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荒くれ者共の憩いの場《Ⅰ》
しおりを挟むカエラの一撃で意識を持っていかれた黒が目を覚まし、ベッドの上から身を起こす。
体の痛みよりも魔力が底を尽きかけている現状に、焦りを覚える。
どんなに屈強な肉体や精神力を持っていたとしても、肉体を動かすエネルギーを失っては動く事は出来ない。
このまま惰眠を貪れば、黒の体は自由を失って命が尽きるのを待っているだけの人形になってしまう。
ゆっくりとベッドから立ち上がる黒であったが、目の前のカーテンが突然開くのに驚き足がもつれる。
「――起きたのなら、誰かを呼べ!」
目の前の誰かが黒を受け止め、手早く黒を抱き抱える。
そのまま手慣れた手付きで、黒の首に注射器のような物を刺し、注射器の中身が黒の体内へと注入される。
注射器の中身が何なのかは直ぐに分かった。全身に満ち始める魔力が自分の物ではないと言っている。
「――魔力ッ!!」
意識を完全に覚醒させ、完全に肉体の自由を得た黒が助けた人物へと目線を向ける。
そこには、衣服を新調した《セラ》が立っていた。
スラムで出会った頃の少し古い衣服ではなく。高級感の漂うジャケットに女物のパンツ――
艶のある綺麗なブロンドヘアーを下ろして、何処と無く健康的になったセラが黒の前で溜め息を溢す。
「アンタで、2人目だ。スラムの小汚ない私を知っているからなのか、今の私を見て目を丸くしてたよ」
「俺で、2人目?」
「黒とエドワードさんの2人だよ。2人とも本気でぶつかってたらしいじゃん。街で噂になってるよ」
病室のテーブルに置かれた男物の衣服に袖を通す。どうやらセラと同じくエースダルの一般的な衣装らしい。
傭兵不法都市と言う割りには、洒落た衣服を用意してくる。
セラから投げ渡されたフード付きの上着を羽織って、病室を後にする。
周囲の一般人や看護師達の視線が黒を見ている。セラは気付いているのか、既に病室を後にした時から後ろをつけられている。
「なぁ、セ――」
黒がセラの真横へと移動し、セラに後ろからつけられていると伝えようとした黒だった。
だが、セラのジャケットのホルスターにしまっていた拳銃が抜かれる。
そのままセラが真横の黒に気付かずに、横へと振った拳銃で黒の頬を勢い良く殴ってしまう。
目を丸くして驚くセラだったが、角からこちらの様子を狙っていた人影へと捕捉する。
透かさず、頬を押さえる黒を床に力強く押し付ける。
拳銃を角へと向けるが、一歩遅く。セラが構えるよりも先に人が走り去って行くのが気配で分かる。
「……痛かったです。それと、邪魔したな」
「そうね。でも、突然横に来るのも悪いから」
セラが拳銃をしまって、乱れた髪を軽くかきあげる。服がそう見せているからなのか、今のセラはどこかのエージェントにしか見えない。
「お前は、どっかのエージェントかよ。惚れそうだ」
「悪いけど、惚れてもお断りよ。私は、自分よりも強い人がタイプなの」
「まるで、俺がお前よりも弱いの前提の決め付けだな」
と、黒がセラ手を借りて立ち上がる。セラの服装や装備の充実した様を見るに、どうやらこの都市である程度揃える事が出来たのだろう。
エドワードが融通を効かしたのか、セラからは毒素は感じられない。
毒の無毒化も的確に処置されたと思われる。
とは言え、この都市は傭兵の都市。対価にはそれ相応の働きを求められる。
きっと、毒の無毒化の対価に何かしらの仕事をさせられ、その結果として少し羽振りが良くなったのだろう。
「……無毒化の対価に、何か仕事したのか?」
「羽振りが良くなったのが気になる? まぁ、そうね。毒の無毒化の対価は別だけど、お金と修業の対価に傭兵紛いの仕事を少しね。1週間も傭兵やれば、羽振りも良くなるわよ」
「つまり、1週間寝てたのか?」
「エドワードさんは、1日で起きたけどね。相当ヤバかったのは聞いてるよ。スラムのみんな……心配してたよ」
病院のエントランスで、こちらも羽振りの良い上に強面な男達がセラと黒を待っていた。
どこか見覚えのある顔かと思えば、どうやらセラと同じスラム出身の新米傭兵であった。
人は1週間程度で、ここまで変わるのかと思った。が、環境が環境ならあり得なくもない。
聞く所によれば、エドワードの下で地獄を経験したらしい。
元々スラムで鍛えていたからマシなものの一般人に軍人以上の扱いはさぞ地獄であっただろう。
「なるほど……流石は、エドワードだな」
「旦那は、知ってるんですか? エドワードさんの訓練の厳しさ」
「その旦那呼びをやめろよ。まぁ、エドワードの厳しさは知ってるよ。実際、訓練から逃げた側の1人だし」
「へー、逃げたんだ」
「おい、その小物を見るような目はやめろ」
エースダルの下層都市を歩きながら、黒の両脇にセラ、男二人の4人が並んで歩く。
街並みはいたって普通、傭兵不法都市と呼ばれるのに納得する。
建物は、木材などの簡単に調達可能な物を主に使用して建てられており、上層の都市の綺麗な街並みとは真逆の雰囲気である。
舗装されていない地面に加え、建物の脇道や裏路地に飲み明かして酔いつぶれている者や酒を片手に談笑する者達で溢れている。
それでも、中には気配からしても相当な手練れが混じっている。酒を片手に談笑していても、完全に油断はしていない。
「……面白い所だな」
久方ぶりに、黒の感覚を刺激する。この都市の雰囲気は、かつて黒が身を置いていた戦場と良く似ている。
セラ達の案内で、一際大きな酒場に連れられてきた。
どうやら、既に何人か仲間が待っているのかその店の奥で盛り上がっている席があった。
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