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第三十三話

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『はっはっは! これはすごいな。なるほど、契約した魔物たちから慕われているようだ』
 ドラゴンはピクリとも動いていないため、表情の変化も伝わらないが、声は確かに笑い、喜び、面白がっているのが伝わってくる。

「えっ?」
「ガル?」
「きゅー?」
 生意気な魔物だと一蹴される可能性を三人は考えていた。
 しかし、ドラゴンの反応は好意的なものであったため、三人がそろって首を傾げていた。
 プルルは傾げる首がなかったが、挙動から同じ動きをしていると予想される。

『いやいや、すまないな。私はそなたらの主人に危害を加えるつもりはない。ただ能力についての説明をしていただけなのだ』
 ガルムとプルルに対して、ドラゴンは素直に謝罪する。

 これほど存在感のある強者であるドラゴンが素直に謝ったことで、敵対しようとしていたガルムとプルルは恥ずかしくなりもじもじと居心地悪そうに警戒するのをやめた。

「ははっ、いいんだよ。お前たちは俺を守ろうとしてくれたんだからな。胸を張って大丈夫だ。それよりも、寛大な対応痛み入るよ」
 クライブはガルムとプルルの頭を撫でてから、ドラゴンの反応に感謝する。

『うむうむ、そなたも魔物たちのことを大事に思っているようだな。とても良い関係だ。先ほどの魔物たちの動きもとても良いものだと思っている。気にしないで良い』
 魔物と人間が仲良くしているという光景はドラゴンにとって、眩しいものとして映っているようだった。

「それならよかった。それで、ずっと気になっていたことを聞きたいんだけど……」
 初めてドラゴンと相対した瞬間から、今の今までずっと気になっていた。そのことをクライブは質問しようとしている。

『ふむ、答えよう。なんでも聞くといい』
 ドラゴンはここまで短い時間ではあったが、クライブとやりとりをしてみて、悪い人間ではないと判断していた。魔物のことを大事に思い、魔物と仲良くしているクライブであるならば質問に答えるくらいはしてもいい。そう考えていた。

「最初に見た時から今までピクリとも動いていない。それに、この頭に語りかけてくるやつ。最初に聞いた時に身体に負担がかかるって言っていた。どこか具合が悪いのか?」
 クライブの質問に数秒の沈黙。

(な、なんかまずいことを聞いたかな?)
 冷静な表情を保ちながらも、クライブは内心で汗だくになっている。

『ふう、そなたらなら話してもいいだろう。私はとある人間との戦いで酷く傷ついてしまった。その怪我を治すためにここにやってきたのだが、なかなか治らなくてな。だから、口を開くという動作ですら行いたくないというのが理由だ』
 それを聞いたクライブはドラゴンに近づいて、周囲をぐるりと移動する。

 そして、左の脇腹あたりまでやってきたところで絶句した。

「……これは」
 そこには大きな穴が開いており、今でもジワジワと血が流れ出ていた。
 恐らくは槍によってできた傷である。しかも、ただ傷ついているだけでなく傷口の周囲はドス黒く変色しており、怪我に加えて呪いがかけられていることがわかる。

『ふむ、なかなかの使い手だった。私に傷をつけるだけの力量を持っており、それだけにとどまらず魔槍と呼ばれる呪いを付与する武器を持っていた。なんとか逃げ出すことに成功したが……いやあ、強かった!』
 ドラゴンはその魔槍の使い手を責める様子はなく、ただ強い相手だったことを喜んでいるようだった。

「いや、この怪我ってそんな喜べることじゃないだろ。このまま放置しても良くならないぞ! いや、こいつはヤバイ! プルル、みんなを連れて泉の水を集めてきてくれ! ガルム、薬草と毒消し草を集めてきてくれるか? スライムを数体連れていくんだ!」
 クライブの指示を受けると、ガルムとプルルは返事もせずにすぐに行動に移って行く。

「あんた、このままだと自分の余命が短いってことわかっていただろ! なんで放置していたんだよ!」
 クライブは激怒していた。怪我をしているのにも関わらず、ただ何もせずにこの場に横たわり、クライブたちと雑談をしていた。

