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三章・グリーンデイズ浪漫奇行

新緑ソドムヶ丘・不純文学にエスケヱプ

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 考えを整理せよと指示し、ねねこにiPadを預けた。
 やつの性格はいかにも猫らしく、ひとつの物事に没頭しやすい。文章を書かせたりしたら、当然その間は自己の行為以外の何もかもを忘却する。だからぼくが風呂から上がっても、ドライヤーをぶおんぶおん使っていても、ごく普通に部屋から出て行ったりしても、その去り際に大笑いしてさらす瞬間まで、まったく状況の変化に気付かず作文し続けていたのだ。
 はっはっは、ざまあ。

 からくりも何もない。やれやれうまくエスケヱプ、現実からの脱出であった。

 さて、ばらしてしまえばしょうもないありふれた謎とも言えぬハテナの答に化け猫ねねこが辿り着けるかはどうでもいい。
 せっかくの一人行動、いつもと違うことを考えてみよう。
 見渡せばよく晴れた日ではないか。

 ぼくの安アパート周辺は過疎地というほど田舎ではないけれど緑豊かに保たれていて空気が澄んでいる。小高い丘になっていて、ビル街の谷間なんかよりは気持ち空が近い。
 平凡な歩道の舗装のひび割れだって、この地域の侘び寂びと思えば良き味である。

 夜勤明けぽんこつ同然のぼんやり頭だ、今はややこしい物語の構想も推敲も危険行為だよね。
 ましてや四万文字以上の小説のことなんか考え出したら、誇張でもなく心肺に重大な負担がかかる。こんな散歩途中で野垂れ死にしちゃったら、普通に近所迷惑だよね。

 おっ、飛行機雲だ。
 たまには長めのオフをもらって空の旅でもしたくなる。海外ならエジプトなんか。アフガニスタンも良さそう。国内だと最近けっこうな長距離をレンタカーで走った、次は列車が良いかな。

 仕事なんか、もう今すぐやめてしまってもいい。お金は生活費以上に持ってても正しい使い方がピンとこないし、貯蓄がなくなりゃまた適当に何かすればいいんだと思っている。ふ、多少の寂しさはあれど養う者なき独身の気楽ってもんよ。

 この暮らし方が変われば、あるいは物を書く気なぞあっさり失せるかもしれない。今こうだからもっと自由になる可能性があるんだ、そう思った直後、早速今夜欠勤する気分がむくむく盛り上がってくる。

 ここらでリタイアか。
 そうしても問題ない。
 ねるこむのミッションも木目田さんの逃亡が確定した以上、ぼくの手を離れたことと判断してOK牧場だろう。

 やるべきことはもう特にないのだ。
 はあ、まったく気が抜けるというものだ。

 あえてこの二日間をチラシの裏にでも書き込むか。三文小説にもならないライトなストーリー、今がめでたき落とし所ではないか。
 仮にタイトルを付けるとしたら、
「ねねこグラダラブラ・泡沫太陽のこけおどしっく」
 これにて完、まいったか、と言ってのける。
 そしてまた次なるただの創作をただぼんやり考える。
 小市民のぼくらしく、不敵に平和に、永遠にさりげなく。

 嘘だダウト

 うん、さすがにこれは嘘だな。
 気を取り直そう。
 いつものコンビニの前を素通りして、ぼくはこれから張り切って木目田さんを探しに行く。

 ねねこは、世迷い言にも木目田さんがぼくのやる気を出すための材料を知っていると明示した。
 ぼくのやる気?
 そんなもんは、そもそもぼくの心の中にしかない。しかしねねこの御高説通り。それが意思に反して出てこないのは厳然たる事実で、由々しき問題だと認識している。
 以前はもっと自由自在に引き出せた気がするtheやる気。すなわち、無敵のエネルギーの高揚感。
 その材料があると言うならば、ぜひとも見てみたい。一山いくらで買えるのやら、たいそう気になるね。

 人類最大にして最強の敵とは何か、ぼくはそれを古谷実が描いたグリーンヒルの一コマに学んだ。
 最悪は、超合理主義に偏る独裁国家でも核ミサイルを設計する科学者でも破壊的カルト宗教の教祖でもない。
 ピュアな人々をたぶらかす都会に躍り出て来た化け狸たぬきちでも魅惑の美少女らしく擦り寄る化け猫ねねこでもない。
 ぼくたちの日常にとって何よりおそるべき脅威は、この世を生きる誰の生の営みにも潜伏する「妖怪めんどくさい」らしい。

 もう何もしたくないと思っていても、生きていく上で何もしない訳にはいかない。
 自ら動かなくても生きる肉体の中では常に脳と心臓を中心に生きるための内燃機関が働いてくれていて、これを守るために今日も本能が飛行機雲ほどの意欲を自動生成しており、ぼくはこうしてまださびれきってはいない町をてくてくと歩いたり、道々を行き来する顔見知りの地元民たちに「やあ」なんて言ったりする。

 みんな、ちゃんとした・・・・・・人たちだね。
 めんどくさくても、がんばっとるんだよね。

 ここで一句。

 新緑や駅に死ぬ気をあらしめる

 いや、死にたくなんかないわ。
 いつも死ぬ気をあらしめて生きていくつもりも一切ねえ。

 感じたいことは、ここぞという局面で思うようにはばたける力は日々鍛えておきたいな、そんなぼんやりした意識が曲がりなりにもまだ在ることの有り難さ。

 ぼんやり考え事をしながらてくてく歩き、ソドム的駅前広場に到着した。駅に着いたならば、電車に乗るのが自然な行為である。

 ぼくは、今日も努めて自然な人間らしく振る舞う。
 この先へ行くためには、木目田さんのメッセージをけして忘れてはならない。
 もうすぐそこから、あるいはもうすでにここいら一帯は、不自然な影たちとの駆け引きに力技で勝つしかない、不純文学的な危険地帯なのだ、たぶん。

 今、強烈に夢を見ていたいんだよ。
 just look。
 行くぞ。木目田さん。
 二度とそっち側から、帰れないとしても。
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