



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