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 そしてふと気づく。
 手のひらの中に、さっき見た青い小瓶が握られていることに。

「……え? な、なんで……」

 ひんやりとした感触は確かにそこにある。だが、きょろきょろあたりを見回しても、赤い着物のおばさんの姿はどこにもなかった。

「なぁ、やっぱなんか変だよお前。今日は帰ったほうがいいんじゃね?」

 と、夏休みに短髪をど金髪にした田沼が、心底心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んできた。
 パワーが売りのスパイカーである田沼は見た目こそゴリラっぽくていかついが、心優しいいいやつだ。

「あ、ああ……うん、そうかも……」
「そういうことなら戻ろーぜ。歩けるか?」
「いや、でも花火……」
「無理して見ることないって。どーせ男三人だし」

 部活ではクレバーなセッターをやっている眼鏡の林田が、さっそくのように俺の腕を取って、元来た道を歩き始めた。ちなみに林田のあだ名は『経理の人』。

 ふたりとも俺とは違って高一にしては完成した体躯をしているため、俺を支えて歩くことなどたやすいのだ。

 両サイドを支えられながら、俺は周囲を見回した。……だが、誰もいない。
 微かな目眩をこらえて後ろを振り返ってみても、やはり誰もいない。あんな派手はおばさん、どこにいたってすぐにわかるはずなのに。

「……なぁ、二人とも見なかった? さっきさ、赤い着物着たおばさんがいたよな?」
「は、はぁ? なんだよそれ、俺、ホラーとか無理だって知ってんだろ」
 
 田沼が震えている。見た目はゴリラだがビビリなのだ。

「え、マジで何も見なかった? そんなわけ……」
「あはっ、ないないそんなの。ここくる前にやってたホラゲー引きずってんの? あ、それとも田沼のことからかってる?」

 林田は特に動じるそぶりも見せずにケラケラ笑っている。

 そう、昼過ぎに俺の家に集合してから日が暮れるまで、俺たち三人はホラーゲームに昂じていたのだ。大きな図体で怯え切っている田沼が可哀想になり途中でやめたが、林田はもっと続きをやりたがっていた。

「そーだ。まだ時間早いし、ゲームの続きやりてーなぁ」
「ふっざけんなよ。あんな怖いもん見て平気なお前らの神経疑うわ。俺は帰る」
「いや、俺寝るから二人とも帰れって」

 やいのやいのと言いつつ、田沼たちに腕を支えられて細い階段を登りきり、屋台の並ぶ通りまで戻ってきた。その時。

「あ……」
「ん?」

 顔を上げると、祭のはっぴを着て軍手をはめ、段ボールを抱えた諒太郎が、そこにいた。
 そういえば、諒太郎の父親は自治会長をやっている。きっと、手伝いに駆り出されていたのだろう。

 不意打ちで顔を見ることができた喜びで顔が熱くなり、思わず駆け寄りたくなってしまう。

 けれど、林田のデフォルトで低い声が、俺をはたと我に返した。

「なぁ千夏、早く帰って続きやろうぜ。こいつのせいで全っ然やれなかったし、めちゃくちゃ消化不良だわ」
「図々しいんだよお前はっ。千夏はもう寝たいっつってんだろ? しつこいんだよ出禁になれ」
「……」

 頬を火照らせて諒太郎を見上げる俺の両サイドにいる大柄な男子高校生二人を、訝しげに諒太郎が見比べている。

 そうするうち、諒太郎の表情がみるみる険しくなってきたかと思うと……。

 ボンっと諒太郎の頭からピンク色のモヤが噴出したように見え、俺は目を疑った。かと思えば、もわもわふわふわしたモヤの中で、何かが動いた。

『あ、ぅあっ……んぐ、んン……』
『はぁ……千夏のクチんなか最高。もっと口窄めてエロい顔して?』
『ん、ぅん……ッ、ぁんっ……』
『おい、もっとケツ上げろよ、ヤりにくいだろーが』
『はぁ、っ……や……もうできない……、ん、ンッ……』

 目の前に佇むひとつ年下の幼馴染みの頭上にもわもわと浮かぶピンク色のモヤの中で、どういうわけか俺と田沼と林田が3Pを繰り広げている。

 俺はあんぐりと空いた口を塞ぐこともできないまま、着衣のまま口とケツにちんぽを突っ込まれている自分を呆然と見上げることしかできなかった。

 ——…………は? な、なにこれ?

 しかもなかなかの解像度。弾けて飛び散る汗まで見て取れるほどだ。

 突然目の前に浮かんだエロ動画(しかも主演俺)に、俺の視線は釘付けになる。

『っ……あぁ~気持ちいい……。もーナカで出していいよな?』
『ら、らめらって……っ、なかだしなんて……むりぃ……ッ!』
『おい、フェラやめんなよ。俺まだイってないだろ?』
『んぐっ……ンぅ……ん』

 足首にハーフパンツが絡まった状態で腰をぐいと突き出させられ、パン、パン、パン! と高らかな音を立てて腰をぶつけられている俺のちんぽも、ピンクのモヤの中じゃしっかりと勃ち上がっている。
 
 しかも、突かれるたびにそれは撓って揺れ、先端から透明な糸を引かせているという有様だ。

 その上、頭を掴まれて強引にイマラチオをさせられているっていうのに、俺の表情はどことなくうっとりしているように見える……。

 ——な、な、なんだこれ。俺は何を見せられてるんだ? ん……っていうか、まさかこれ……。

 赤い着物のおばさんの声が、耳の奥でこだまする。

 ——『人間ってのは、自らの欲を虚空に描いて盛るもの。それがあればきっと、想い人の淫らな癖がわかりましょうや』

 俺はごしごしと目を擦り、今度は諒太郎の顔を見た。そして、また頭上を見て、目を瞬く。

 ——欲……想い人の 癖へき……癖ってつまり、性癖のこと……? 諒太郎が、俺であんなどエロい妄想してるってこと……!?

 ポカーンとした顔をしている俺に向かって、諒太郎はキッと鋭い目線を突き刺してきた。

 祭提灯をバックにしていたから表情はよくわからなかったけど、ものすごく怒っているような顔をしていて……。

「りょ、諒太郎……」
「……見損なったよ、千夏くん」
「は、はい?」

 初めて聞くような低音ボイスでそう吐き捨てると、諒太郎はくるりと踵を返して、なかば駆け足で祭の雑踏へと消えていってしまった。

 勝手に妄想されて勝手に見損なわれた俺は、この気持ちをどう消化すればいいのだろうか。
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