『はっはっは、私のことを心配してくれるのか。いや、いいのだ。この怪我を治すことはできん。ならば、魔物と人間が仲良くしているという珍しい光景を楽しみ、そして色々と話をしたい。それが私の最後の望みだ』
 全て理解して、飲み込んで、諦めている。

 そんな空気を感じ取ったクライブは形相を変えていた。

「うるせえ! 目の前で傷ついている、しかも俺たちと仲良くなったあんたをそのまま放って置けるわけがないだろ! それ以上口を開くな! あ、いや、脳内に語り掛けるな、か……」
 激高しながらも、どこか冷静さを持っているクライブは自分の言葉を訂正していた。

『ふふっ、わかった。ここからは黙っていよう』
 ドラゴンはその言葉を最後に黙るが、クライブの様子を見て楽しんでいる雰囲気だけは伝わってきていた。

「ガウ!」
「きゅー!」
 それとほぼ同じタイミングでガルムとプルルがクライブに指示されたものを用意して戻ってきた。

「よくやった! プルル、お前たちは泉の水を傷口にかけるんだ。ただし、お前たちは傷口に決して触れるんじゃないぞ。ガルム、毒消しをかしてくれ」
 プルルに指示を出すと、自身は近くに落ちていた木の棒を拾ってそれを手近な岩の上ですりつぶしていく。

 ガルムが採ってきた毒消しは、かなりの枚数であり全てをつぶすのは一苦労だった。

「よし、これで……」
 プルルたちによって綺麗に洗い流された傷口にクライブはすりつぶした毒消しを塗っていく。
 泉は魔力を含んでおり、長年この場に存在したことで清浄な力を幾分か含んでいる。

 その水で傷口を洗えば、微量ではあるが呪いを除去することができる。
 更に、この呪いの傷は毒も含んでいるためクライブが塗った毒消しによってその効果を軽減させていく。

「ふう、ふう、ふう……」
 プルルには傷口に触るなといったが、当のクライブ自身は毒消しを塗りこむために傷を直接触っていた。そのため、呪いと毒が手に移ってきていた。

「きゅきゅー!」
 その両手に向かってプルルたちが慌てて水をかけていく。早い段階であったため、クライブの手からは呪いと毒が除去されていく。

 火傷のようにはなってしまったが、それでもこれ以上の怪我は防ぐことができた。

「プルル、ありがとう。これで、少しは状況が好転したはずだ」
 そう言いながらクライブは傷口を確認する。
 その言葉のとおり、呪いの浸食率は下がり、毒によるダメージも落ち着いてきていた。

『ありがたいが、これ以上は……』
「うるさい!」
 先ほどの約束を破ったドラゴンにクライブは怒鳴りつける。これからが本番だから、口出しするな。そんな強い意志を持ってクライブは傷口から数センチ離れた場所に手を伸ばす。

「怪我よ治れ、呪いから解き放て、毒よ消えよ」
 三つの思いをクライブは口にする。

「オールヒーリング!」
 これまで怪我を治すために使ってきたヒーリングはただ傷を塞ぎ回復させるものである。
 それでは、呪いや毒をなんとかすることはできない。

 だから、成長した今なら、契約した魔物の数が増えた今なら、助けたいと強く思っている今ならこの魔術が使えるはずだと、そんな確信をもって初めての魔術を行使する。

『お、おぉぉ! こ、これは!』
 話さないという約束を破るのは、この短時間の間に二度目だった。
 しかし、クライブはそれを責めることはしない。回復に集中していることも理由の一つだったが、それよりも自分の魔術が効果を発揮して、ドラゴンの傷口から呪いと毒を除去し、傷を塞いでいたからというのが大きい。

 クライブが魔術を発動していたのは、時間にして二、三分。
 しかし、これだけ巨大なドラゴンの、大きく開いた怪我を治すにはかなりの魔術力を消費し、傷が完全に閉じた時に、そのままバタリと倒れてしまうことになる。

「きゅ、きゅー!」
 しかし、そこはプルルがすかさずクッション代わりになって怪我せずに済んだ。

「プルル、ありがとう」
 倒れてしまったクライブだったが、意識はあり動き出そうとするドラゴンを見てニヤリと笑っていた。
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